23人が本棚に入れています
本棚に追加
「……まさか俺の所までたどり着くとは思っていませんでしたよ」
息を切らして走ってきたであろう刑事に、穏やかにそう話しかけた。必死の形相は、何となく想像がついているということだろうか。いや、真相はわからないが大変なことが起きそうだと慌てて駆けつけたといったところか。
「お久しぶりです。十五年も経ってるのに、しかも一度しか顔合わせてない俺のことよくわかりましたね」
十五年ぶりの再会は当時自宅があった、本部だった場所だ。今は更地になっている。
「あの時言えなかったこと、今言います。助けてくれてありがとうございました」
窃盗の疑いで調査に来てみれば、教祖はあっさりと裏口から逃げ出した。ざっくり家の中を見て回った時、骨と皮のようになった少年を見つけたのだ。
酷い虐待だとわかるくらい少年は衰弱していた。身体中痣だらけだったのだ。教祖を追いかけるよりも救急車を呼ぶ方を優先し、教祖を逃がしてしまった。上司からこっぴどく叱られた。結局そのまま教祖は捕まっていない、責任を問われて降格処分にもなった。しかし後悔はしていない。なのに、こんな形で再会するとは。
「君なのか、何かをしているのは」
証拠などない、何を言っているんですかと言われればそれで終わりだ。しかし青年は穏やかに微笑んだまま否定はしない。
「俺の父親はね、金が大好きでした。横領してクビになったんです。そしたら酒ばっかり飲んで殴る蹴るが当たり前。母親はとっくに家を出ていたから俺は父さんと仲良くなりたかった」
虐待を受けている子供の典型的な考えだ。親はいつか自分を愛してくれる、何か悪いことをしている自分が悪いのだと。愛してもらうために辛さや苦しみは耐え抜いてしまう。
「俺は少しでも父さんに喜んでほしくて、教団のお手伝いをしてたんですよ。そしたら口コミでどんどん広がってあんなに巨大になった。どれだけ金を儲けても父さんは俺を大事にはしてくれなかったけど」
笑ってはいるが。今まで見てきたどんな殺人犯よりも、劣悪な環境で生きてきて荒んでしまった者たちよりも。そこに在るのはひたすらにただの闇だ。どんな犯人を前にしても臆することなどなかったのに、今この青年がとても恐ろしい存在に思えた。
最初のコメントを投稿しよう!