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反射的にもう一度階段を駆け上ろうとしたとき、右手をギュッと掴まれてつんのめった。
びっくりして振り返ると、肩まで伸ばしたさらさらの黒髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ子どもが、小さな手で僕を引き止めている。
「……リア?」
そのお人形みたいな顔には見覚えがあった。一度だけ会ったことがある、ぶっきらぼうな女の子だ。
『メグ、おれと一緒に戻ろう』
ああそうだ。男の子だった。僕の勘違いを知ったとき、ノンさんには笑われ、リアはしばらくむくれていたんだっけ。
右手が温かい。……あの日も僕は家族と暮らす温かさを思い出して、胸がいっぱいで眠れなかった。
しあわせで、苦しくて。いつかもう一度、家族と一緒に暮らしたいと思っていた。
笑いながら一緒にご飯をたべたい。寝付けない夜は寄り添ってほしい。誰かに心から愛されたい。
鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱くなる。
この右手を離さなければ、もう一度チャンスを貰えるだろうか?
涙で視界がゆらゆらする。
階段から足を踏み外しそうになって、慌ててその手に縋りついた。
『大丈夫。怖くないよ』
目から零れ落ちた涙の粒を、リアが少し背伸びして……キスで吸い取った。
「……え!」
『愛してる』
その言葉に目眩を感じくらっとした瞬間、階段から青い空間へ飛んで、落ちた。
なのに不思議と怖くない。僕の右手をしっかりと掴む、リアンが見えていたから――――
ゆっくりと目を開くと、見知らぬ天井……じゃなくて、明らかにそこは病室だった。
朝だろうか?閉じられたカーテンの隙間から日が差し込んでいる。
僕はもう自分の状況を思い出していた。昨日の事件がきっかけで、たぶん……生死の境を彷徨っていた。あれは夢だったんだろうか。
右手は温かく、大きな手に包まれている。慣れない感触だったけど、その主はもう分かっていた。
右に顔を向けると、リアンが椅子に座ったままベッドに突っ伏して眠っている。いつもさらさらな髪は乱れて、無造作に一括りにされていた。
「……りあん」
気づけば喉はカラカラで、掠れた空気みたいな声しか出なかった。それなのに、握った手がぴくっと反応したかと思うと、次の瞬間リアンは目を覚ました。
「メグ!!」
「リアン……ありがとう」
「俺の方こそ……俺のほうが……!」
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