君に偏愛

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 夕方の涼しい風が夕飯の匂いと共に流れて来た。 「美咲、悪いんだけど洗濯物取り込んでくれる?」  お母さんは揚げ物を揚げるのに忙しいらしい。 「美味しい唐揚げが焦げちゃ嫌でしょ?」 「……分かった」  渋々、友達から借りたコミックを閉じて、サンダルでベランダに出た。 「あっ、あいつが潜んでいるかもしれないから、服は揺らしてから取り込んでね」 「え?」  お父さんのシャツを手に取った瞬間、ポタリと何か黒いものが落ちた。 「あいつって……ぎゃあああああ」  全身、鳥肌が立つ。  焦げ茶色のカメムシが悲鳴に驚いたのか、サササと隣のベランダの方へと逃げて行った。 「びっくりするじゃないの」 「おおおお母さん! 無理! もう無理!」 「弱虫ねえ」 「虫とか言わないで!」  お母さんが呆れたと笑う。でも嫌いなものは嫌いなのだ。それにお母さんだって、カメムシをあいつ呼ばわりしているくせに。 「じゃあ、どいて。まだ出てくるかもしれないし」 「ひゃあ」  横っ飛びする私を一瞥して、お父さんのワイシャツをバッサバッサと揺らし始めた。 「ねえ、そんなに乱暴に振ったらしわしわになるよ」
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