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自暴自棄と打算
「ボクのために大変な想いをさせてしまって、申し訳ありません」
ミハイルは深々と頭を下げた。
記憶がないとはいえ、相手が王子様だとわかっているだけに、こんなストレートに謝罪されるといたたまれない。周囲も息を呑んでいる。
やはり一国の王子が一般人にお辞儀をするのはとんでもないことのようだ。「頭上げてください」いつまでも腰を折ったままのミハイルに彩那はあたふたした。よくよく考えれば、彼は何も悪くない。そして彼は恩人だ。そう思ったら少し頭が冷静になってきた。
よくよく考えれば、おいしい話だ。
ただで初海外旅行できて、通常は入れないお城に泊まれて、報酬も出る。
何より、王子様——スーパーモデルとつながりが持てる。
「わかった。婚約者のバイトやる」
我ながら煩悩まみれで打算的な答えにあきれる。
「では、こちらにサインを」
ハインリヒが書類を提示する。
「条件もうひとつ追加! このバイトが終わったら、MISHAにうちの会社のモデルやってもらうから!」
「は?」
彩那の要求に、これまで理路整然としていたハインリヒが絶句する。いきおいに乗って彩那はまくしたてた。
「そっちの条件ばっか飲めない! ひとつくらいはこっちの要求を聞いてもらってもいいでしょ! 取引なんだから!」
少しは、助けてくれた彼にお返しをしたいだとか、自分にすがってくる姿に同情もあった。
いくら保護目的でも、国家の一大事に協力していることに変わりはない。
恩着せがましくも思うが、それくらい、いいじゃないか。MISHAを起用できれば、上司を見返せる。
唖然とするハインリヒに対し、ミハイルは吹き出す。
「そうですね。ボクも何も覚えていない。アヤ、ナさんにはサポートしてもらうのですから、ボクができることなら協力します」
「残りの説明は機内でいたします。至急本国へ向かいます」
淡々としたハインリヒの言葉が痛く響いた。
***
「Oh, Jan. Ich hätte nicht gedacht, dass ich einen Zivilisten als Verlobten haben würde.」
「Einverstanden.」
大使館内のトイレで、ボディガードのひとり、ルートヴィヒは同僚とすれちがった。
【Ayana Matsuda wurde eine Teilzeitkraft ihres Verlobten. Ich begleite Seine Hoheit.】
個室に入ったルートヴィヒは、メールを送信——それを受信した人物は赤い唇を歪めた。
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