序章:月夜の祭主と太陽の村

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序章:月夜の祭主と太陽の村

『零話:月と太陽』  かさり、頁が捲られる。    昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおり、竹を切っては細々と暮らしておりました。  ある日お爺さんが竹林に行くと、一本白く輝く竹がありました。  おやなんだろうとその竹を切ってみると、なんと中には小さな女の子の赤ん坊が座っておりました。お爺さんと目が合うとその子はにっこり笑って「かぐや」と喋ったそうです。  お爺さんはその子の言った通り「輝夜」と名付け、お婆さんと二人大切に育てました。  赤ん坊はすくすくとものの数ヶ月で育ち、とても美しい姫君に育ちました。  輝夜姫は大変優れた娘で先見の明を持ち、なんと不思議な力を持っておりました。  お爺さんとお婆さんは輝夜の加護を受けみるみる豊かになっていき、輝夜姫の名は国中に響き渡っていきました。  噂を耳にした数々の男たちが姫を欲し求婚しに押しかけましたが、どれほどの男が来ようとも姫は頑として受け入れません。無理に物にしようとした者は、姫の不思議な力で酷い目に遭わされる始末です。  お爺さんはある日、姫に尋ねます。 「輝夜よ、儂はお前には幸せになってほしい。もし意中の者がいるなら教えてくれぬか」 「わたくしは待っているのです。あのお方が来てくださるのを」 「あのお方とは?」 「主上でございます」  お爺さんはすぐさま都へ使いと手紙を出し、手紙を手にした主上は噂の姫君を喜んで迎えにいきました。 「お前が輝夜か。噂に勝る美貌だな」 「主上、お待ち申し上げておりました……ずっと」  二人は夫婦となり幸せに暮らしましたとさ。  おしまい…… 「おもしろかったー!!」 「わたしこのおはなししってるよ!!ゆーめーだもん!」  切り株に座った少女を取り囲むように群がる子供たちが思い思いに口を開く。 「ですよね。私もそう思っていました。でも、皆さんはここで終わりじゃ駄目なんですよ?」 「なんでー?」 「皆さんのお父さんやお母さんは何の仕事をされていますか?」 「はいはい!えっとね、じ、じちゅし!」 「じゅつし、だよ!やーい、いえてなーい」 「いえてるもん!!」 「はいはーい、そうですね術士です。ご家族がこの社殿で働く皆さんはこの先が大事なんです!よく聞きましょうね〜」 「「「はーーい!」」」 「早く続き読んで読んで!」  かさり、頁が捲られる。    王様と王妃様は仲睦まじく幸せに暮らしていましたが一点、王様には気掛かりがありました。  姫が夫婦の営みだけは受け入れてくれないのです。   「ふーふのいとなみってー?」 「大人になってからにしましょうね〜」 「はーい?」    王様も無理強いはしたくありませんが、何故なのか、それだけが気になってとうとう姫へ聞く事にしました。 「輝夜よ、何故なのだ。余に不満があるなら教えて欲しい」 「不満など……ありません。わたくしだって、」 「ならば!」 「…わかりました」  姫はその夜あっさりと主上を受け入れました。  明朝、腕の中で朝日を浴びた姫が静かに透けていきます。  姫は最後「どうか、これを、」と言い残して消えてしまいました。  失意の主上に、枕元に残された三つの竹筒が目に入りました。  恐らく二つは両親の分だろうと、三人揃って竹筒を抱え星読みにこれは何か尋ねます。  星読みは「恐らく不老不死の妙薬でしょう」と言いました。  姫の居ぬ世に不老不死などと、悲しみの底の三人は揃って姫の生まれた竹林に竹筒を焼きました。  黒く蛇のように燻る黒煙と何処から聞こえてくる姫の悲痛な泣き声に、三人は姫を思って涙しました。  次の日、お爺さんが竹林へ散歩に行くと、なんと暖かい光を纏った竹がありました。  竹を切ってみると、王様とよく似た赤い髪の男の子の赤ん坊が眠っていました。  王様に引き取られたその子は普通の子供と同じように成長しましたが、姫と同じ不思議な力を持っていました。  大人になったその子は王位を継ぎ、王様としてこの国をあらゆる危機から守ったそうです。  おしまい。 「この赤い髪の王様が私たち術士の始祖様と言われています」 「しそさま?葉っぱ?」 「一番最初の術士様ってことですよ」 「えー!!すごぉい!」 「あかいかみがしそさま?ぐーじさましそさま?」 「ちがうよ!ぐーじさまじゃないよ!ぐーじさまおっきくなったって!」 「ぐうじさまおっきくなったの?もうおっきいよ?」 「いや、あのですね、皆さん、えーと」  あらぬ方向に話が飛んであわあわと目が泳ぐと、向かい側から近づく二人の人影に思わず顔が明らんだ。 「朔夜様!快晴様!」 「薄明、託児所の餓鬼どもの世話できてっか?」 「でき、て、ます!」 「ならもうちょっと自信持って答えろよ」 「悪いな、託児所担当の巫女が急に休みになってな。まぁこれも経験と思ってくれ」 「大丈夫です!ちっちゃい子好きですから!」 「ならよかった。ん、」 くい、と下から紋付の紫袴が引かれる。 「ぐーじさま!!」 「ぐーじさまだー!!」 「よっ、チビども元気か?」 「「「げんきー!!」」」  わらわらと子供たちが屈んだ快晴の元へ集まった。 「すごい人気ですね」 「併設の孤児院の子供もいるしな。昔から暇を見つけては顔を出してたから、この辺の子供には大人気だよ」 「あれほどお忙しかったのに?」 「そう。なんか……昔あったっぽい。曙のことがあってからは尚更だな」 「曙さん?」 「なんでもない」  子供達を一人一人頭を撫でては、耳を傾けた。 「ねーねー!はくめーさまがおはなししてくれたー!」 「そうか。よかったな」 「しそさまってあかいかみなんだって!ぐーじさましそさま?」 「違ぇよ。赤にも色々ある。俺は橙寄りの明るい赤だが始祖様は俺の羽織みてぇに暗い深紅かもしれないだろ?」 「そっかーー」 「つか、俺はもう宮司じゃねぇの」 「知ってる!おっきくなったんだよね!」 「惜しい。大宮司な」 「だいぐーじさま!つよそう!」 「宮司は今盈月な」 「しろいほーのさくやさま!」  びしっと朔夜の眉間に皺が寄る。 「お前ら俺の事なんつってた?」 「くろいほーのえーげつさまー!!」 「なんで繋がんねぇんだよ」 「まぁまぁ」 「そら、お前らそろそろおやつの時間だろ」  頭を撫でられた男児が瞬間目を輝かせた。 「おやつーー!!」 「おやつおやつ!しょくどーにいそげー!」 「おててあらわなきゃ!」 「だいぐーじさままたねー!」 「くろいえーげつさまもねー!」 「はくめーさままたご本よんでねー!」  ぱたぱたと託児所へ走り帰っていく子供達を見送る。 「こけんなよ」 「へいへい」 「はーい!またねー!」  子供達に手を振る薄明の様子に、快晴がふっと笑みをこぼした。 「薄明もすっかり社殿に馴染んだな」 「そ、そうですか?」 「あぁ、お前の短い浅葱袴も漸く見慣れてきたわ」 「えへへ、ありがとうございます!」  白衣に膝丈の浅葱袴の端を持ち、恥ずかしそうに笑う。  膝下に見える洋袴が相変わらず薄明らしい。 「朔夜様の紋付紫袴もとてもお似合いです!」 「俺に現人神なんて柄じゃないけどな」  黒い着物に紋付の紫袴をちらりと見る。 「朔夜様、外では英雄内は現人神ですもんね!」 「現人神といえば快晴だろ」 「まぁお前のは役職名みたいなもんだし、蒼星と合わせてだからな。彼奴は?」 「寝てる。相変わらずまだ眠いみたいだな」 「そうか」  トントンと右目の眼帯を軽く叩いた。 「まぁ、彼奴が魂の疲れを癒せてんならそれでいいさ」 「そうだな」  さわさわと揺れる木々の音に耳を傾ける。 「平和だな」 「平和ですねぇ」 「俺たちも戻ってお茶でもしようか」 「いいですね!お二人がいらっしゃるということは盈月様お一人でしょうから」 「まぁ餓鬼じゃねぇし一人でも問題はないが……心配か?」 「なっっ!!そんなんじゃありませんよぉ!!」 「恥ずかしがることないだろ。お前ら付き合ってんだから」 「ですから!!そういうんじゃないんです!!仕事と私情は分ける主義なんですぅ!!」 「お前なんの仕事してんだ?まぁいいや、戻ろうぜ。……快晴?」  ぼんやりと空を見上げる快晴の背中を軽く叩く。 「……朔夜?悪い、なんだっけ」 ぼんやりとした返事に眉を寄せた。 「快晴、お前また具合悪いんじゃないのか」 「なんと!大丈夫ですか!?」 「あぁ、いや大丈夫、なんでもない」  無意識に羽織をひく様子に朔夜と薄明が同時に背に手をまわす。 「すぐ帰ろう」 「横になりましょう」 「いや!ほんとに大丈夫だから!そんなんじゃねぇって!」 「快晴の大丈夫ほど信用ならないものはない」 「先日もご無理が祟って、体温が下がって、寝込まれておられたではありませんか。あれ以来体が弱っておられるのですからしんどくなる前に休んでいただかないと」 「ほんとに!ほんとに平気だって!ほら、月を見ていただけだ」 「月?」  指さす先の空を見ると、白く透ける月がぼんやりと浮かんでいた。 「あっほんとだ。綺麗ですね」 「あぁ、そうだろ」 「月……」  青い空に薄く透け、青みがった白い月。 「……父さんの事でも、思い出してたのか?」 「そんなんじゃねぇよ」  俯いた黒髪をぽんぽんと叩く。 「さ、戻ろうぜ。盈月達が待ってる」 「はい!」 「そうだな」  先導するように歩く薄明と後を追う朔夜の背中を見ながら、惹かれるようにもう一瞥だけ月を見遣った。  ―天界/太陽  三人の様子を物憂げに見守る炎髪の神。 「太陽様、どうかなさいましたか?」  背後から青みがかった月色の髪の青年が声をかけた。 「星辰くん。いや、なんでもないよ。深夜くんと葵くんは?」 「深夜さんは向こうにいます。葵さんは、あれが終わってからすぐ眠られたじゃないですか」 「そう、だったね。君はどうだい?眠りたくないかい?」 「僕は皆を待っていたいですかね。それに、僕と深夜さんは魂が闇の気で傷ついていて眠るに眠れないのでしょう?」  にっこりと太陽神へと笑いかけた。 「そうだね。君たちは兄様に魂ごと傷つけられている。深夜くんは然程深くないが、君の傷は深い上に治りが非常に遅い。傷が治るまでは魂を閉じられないだろうね」 「僕だけ傷の治りが遅い理由はなんですか?」 「ふふ、内緒だよ」  快晴とよく似た顔で、似ても似つかぬ穏やかな笑みを浮かべ、再び地上に目を向ける。 「平和だね。(わたし)はこの平和を愛おしく思うよ。喧騒の中で生きてきた子らが少しでも穏やかに生きられればと願ってやまない。我は、この平和を守りたいんだ」 「太陽様、それは、」 「我にできればそれに越したことはない。だが知っての通り我にできることは僅かだ。だから我は……我の手足となって動いてくれるものが欲しい」  雲が横切る青空色の瞳と薄灰色の瞳が交差する。 「ならばその役目、僕にやらせてください。人々を愛してやまない貴方の為、貴方にとって使い勝手の良い駒となりましょう」  胸に手を当て、片膝をついて首を垂れる。  太陽よりも月に近いその髪に優しく手をのせた。 「星辰くん、今日から我の――」  鮮やかな青い光が、その場を包んだ。  ―天界/……  硬い石のように均された純白の大地。  日の昇らぬ常夜の空と黒く揺蕩う雲。  白い大理石のような玉座に座した白き女神が、ひとつため息をつく。  そのまま踝まである長く真っ直ぐな白銀の髪をくるくると弄った。 「どうした、暇か」  背後から黒ずくめの男が声をかけ、足を二本地につけたまま、三本目の足を玉座の肘掛けの乗せる。 「暇よ。とっても暇。それに欲しかったものを太陽に取られてしまったみたい」 「あの小僧か。あれほど欲しいと言っていたのに、親不孝な奴だな」 「あの子は月に属するものよ。わたくしの眷属なのだから、渡さないと突っぱねる方がおかしいのよ」 「だがお前、地上の、太陽の写し身も欲しいと言っていなかったか?」 「えぇ。だってわたくしは月だもの。日に焦がれて当然でしょ」 「その通りだな。だが彼奴も太陽が厳重な加護を敷いているようだぞ」 「まったく……親不孝な子。母様が愛しくないのだわ」 「だが…俺の輝夜は黙って引き下がるような女か?」 「ふふっ、そんなわけないじゃない。わたくし、欲しいものはぜんぶ手に入れるって決めてるの」  黒い羽扇の裏でにっこり妖艶に微笑んだ。 ――真逆あれで終りと、思った訳ではないでしょう?
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