君に偏愛

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 激しく上下に揺らされたワイシャツはくたびれた週末のお父さんそのものに見えた。 「この間ね、振りが甘くてワイシャツについたままクローゼットにしまっちゃったのよ」  ポタリとカメムシが落ちてひっくり返った。 「ぎゃあ」  じろりと睨まれて、慌てて口をつぐんだ。 「ご飯、もう出来るから」 「はあい」  ピシャリと閉めた窓の外でカメムシ達が楽しげにトコトコと歩いているのが見えた。  私の家は東京の西の端っこ、緑豊かな街にある。生徒数が多すぎない学生生活はマイペースな私にとってとても居心地が良かった。  そして中学二年の春、クラスメイトの一人に恋をした。幼稚園の先生を除けば、たぶん初恋だ。遅すぎると言われるかもしれないけど、小学校の時は意地悪をしてくる男子に恋するなんてあり得なかったのだから仕方がない。 「中村さん、おはよう」 「おはよう。汗だくだけど、もしかして朝活?」 「うん、採りたて見る?」  そう爽やかに笑う亀田太郎君ーー彼が私の好きな人だ。 「朝採り野菜みたいに言うな。中村さん、断って良いんだよ?」  太郎君の後ろの席で授業の準備をしていた一ノ瀬圭介君が身を乗り出した。
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