君に偏愛

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「そう、なら良いんだけど。その時も言ったと思うけど、無理することないんだからね。学校もピアノも」  鳥肌はしばらくしたら消える。でも、心に刻まれた不快感はそんなに簡単に無くなるものではないらしい。それでも、太郎君の明るさに救われた気がしたのも確かだった。 「私ね、『虫を愛でる』部に誘われたんだ」 「えっ?」  お母さんが目を丸くして、持っていたコーヒーをこぼしそうになった。 「虫嫌いのあなたが?」 「部長が可愛くて断れなかったんだ。それにね、カメムシの歌を弾かなきゃなんだ」 「あらま」  お母さんはニヤリと笑った。 「だから帰りは少しだけ遅くなるかも」 「何だか分からないけど、分かった。暗くなる前に帰って来なさいよ」 「うん。じゃ、行って来ます」  玄関を出たところで、黄色いトンボに横切られて思わずのけぞった。 「行っちゃった。何トンボかな」  太郎君がそばにいたら瞬時に捕まえて名前を教えてくれるのだろう。  トンボを目で追いかけると線路沿いに黄色のコスモスが咲いていた。  学校に着くと、太郎君が虫かごと虫取り網を持って校庭をうろうろしていた。
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