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「それでここからは誰にも信じてもらえないかもしれないですけど。その神の化身と呼ばれる人に、痛むところを触ってもらったら本当に痛みがなくなったんです」
「へえ?」
半信半疑と言うような相手の反応に、女性は必死に訴える。
「本当なんです。だから信者は妄信するんです。痛みを取ってもらえる不思議な力があるって。今思えば頭痛は精神的なものが原因で、そういうことをしてもらったから安心して痛みが消えただけなんでしょうけど。でも他にも痛みが消えたって人がたくさんいたから、その人は間違いなく神様だって思ったんです」
熱く語る女性に、男性は相槌を打ちながらパソコンにその内容を入力していく。
「でも、十五年経って冷静になってみたら。あまりにも高額で詐欺だったんじゃないかと」
「そうですか? だって実際痛みがなくなったんでしょ。病院でも薬でも治らなかった痛みがお金を払って治ったんだったら、詐欺じゃないでしょ」
「え、あ。そ、それは」
大変でしたね、などと。励ましたり慰めの言葉を言うかと思ったが、記者の男性は冷静にそんなことを言ってくる。
「治してもらっておいて今さら詐欺だって言われてもね。それじゃあお金を返してもらえれば、また頭痛が始まってもいいってことですか」
記者の男性の異様な雰囲気に、さすがに女性もおかしいと気づいた。
「あの……?」
「痛みがなくなってまともな生活ができて、働き始めて結婚して子供まで生まれたのに。幸せな生活を手に入れておいて、宗教は悪いとか騒いで。たまったもんじゃないですよ」
――まさか。この男、教団側の人間だったの!? あの記事は信者をあぶり出すための罠!
慌てて逃げようとしたが足に力が入らず椅子から転げ落ちてしまった。
「!?」
「筋弛緩剤だから大丈夫です、ちょっと強いですけど」
まさかコーヒーに。まずい、何もできない。とにかくこの男を怒らせてはいけない、何か言わなければ。そう思ってもパニックになってしまって何も言葉が見つからない。
男は底冷えするような冷たい声で語る。絵本を言い聞かせるかのように。
「お前は散々幸せになったくせに、今更被害者面して父さん一人をワルモノ扱いか。何様なんだ」
まさか、教祖の息子――
「教団の本部は俺の実家でしたから。俺とも会ってるんですけど覚えてないでしょうね。遅くなりましたけどお久しぶりです、真田舞子さん。今は結婚して高塚さん、でしたね」
倒れ込んでいる女の頭を鷲掴みにして自分のほうに顔を向けた。その表情は氷のように冷たい。
「じゃ、お望み通りお返しします」
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