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どうして……。
私は混乱して自分の部屋に逃げ込んだ。
ドサリ、とベッドの上に倒れ込む。
どうしたら良いんだろう。
純太朗さんが喋ってくれなかったら、私はまた一人になってしまう……。
机の上に置いてあったスマホが、ピロンと小さな音を立てる。
『純太朗さんの具合どお?』
私は気がつくとその通話ボタンをタップしていた。
「有川君、どうしよう。純太朗さんが……」
「西野、落ち着いて。症状は?」
「純太朗さんが喋らなくなっちゃった!」
「えっ……」
「いや、私が純太朗さんの言葉を理解できなくなっちゃったの」
「えーと」
「こんなんじゃ恋人同士なんて言えない」
「西野……。純太朗さんが恋人とかデートとか、ギャグじゃなくてガチで言ってた?」
「……でも、有川君だってハナさんの彼氏でしょ?」
「ハナさんは大事な家族だけど、彼女じゃない。ハナさんは犬だ」
「えっ……」
有川君は仲間だと思っていたのに……。
私が勝手にそう思っていただけだったんだ……。
また中学の時のようにバカにされて嫌われてしまう。
「……ごめん、何でもない」
私が電話を切ろうとしたその瞬間、スマホの向こうから有川君の穏やかな声が聞こえた。
「純太朗さんはいつも西野の話を優しく聞いてくれてた?」
「……うん」
「いつも西野の欲しい言葉をくれた?」
「えっ……それって」
確かに純太朗さんはいつも私が欲しい言葉をくれてたけれど、それは純太朗さんが優しいからで……。
でも、そう言えば、私は嫌だったことだとか悲しかったことをいつも純太朗さんに話していたけれど、彼は一度だって自分自身の話をしたことがなかった……。
「俺も試合で負けた時、いつもハナさんに愚痴こぼしてた。『大丈夫、卓は頑張ってる』ってハナさんに言われた気がしてた」
「それとこれとは……」
私はその先に『違う』という言葉を続けることができなかった。
本当に違うのだろうか……。
「そろそろ純太朗さんのこと解放してあげても良いんじゃないかな?」
「解放……」
純太朗さんはずっと他の犬とも仲良くしたかった、ということだろうか。
私が嫌がるから我慢して……。
でもそれって普通なんじゃないだろうか。
付き合っているのならば、恋人が他の女と仲良くしているところなんて見たくない。
それは当然のこと。
本当の恋人同士だったのなら……。
「もう西野には恋人役は必要ないんじゃない?」
「それは……、純太朗さんは本当の恋人じゃないということ?」
そう言った私の声は少し震えていた。
いつもだったら「そんなことない」と強く言い返すところなのに、何故だか私にはそれができないのだ。
もしかしたら、心の奥底の方ではそのことに気づいてたのかもしれない……。
いや、本当は最初から知っていたのだ。
ただ、それを認めるだけの勇気が私には持てなかっただけで……。
「……西野は一歩ずつだけど前に進んでるよ」
「……そうかな」
「今だって、敬語、使ってないだろ?」
「あっ!」
純太朗さんのことがショックでつい忘れていた。
「俺はどっちでも構わないけど。西野は西野なんだし」
「でも、でも……有川君に私の気持ちなんかわからない」
恋人の純太朗さんは私の心の支えだった。
たとえそれが私の作り出した幻想だったとしても、その存在に救われていたのだ。
「西野だって、『実は犬がライバルでした』って言われた俺の気持ちなんてわかんないだろ?」
「えっ、どういう」
「そのままの意味。俺は西野が好きだってこと」
「ええっ! でも私は恋に破れたばかりで……」
「西野はそのままで良いよ」
純太朗さんが私に初めてかけてくれたのと同じセリフに、胸の奥がトクリと鳴った。
それは小さな温もりとなって体中を巡っていく。
「今度から西野の欲しい言葉は俺があげるから」
〈完〉
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