王室専用機内にて

1/4
前へ
/117ページ
次へ

王室専用機内にて

   羽田空港から、彩那はミハイルたちとともに王室専用機に乗りこんだ。 ——パスポートとかビザって発行までけっこう時間かかるって聞いたんだけど  大使館を出るときには、パスポートと渡航ビザが用意されていた。  これが国家権力ってやつか。  飛行機内とは思えないラグジュアリーな空間にも気圧されてしまう。  エコノミークラスすら乗ったことないため比較しようもないが、まるで大使館の一室を切りとってきたみたいだ。 「内容を確認されたら、サインをしてください」  ハインリヒの声にせかされ、手元の契約書に目を通す。  彩那の要求が追加されたため、新しく作成し直されたものだ。  契約内容は—— 【期間限定の婚約者としてミハイル殿下と行動をともにすること】 【婚約者のアルバイトであることは他言しないこと】 【ミハイル殿下の記憶が戻ったら、即日本へ帰国すること】 【契約終了後、報酬を松田彩那名義の口座に振り込むこと】 【今回の業務で知り得た情報は第三者にもらさないこと】 【契約内容に違反した場合は、法的措置を行う】  ざっとこんな感じだ。  あとから妙なことで訴えたり、マスコミに情報を売ったりしないようにするための予防策だろう。  予防というより、何かあったら即裁判な内容だ。  国家権力とケンカなんてするもんじゃない。  そして最後に記載された内容をじっくりと読んだ。 【契約終了後、株式会社chouchouから発売される商品のイメージモデルをMISHAはつとめること】 ——よし! しっかり書いてある  先に記されたミハイルのサインにもにやけつつ、彩那は意気揚々と自分の名前を書いた。 「では、こちらにも目を通しておいてください」  契約書を受けとると、ハインリヒは彩那とミハイルにそれぞれファイルを渡す。 ——何これ百科事典?  受けとった瞬間、ずしっときた。分厚いO(オー)リングファイルに彩那は固まる。  一方となりでは、ミハイルが一般的なA4クリアファイルを開いていた。 「ミハイル殿下のより、かなり分厚いですけど?」 「あなたにお渡ししたものには殿下の経歴の他、ローゼンシュタインの歴史、 生活習慣、マナーなどが記載・収録されています。仮にも婚約者なので、最低限の素養は身につけてください」 「今時こんな大量の資料、わざわざ印刷しなくても」 「外部との接触は一切禁止です。通信機器の持ちこみも不可なので、印刷してファイルにまとめました」  難色を示す彩那にハインリヒはしれっと返す。  ほとんど軟禁じゃないか。ためしに、ぱらぱらページをめくる。  中身も百科事典だった。 「ミハイル様は、ご自身のことについてご記憶を失くされているだけですので、あなたの経歴のみを収録してあります」  つまりは、おまえは無知なのだからなんとかしろ——ハインリヒの牽制に彩那は奥歯をぎりぎり噛みしめる。  一応婚約者なのだから、おたがいのステータス(こと)について知るのは必須だ。  しかしこうも内容に差があると、どれだけ自分はうすっぺらい人生だったんだと妙な悲しみが湧いてくる。 ——覚えられるかこんなの  契約書にサインしたことを早々に後悔し始めた。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加