四章:五宝五将

6/6
前へ
/27ページ
次へ
『二十六話:夢渡り』 ※途中性的表現を匂わせるような場面があります。 「うっ、うっ、ひっく、」 「紫苑様!!」  心を許した相手だとわかっているのにびくりと肩が震える。 「紫苑様良かった、こちらにいらっしゃったのですね。お茶をお持ちしました。温まりますよ」  優しく笑う金鳳に内心安堵し、盆に乗った緑茶を手に取って一口嚥下する。  気管を通り抜ける湯気にほっと息を吐いた。 「このお茶、村の?」 「はい。快晴様が甘みが強くて紫苑様もお好み頂けると入れてくださいました」 「ボク……もう皆に嫌われちゃったかとおもった」 「んなわけないだろ」 「ん?!」  お茶を飲もうと湯呑みを口に咥えたまま勢いで振り返ると、声の主である朔夜以外に茜、薄明、盈月が並んでいた。 「この程度で紫苑さんを嫌がってたらお友達なんてなってないですよ〜ね、薄明ちゃん」 「全くです!なんなら朔夜様をいじり倒してる時の紫苑さんの方がよっぽど怒ってますからね!」 「……ははっ、言えてる」  湯呑みを持ったままふっと笑みを零す。  少し落ち着いた様子に盈月が隣へ座った。 「紫苑さん、ごめんなさい。僕のせいで嫌な思いをさせてしまいましたよね」 「ん?全然?ボクもっと嫌な思いしてきたから盈月君なんか気にもならなかったよ」 「えっ?あの、」 「っぷ、ハハッ!」 「朔夜君?」  堪らず吹き出し、口元を覆って半笑いのまま堪える朔夜に、紫苑と金鳳が互いに見合って目を丸くする。 「朔夜〜笑いすぎだよ、二人とも困ってるよ?」 「ハハッ、ふっ、悪ぃ悪ぃ。あまりに紫苑らしくてついな」 「それは確かに私も思いました」 「だろ?」 自然に会話が進む太陽の村の人々を見て、紫苑が湧き上がるように柔らかく笑みを浮かべた。 (朔夜君、普通に笑えるようになったんだね。よかったね) 「はー、ボクも成長しないとなぁ」 「紫苑様?」 「んーん、でもどうするの?正直ボクのふやけた記憶は当てにならないよ。ボクの意思じゃ思い出せないんだもん…」 「それなんですが、」 「はい!はいはい!茜ちゃんにお任せあれ!」  ぴしっと手を突き上げ、にっこり笑ってみせる。 「どゆこと?」 「但し!参加できるかどうかは太陽様次第だけどね!!」 「……茜ちゃんに説明責任って通じるかなぁ」 「無理だな」 「無理だねぇ」 「茜様……」 「大丈夫大丈夫!私が説明なんかするよりお布団に入ればわかるから!その代わり皆今日はちゃんとご飯たべてお風呂入って普通に寝るんだよ!」 「目的とかさ…駄目か」 「茜に難しい説明なんか出来ないから諦めろ」 「甘やかしすぎじゃない??」 「諦めて言う通り夕ご飯のお手伝いでもしましょうか」 「そういうこと!」  上機嫌の茜に押されるように食卓へと足を向けた。  その夜。  朝のように目を開けると、そこには寝間着のままの見知った顔と、雲のようなふわふわとしたものが漂う触感の分からない床。 「紫苑さんと金鳳さんもいらっしゃい。これで全員かな」 「茜ちゃん?」  いつもの赤みがかった瞳が淡く橙寄りの赤い光を帯びている。 「ここはどこですか?」 「ここは夢の中。太陽様のお力でできた上映室。これから皆で夢を見るの」  目前を指さすと雲のような壁が次第に晴れていき、地上の夜空を映し出した。 「これが私が太陽様から貰った夢見の力、夢渡りのひとつ。本来太陽様が危険を知らせる為に使う皆の夢をひとつにする力なの。勿論太陽様の許可がないと使えないけど、さっき貰ってきたから大丈夫」  優しく微笑むいつもの笑顔が瞳の色と場も相まってさながら聖女のようにも見せるも、茜自身が切り替えるようににっと笑みを浮かべた。 「じゃあ点呼とりまーす!月夜三兄妹〜」 「おう」「はーい」「はい」 「お父さんとお母さんと薄明ちゃん〜」 「いるぞ」「は〜い」「はい!」 「玉兎と紫苑さんと金鳳さん〜」 「はい!」「ん」「はい」 「はーいこれで全員です!火憐ちゃん達は‪残念ながら不要、とのことです!」 「「でしょうね」」 「それと蒼星は不可とのことです…」 「あー、うん。だろうな」 「そういえば蒼星の様子はどうだ?晩飯の時俺が話しかけても反応が無かったが」 「変わらずだ。寧ろ五宝五将の連中が見え隠れしてから全く意識の表層に出てこない」 「心配だね……けど、出てこない、か」 「蒼星兄さんも五宝五将(かつての仲間)の情報を漏らすのが嫌なんじゃない?」 「……明日は流石に聞いてみよう」 (紫苑も自然に、蒼星兄さん"も"つったな…) 「はいはーい!ちゅーもーく!」  さっと意識を蒼星と紫苑から茜に移した。 「今から太陽様のお力で夢を見ます!注意事項がひとつ!声を出して喋らないこと!お口で喋っちゃうと意識が上がっていってどんどん目が覚めていっちゃいます!途中で目覚めちゃうと意味がないので、どうしても言いたい時は心でつぶやくこと!心でつぶやくだけでも、」 (こんな感じで聞こえるから!) 紫苑が目を丸くし、金鳳を見る。 (すごいね!金鳳になったみたいだ!) (確かに同じ力のように思います。まぁ私達を呪ったのは月の神様らしいですから、神様の前ではお手の物なのでしょう) (そういえばそんなおとぎ話あったな) (はいはーい!それじゃあ上映開始しまーす!)  茜が夜空へ手を触れると画面が波打ち、映像が何処かの室内へと移り変わった。  蝋燭で明るく照らされた室内。  屏風で仕切られたその奥から僅かに声が漏れる。 「はぁっ、はぁっ、んん〜〜…!」 「ほら、息止めちゃだめよ。気持ちいいわねぇ」 「はぁっ、きもちっ、んぁ、」 (情事中じゃねぇか!!!)  ダン!と堪らず空を殴った。 (だっ、大丈夫だよ!もうすぐ終わるって!) (いや何も大丈夫じゃないけどね…曙君…) (クソッ、曙の頭壊しやがって!戻ってきた曙が身の穢れを理由に自害しようとしたらどうするんだ!!) 紫苑と金鳳が顔を見合わせ、脳裏にふわふわと天井から吊られた紐を持つ曙が浮かぶ。 ―掟に背き、穢れた俺はもう死刑囚。死にます。 ((言いそう……!!)) (曙で変な想像すんのやめてください!!) (えっ見えるの?) (軽い表層のは見えますよ。なんせ心で会話してますから!) (気をつけます) (ほらほら〜とか話してたら終わったっぽいわよ〜) (す、すまん朝日。監視させて) (屏風眺めてただけよ〜)  再び意識を画面へと集中する。  情事が一段落ついたのか画面が動き、布団の中でウトリが曙の汗を拭い手櫛ですいて腕枕へと移していた。  そのまま頭を胸の中へ抱きしめ、羽ばたくような口付けを交わす。 「気持ち良かった?」 「すごい気持ちかった…」  今だふわふわした様子の曙に緩く抱きしめ頭を撫でる。 「最初は怖がってたのにすっかり気持ちいいことが大好きになっちゃったわねぇ」 「ん…」  照れたように胸へと顔を埋めた。 「やっぱり落差?元々慣れてなかったからかしら」 「それもあるけど……すごく、愛されてる気がするから好き」 「あら…」  そっと胸から顔を掬い、額に口付けを落とす。 「お母さんが俺の事気遣ってくれてるって、俺の為に頑張ってくれてるのが伝わるから……愛されてるのが直接体に伝わるからすき」 「お母さんも曙が受け入れてくれてるから、心が満たされるの。愛してるわ、曙」 「俺の事いっぱい愛してくれてありがとう。俺も愛してる、お母さん」  唇を緩く重ねて笑い合う。 (曙……) (彼奴のあんなに幸せそうなところ、初めて見たな…) (私も)  曙のくまの薄い笑顔にぎゅっと手を握りしめた。  コンコン、 「あらヒエンかしら。どうぞ〜」 「ヒエン?」 「失礼します」  片手で戸を開け、白馬の下半身に黒い着物を着た男性が入室する。金の横髪が垂れているものの、目深に被った頭巾で口元程しか容姿は分からない。  下半身顔負けの青白い肌に袖から覗く枝のような細い腕で盆を持って部屋の机へと運ぶ。 (あんな腕でよく持てるな) (みて朔夜君)  紫苑が指さした盆の下をよく見ると黒い布が伸びて下部に貼りついてる。 (コクイが手伝ってるんだ) (なるほど)  あえて突っ込むことなく画面へ戻る。  ヒエンが静々と盆を机に置き上の布を外す。  中におにぎりと味噌汁、急須に空のお椀がひとつ。 「曙様にお夜食をお持ちしました」 「わぁぁ!美味しそう!」 「風邪ひくわ…引かないかしら?まぁでも上着着なさい〜」  曙が布団から全裸のまま這い出し、ウトリがいそいそと上から暖かい羽織をかけた。 (あれ…曙…?) (お父さんどうかした?) (いや、気のせい…か…?) (いや多分気のせいじゃないです…) (玉兎も?なんの話?) 「本日のお夜食はおにぎりとお味噌汁。おにぎりの中身はおかか、昆布の佃煮、塩鮭で御座います。急須の中には出汁を入れておりますのでおにぎりに飽きたら出汁茶漬けにしてください」  ひとつおにぎりを作ってぱく、と口に入れる。 「ん〜…!おいしい!おにぎりすごいあったかい!」  幸せそうにもっちゃもっちゃと頬張った。 「相変わらず器用ねぇ」 「味見もできませんし、分量書き通り作っているだけです」 「コハク キヨウ スゴイ」  頭巾からめきょっと赤い目が開き、しみじみと頷いた。 「ありがとうございます。銀もいつもお手伝いありがとうございます」 「エッヘン」  ふっと視界に明るい光が映り、ばっと顔を向ける。 「曙!!」 「曙様!」  羽織をかけられただけの曙が淡く発光し、おにぎりを口いっぱい頬張りながらぽろぽろと泣いていた。 ((曙!?)) 「あったかぁい…しゅごいおいひぃ…きもちくて、おいひくて、皆にいっぱい愛されて、おれってなんて幸せなんだろぉ…」 「「あぁ…」」  魔物二体が何かを悟り、肩を落とす。  曙はそのまま一瞬一際強く発光し光が収まると、一回り小さく、幼い容姿へと変化していた。 「曙…!!そんな事に感動して幸せいっぱい胸いっぱいにならなくていいのよ!!このくらい当たり前なの!一般的なのよっ!!」 「幸せとはそこまで簡単に感じるものでしょうか?曙様は今までどんな環境でお過ごしだったのでしょう…人々の間で地上の楽土とうたわれる太陽の村の闇を見た気分です」 (俺のせいか…) (快晴のせいじゃないだろ絶対。そこは違うぞ) (でもヒエンの料理ってほんとに美味しいんだよ。寸分狂わない味って感じ) (あらそうなの?私も見習わないとねぇ) (朝日さんツッコんでくれ頼む) 「おにぎしうまい」 「喉につかえますからお味噌汁も飲んで下さいね」 「ん。味噌汁んまい」 「何よりです」  先程より幼い手付きで心持ち大きくなったおにぎりを幸せそうにほっぺたいっぱい頬張った。 (やっぱり、少し幼くなったような気がしてたんだが…) (風呂一緒なんではっきり分かりますけど、布団を出た時点でかなり小さかったです) (これもう相当だって!!もう初めて会った時くらいの背丈だって!!)  頭を抱える暁達の画面の向こう側で、魔物達も頭を抱えていた。 「おい!また光ったぞ!」 「やほー、曙また縮んだ?」  どたどた音を立て、ゴウシと肩に乗ったくららが飛び込んできた。 「ごうし、おにぎしうまいよ」 「おうそうか良かったな、じゃねぇんだよ!!まぁたちっさくなってんじゃねぇか!!」 「…食べたままでいいので、失礼します」  ヒエンがもぐもぐ動く顔をさすり、ぽつりと呟く。 「身体年齢、十二歳程度…第二次性徴前」  ほっぺたについた米粒を口元へと運ぶと軽く指ごとご機嫌に咥えた。 「精神年齢、十歳弱……」 「あらあらまぁまぁ」 「ガッツリ縮んでんじゃねぇか!!どーすんだよ!!」 「なんでせーしんねんれーの方がひくいん?」 「恐らく記憶だけ先に封じてしまったのでその影響かと」  慌てる五体に気付かない曙がウトリにずいっとおにぎりをみせた。 「にこめ!」 「あらそう〜いっぱいお食べなさい?ほら、お膝。味噌汁も飲ませてあげる」 「んっ、んく、んまい」  膝に小さい曙を抱え、片手で持ったお椀で手ずから飲ませるウトリの様子に、ゴウシが六本の腕で器用に頭を抱えた。 「だぁからお前ら曙を甘やかしすぎなんだよ!!いい加減にしろ!!三日っつったろ!その前に魔物になったらどーすんだよ交換条件だぞ!!」 (魔物になる?!) (そんな!!嘘でしょう?!) (どういうことだ!!) (静かにしろ!聞こえないだろ!)  どよめく人々が快晴の一喝で画面へと意識を集中させた。画面の向こう側では間延びしたくららがんー?と首を傾げている。 「なんでー?ウトリの子って最終的にウトリの中に還るんちがうん?」 「曙様は高因子ですから、ウトリが胎内に受け入れられません。幼児で退行が止まり、人の死と同時に魔物化する事になります」 「実は私も初めてなのよね。高因子の子が初めてだから。すごいわね高因子って、ほらぷにぷに」 「えへへ、もっと〜」  つんつんとやわい頬をつっついては、嬉しそうに頬が指の方へ擦り寄った。 「だからってウトリは猫可愛がりしすぎだ!愛情いっぱい胸いっぱいでその年を終えて退行するんだろうが!速度から言って満たされすぎだろ!お前の契約なんだから対策とれよ!」 「えぇ〜〜こんなに可愛いのに愛さないなんて私には出来ませんわ〜」  ねーと曙に笑いかけると曙も嬉しそうにねーと答えた。 「ヒエンは甲斐甲斐しく世話を焼くな!朝昼晩おやつに夜食付きか?!食わせすぎだ!」 「で、ですが体が退行する分栄養が必要ですし、人は十分な食事を与えないと体だけでなく心も弱体化してしまうと私の本に、」 「三日後には交換条件で手放すってわかってるかお前ら!!!」  はらり。 「「あ、」」  ゴウシの言葉で静かにウトリが瞳から潤んだ真珠を零し、他の三体がじっと泣かせた本人を見つめた。 「あ、ウトリ、その、言い方っつーか、」 「そうよね。交換条件だものね。私が見つけて来たんだもの……わかってるわ、わかってっ」 突然ぽろぽろと泣き出した母に曙がぎょっと目を剥き、おにぎりを置いてぎう、と抱きしめた。 「お母さんかなしい?おれちからになれる?」 「曙っ…!!」  曙と強く抱き合う様子に、くららがすいーっと空を泳いでゴウシの背後に立った。 「ウトリに子ども取り上げるなんてゆーとかさいてー」 「俺なんか間違えたこといったか」 「正論だけが全てでは無いのです。特に私達には記憶という業があるのですから。勿論ゴウシ、貴方にも」 「ぐ、」 「ノウキン ココロ ワカラナイ バカ」 「なんだとクソ陰気野郎!」  非難がましい頭巾の赤い目に殴りかからんばかりの怒気を飛ばす。 「コクイテメェ、お前こそヒエンに乗っかってなんもしてねぇだろ!」 「コハク ノ オテツダイ ガンバッタ」 「銀のお陰で随分楽に作業が出来ました」 「アツアツ オニギシ ツツム マカセテ」 「そうじゃねぇだろそうじゃ!!」  喧喧囂囂じゃれ合う魔物五体に、画面の向こう側で(なんか長くなりそうだな…)とため息をついた。  ――真逆そんな……そんなことがこの世にあって許されるのか…?!我が神よ…!!
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加