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「お前は俺の言うことを聞いていればいい、父さんの口癖でした。要するに家族はお互いを助け合うってことですよね? それがようやく叶いそうなのに」
はは、と乾いた笑いが響く。蛇に睨まれたカエルのように、身動きが取れない。
「あいつら今更になって訴訟とか。自分たちが幸せになってるにもかかわらずですよ? 心に余裕ができたら急に金が惜しくなったわけだ。痛みがなくなったから余裕になったんだろうに、笑える」
口元は微笑んでいるものの目が全く笑っていない。獣のような目で見つめてくる。
「ところで刑事さん。どうしてウチの宗教があんなに大流行したと思います? 父さんにカリスマあったから? 違いますよ」
一歩近づいてくる。こちらは拳銃を持っているし体術の心得もある。しかしなぜだろうか、手を出さないほうがいいと思ってしまう。
「神様の化身って奴がちゃんといたんです。相手の体に触れることで痛みをとってくれる、素晴らしい存在が」
「……まさか」
「俺の事です」
警察には信者だった人たちの話がいくつか寄せられている。確かに教祖に特別な力があったのではなく、神の化身と言われていたものがいたという。その人物に痛い場所に触れてもらったら痛みが取れたのだとか。
「一人二人ならともかく、詐欺でそんな多人数の痛みが消えるわけないじゃないですか。思い込みやプラセボ効果とかじゃなくて。本当に痛みがなくなったんですよ」
そう言うと佐久間の手を掴み軽く爪を立てた。ピリッとした痛みと共に爪の跡ができる。そこを優しく撫でると痛みと共に爪の跡まできれいに消えた。
「な!? これは」
「相手の痛み、その原因となっているもの全てなくすことができる。これは本当です。だから信者が集まった。でもね」
彼は腕を掴んだままだ。絶対に離そうとしない。見れば、彼の手には同じ場所に爪痕がある。
「俺の力は相手の痛みを消すことじゃなく。俺に移すことなんです。そして」
再び同じ場所に痛みが走り、見てみれば爪痕がまた戻っている。彼の手からは跡が消えていた。
「痛みを返すこともできる。返さない間は俺に痛みがあり続けるだけです。昔は父さんが持っていた能力なんですよ。でも俺が生まれたら引き継がれたみたいで。父さんは力がなくなったって喜んでました」
つまり。彼は、信者の痛みを全て自分に移してきたということだ。誰かに返すこともなくひたすらに一人で。だから衰弱していた。
「当時の信者、結構たくさんいたでしょ? こんな短期間じゃ居場所がわかったのは四人だけ。仕方ないから一人に十人分ずつ痛みをプレゼントしておきました。耐えられずパニックになって死んじゃいましたけどね」
たかが十人程度で情けない、と穏やかに笑っている。
どうして彼が怖いのかわかった。絶対に自分は敵わないからだ。能力じゃない、人として。そんなとんでもない痛みに耐え続けることなど、普通の人間にできるわけない。それを、耐えてきた。
「俺としてもね、一応形だけは救ってくれた刑事さんにあんまりひどいことをしたくないんです。でも」
ぎゅっと、力を込められる。びくりと体が震えてしまった。
「父さんを逮捕なんてさせませんよ。この世でただ一人の家族なんですから」
開いた瞳孔。嬉しくて嬉しくてたまらない感情が溢れているからだ。
「俺の邪魔をするんだったら、結構な量をまとめてお渡ししますけど」
神を目の前にしたら、こんな気分なのだろうかと。そんなことをぼんやりと考えていた。
「どうしますか?」
そう言って青年はにっこりと笑った。
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