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事の起こりは・・・。
「殿下の婚約者として本国にご同行いただきたい」
在日ローゼンシュタイン大使館で、松田彩那に告げられたのは非現実的すぎる要求だった。
ことの起こりを説明するには昨日の夕方にまでさかのぼる。
日本時間午後六時。湾岸線大井JCT下り周辺は、事故の影響で渋滞していた。ギロリと光る車列のヘッドライトが運転手たちのいらだちを代弁しているかのようだ。
その中の一台では、ドイツ語のやり取りが飛び交っていた。
「Es tut uns leid. Wir rechnen mit einer erheblichen Verzögerung Ihrer voraussichtlichen Rückgabezeit.」
助手席に座る男が頭を抱える。手元のタブレット端末の画面には、真っ赤に染まった道路が延々と続いていた。
「Das macht mir nichts aus, Dirk.」
後部座席で塩大福をかじりながらミハイルはのんきに答えた。ただでさえ、この時間帯は渋滞が発生しやすい。ましてや「十一月」「金曜日」という条件が重なれば、その渦中に飛びこんでいくようなものだろう。数分前まで最後尾だったこの白いワンボックスカーにもすぐに後続車がついた。しかしディルクは端末の画面に視線を落としたまま、申し訳ございません、と神妙な声をもらすばかりだった。
「Es ist schon lange her, dass ich in Japan war, und ich wäre gerne noch etwas länger geblieben.」
窓の外に目をやれば、スモークガラス越し、ゆるやかに進む上り線の車列が見える。
「Die Dreharbeiten wurden wegen des schlechten Wetters verlängert. Egal, wie kurz die Entfernung ist, gehen Sie mit einem Leibwächter aus.」
となりからハインリヒが苦言を呈す。ミハイルはわずかに苦笑を浮かべた。
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