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「……で良いかな?」
「……そうですね」
芽依ちゃんの言葉に、私は曖昧に頷いてみせた。
あれから純太朗さんは何もなかったかのように私とのお散歩デートを続けていた。
彼が振り返ったのは、ほんの一瞬。
もしかしたら、私が気づいていない、と思っているのかもしれない。
でも、あの純太朗さんが一瞬でも他の女に気を取られるだなんて……。
今まで一度もなかったことだ。
彼はいつでも私だけを見つめてくれていた筈だったのに……。
けれど私の心はザワザワと不安定に揺れるばかりで、肝心の彼に真意を聞き出すことができないでいるのだった。
「じゃあ、日曜駅前ね」
「えっと、ごめんなさい。芽依ちゃん、もう一度言っていただけますか?」
「また、純太朗さんのこと考えてたんでしょ」
芽依ちゃんは呆れたように小さく息を吐いてみせた。
「すみません」
「この前言ってた遊園地の件だよ。今度の日曜、9時駅前に集合になったから」
「えっ、日曜は……」
毎週日曜は純太朗さんとお散歩デートの約束をしている。
お天気の良い時はお弁当を持って遠くまで出かけるのだ。
「また純太朗さん? あまり付き合い悪いと、友達なくすよ?」
「……わかりました」
私は仕方なく頷いてみせる。
私は中学進学と共に今の家に引越してきた。
両親としては、人見知りの私の為に切りの良い学年で、と気を遣ってくれたようだったけれど、結局中学も同じ小学校から上がってきた生徒ばかりで、知り合いが一人もいないのは私だけだった。
多分、周りの子達も新しい環境に慣れるのに必死だったんだろう。一人きりの私に関心を向けてくれる子も殆どいなかった。
周りとの距離感がわからず、敬語で話す私に、クラスメイト達は奇異の目を向けてきた。
それが私には理解できず、仲良くなろうと更に丁寧な態度に出る。引かれる。の悪循環。
すっかり自信をなくしてしまった私は学校で孤立していった。
そんな時出逢ったのが純太朗さんだった。
広くなった家で犬を飼おうと家族で訪れた保護犬譲渡会。
新しい家族に迎え入れてもらおうと愛想を振りまく子、沢山の人に驚いて警戒する子達の中で、超然と一人佇む純太朗さんの姿に、どこかシンパシーを感じたのかもしれない。
それから私達は心を通わせるようになった。
学校で上手くいかなかったこと。
クラスメイトにされて嫌だったこと。
それらのネガティブな事柄を純太朗さん相手に吐き出すことで、私は心の均衡を保っていたのかもしれない。
「クラスの皆は私の喋り方が変だと言うのです」
それまで穏やかなブラウンの瞳でこちらをじっと見つめ返してくれるだけだった純太朗さんが、おもむろに口を開いた。
《裕菜はそのままで良いよ。相手のことが大事だと思うから丁寧な言葉で話しているんだろう? それなら、そんなことを言う奴は放っておけば良いさ。無理して変えることはないよ》
初めて彼の声を聞いた時、私は何故か驚かなかった。それはとても自然なことのように思えたのだ。
常に辺りをモヤモヤと覆っていたものが、あるべきところに落ち着いた、そんな感じだった。
私達は出逢うべくして出逢ったのだ。
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