二章:主上のお茶会

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『九話:神国国主、主上』 王都王城。  絢爛なれど華美ではない、白く美しい城。  その内部、広い廊下を闊歩する一団に、人々が静かに道を開け密やかに口をついた。  内容はもっぱら、噂に名高い火炎の彼。 ―炎色の髪に天上の青空色の瞳、あれが噂の…… ―日の現人神…生き神というには意外と普通だな… ―普通なもんか。纏う気配が人のそれではあるまい。 ―ここ王都は「神に背いた地」。日の現人神を呼び寄せるなんて主上は何をお考えなのやら。  ひそひそと漏れ聞こえる陰口に朔夜達が眉を顰めた。  (彼奴ら真逆俺たちに聞こえてないとでも思ってるんじゃねぇだろうな)  (うーん、思ってるかもしれないねぇ)  (というより何も考えていないかもしれません)  (こっちは高位術士なんですからそのくらい考えて頂きたいものです!)  (相変わらずここは人の質が極端だなぁ。お父さん気にしないでね?)  (平気だ。王都だろうが村だろうが言うやつは言うもんさ。お前らも気にすんな)  (そうは言ってもな、)  ダンッ!  先頭で床を強く踏みつけた音が辺りに響き、一気にあたりが静まり返る。 「聞こえてないと思った?そんな訳ないよね。そんな言い訳通用しないよ?ボクの仲間と主上のお客人にこれ以上無礼を働くなら、ボクは君達を先に片付けなきゃいけないんだけど」  苛立たしげな後ろで静かに怒りを湛えた黄緑色の瞳に、蟻が散るように誰も居なくなった。 「はいすっきり」  何事もなかったようににぱっと笑う紫苑に、快晴が苦く笑いかけた。 「別に、本当に気にしちゃいなかったんだが」 「いーのいーの、ボクが不愉快なだけだから」 「手が出なかっただけ紫苑も少しは大人になったな」 「なにそれ。ボク朔夜君より大人なんですけど」 「こういう時だけな。日頃は一生餓鬼じゃねぇか」 「違うもん!大人だけど大人じゃないだけなんだから!」 「薄明にはさっぱりわかりません」 「だからぁ〜」 「紫苑さんお部屋着いちゃうよ〜」  ―王城内 茶室  見事な枯山水の庭が広がるも、外から見えないように壁で囲まれた箱庭のような部屋。  中央に御簾の降りた一段高い上座があり、襖で隣の間から入室できるようだ。  上座を囲むように五人が指定された席に座る。上座の隣に紫苑、向かい側中央に朔夜と快晴、二人の隣に薄明と茜が座った。 「あれ?金鳳さんはどこに座るの?」 「私は主上の御前に立てる立場では無いので、ご案内が終わり次第退室致します」  にこやかに微笑む金鳳に一人紫苑が軽く目を細めた。 「そうなんですか…?金鳳さんが居ないと急に不安になってきました…」 「薄明ちゃんそれどう言う意味?」 「そのままですが?」  バチバチと見合う子ども二人に朔夜がため息を漏らした。 「それじゃあ金鳳、後でな」 「はい。失礼致します」  丁寧に頭を下げて襖を閉めた。  シャン、シャン、シャン、  隣の部屋から鈴の音が響く。  下にー、下にー。  御簾の向こう側の襖が開くと同時に、朧気な人の声が聞こえた。  紫苑が目配せをして頭を下げ、一同がそれに習って上座へ平服する。  静かに奥の襖が閉められると共に、御簾が上がった。 「良い。表を上げよ」  一同が顔を上げると、顔を覆う帽子を被った狩衣姿の男性が上座を治めている。  そのまま軽く手を挙げ帽子に触れる仕草に、隣の紫苑が目を剥いて立ち上がった。 「ちょちょちょ、主上?!何してんの何してんの?!」 「む?まだ何もしておらぬが」 「いやしてるしてるって!何しようとしてたの?!」 「うむ。余自ら呼び出しておいて顔も出さぬとは、なんとも失礼なものではではないか?と思ってな」 「いやいや、主上の身姿は極小数の人間にしか見せちゃいけないんだから駄目に決まってるじゃん!ていうか今ボク、ボクの前で帽子外した主上を見たお婆様と同じこと言ってるんだけど!!」 「うむ。紫苑も大きくなったな」 「そうじゃなくて!!!」  頭を抱える紫苑を一瞥し、朔夜が再び頭を下げた。 「主上、恐れ多くも申し上げます」 「うむ。表を上げ、申してみよ」 「失礼致します。私共は主上よりお話があると聞いて馳せ参じました。この状況では主上のご用命が果たせません。一先ずこのまま進めさせて頂けませんか」  朔夜の黒い眼帯を静かに見つめ、ゆっくり首肯する。 「然り。朔夜の言う通りだな。すまない紫苑」 「まぁ、わかってくれたならいいけど」  ぽすん!と雑に座布団に座った。  紫苑の様子に肩を竦め、再び居住まいを正し客人達を見やる。 「待たせてすまない。今日はよく余の茶会に来てくれた。余は神国国主主上。国主の習わしとして名は持っておらぬが、親しい者達の間ではスイの愛称で呼ばれておる。好きに呼んでくれ」 (愛称……初めて聞いたな。紫苑は知ってたんだろうが) 「神国…?」  薄明が不思議そうに朔夜を見上げた。 「この国の名前だ」 「し、知りませんでした…というか名前なんて気にしたこともありませんでした…」 「国内にいる以上は使うことはないからな。外交上の名前といっていい」 「流石朔夜。よく分かっておる」 「滅相もございません」 苦笑する気配と共に室内を、歳若い三人を一人ずつ見て口を開いた。 「茜、」 「はい」 「話は紫苑から聞いた。もう体は良いのか」 「はい!朔のお陰で呪いはすっかり解けました!」 「そうか…1年という長きに渡りよく呪いに耐えた。再びお主の花のような笑顔がみれて嬉しく思うぞ」 「ありがとうございます!」  綻ぶように華やかに微笑む。 「薄明」 「はい!」 「お主は悪と対峙するにはあまりに幼い。戦う事さえ怖くはなかったか」 「それは…はい…でも、お師匠様がいましたから!」 「お主の朔夜を思う心の強さ、幼子のそれでは無い。主はもう立派な淑女なのだな」 「えへへ、はい!」  芽生えたばかりの新芽のようににっと笑った。  最後、朔夜と静かに目を合わせる。 「…今日無理に主らに来てもらった理由のひとつは、余がどうしても主に言いたいことがあったのだ」 「はい」  同じく静かに布越しの瞳を見つめた。 「朔夜……常闇を止めてくれて、本当にありがとう」  軽く目を瞑る紫苑を見、瞠目して軽く二人を見やった。 「主上も、面識があったのですか」 「あぁ、紫苑の様子を見に行った時、一緒にな。よく膝蹴りを食らったよ」 『紫苑に近付くなバカ主上!バーカバーカ!』 『痛い…というか割と本当にかなり痛い…』 『あははっ!常闇にぃさんつよぉい!くにさいきょー!』 『常闇!!紫苑!誰に!!何を!!しているのですか!!!』  拳骨を食らってもふいと顔を背けて絶対に謝らなかった悪戯小僧。 「あの子が、どんな大人になるのか、楽しみだった…」  染み入るような言葉が室内に広がった。 「あの子はもう、ゆくべき場所にいったのだな」 「……はい」 「そうか。ありがとう、朔夜」 「そんな、俺は、俺はなにも…」 「いや、十分よくやってくれたよ。主の左目は、もう見えぬのか?紫苑に頼めば、」 「いえ。これは彼奴にやったので、これでいいんです」 「そうか」  噛み締めるように頷き、そのまま最後の一人に目を向ける。 「最後にしてしまってすまない。名を、お主の口から聞いていいか」 「…太陽の村大宮司、快晴と申します」  目を瞑って頭を下げ、青い瞳で顔を上げた。 「お主が日の現人神、火炎の快晴だな」 「私には過ぎた名です」 「そんなことは無い。紫苑が余に言うのだ『朔夜君のところの快晴殿の方がよっぽど主上にむいてるよ』とな」  悪戯っぽい言い方に快晴が紫苑に軽く目を細めた。 「紫苑お前、俺とは今回が初対面だよな?」 「そうだけどそれが?」 「あったことのない人間と天上のお方を比べるなよ……」 「そう?瞳だってうすぅーい青色の主上に対して快晴殿は天上の青色じゃん?」 「瞳の色で政のなにが決まるんだよ。村一個と国一個じゃ規模も責任も段違いだろう」 「そぉかなー?だって快晴殿現人神だし」 「紫苑お前な」 「だから俺は、」 「ふふっ、ふふふ、」  密やかな笑い声に両者が思わず口を噤む。 「ふふ、いやすまぬ。つい面白くて。正直にいうと余は、天上の青い瞳を持つ王の器である快晴と喋って見たかったのだ。主らを呼んだもうひとつの理由だな」 「ただの青い瞳をした俺でよければ、喜んで」 「ふふ、よいよい。ここは余の茶会。無礼講じゃ。存分に語り合おうでは無いか。おっと、茶と菓子がまだだったな」  パンパン、と手を叩く音と共に主上の茶会が始まった。 「お菓子がとんでもなく美味しいですぅ〜!!」  薄明がお菓子を入れた頬袋を摩る。 「おい薄明、行儀悪いぞ。飲み込んでから喋れ」 「だって美味しくて飲む込むのが惜しいんですぅ」 「薄明ちゃんってばお子さま〜」 「今はどんな誹謗中傷も甘んじて受けます!」 「誹謗中傷て、そんなに?」 「そんなに気に入ったのなら土産に幾つか持たせようぞ」  笑いを抑えるように口に手を当てた主上に薄明が目を光らせた。 「本当によろしいのですか!!」 「構わぬ。主らなら日持ちの処理さえ可能だろう」 「えぇ。水行を使えば冷やせますので紫苑の種があれば問題ないでしょう」 「五行術か。汎用性の高い国内最強と謳われる術式。快晴が総師範なのだろう?見てみたいものだな」 「主上の御前で力を使ったりしたらお付が血相変えて飛んできますよ」 「ふむ。なら彼奴等の足止めも願いたいな」 「お戯れを」  軽く笑いながら会話を交わす2人に一人朔夜が内心感心する。  (主上相手でも臆しすぎず無礼にならない一線で会話している…流石快晴だな)  チラリと紫苑を見ると、こちらに気付いたのか一瞬だけニッと笑った。  (彼奴の目的は最初から主上の話し合い手に快晴を据えることか…また紫苑の思惑通りな気がして腹立つな)  周りに悟られないようにぐっと茶を飲み込む。 「薄明ちゃん、半分こしよっか」 「えぇ!いいんですか!」  左右の二人が皿を分け合う。 「茜、行儀が、」 「まぁまぁいいじゃんお父さん〜朔夜君も快晴殿も似た者親子だねぇ」 「お前にお父さんと言われる筋合いはないんだが」 「わぁ〜かわいい〜黄色のお花の形してる〜!」  茶会を一番楽しんでいると思しき薄明の黄色い声が話を遮った。 「ね、可愛いよね」 「これ半分にしちゃっていいんですか?!」 「いいよ〜私も見て楽しんだから」 「ありがとうございまふー」 「言い終わってから食べようね薄明ちゃん」  もっきゅもっきゅと咀嚼し、名残惜しげに飲み込んだ後、思い出したように紫苑を見る。 「そういえば…私は良くて、なんで金鳳さんはダメなんですか?私一般人ですけど」 「あー…それはねぇ」  ふっと気まずい空気が流れ、快晴と薄明が顔を見合わせた。 「余から説明しよう」 「主上?」 「実は、金鳳は本来余の従姉妹の子、余から見て従弟でありこの中の誰よりも王位に近い。つまりは最も高貴な立場である」 「そんな…じゃあどうして、」 「金鳳がその事を否定してるんだよ。自分は卑しい立場だって」 「どうしてですか??」  心底分からないといった顔をする薄明に朔夜と紫苑が目を交差させた。 「…金鳳は精神干渉術式持ち、王都の負の遺産であり禁忌の力、その上生まれつきということで王都では呪い子と言われ蔑まれる事が多い。彼奴自身も元々虐待下にあったところを当時の団長である長老に救われたらしい。その辺色々彼奴の心にのしかかってるんだ」 「そんな、そんなの金鳳さん何も悪くないのに……」  茶会でしか出されぬ菓子を見ながらしゅんと項垂れる薄明に、目前の主上が居住まいを正した。 「折り入って主らに頼みがある」 「…主上?」 「なんでしょう」 「無理は承知の上…どうか金鳳を余の茶会へ連れてきてはくれまいか。余はどうしても、金鳳と……翠姫の息子と話がしたい。無理やり連れてきては意味が無い。この国の頂点であろうと、余には出来ぬことなのだ」  ぐっと膝の上で手を握り込み目線を落とすように俯いた。  (そうかこの人は、頼むと頭を下げることすら許されないのか……) 「わかりました」 「快晴?!」  快諾する隣の父を思わず声が上がる。 「勿論俺と金鳳は昨日会ったばかりだ。出来ることは少ないでしょう。けれど此奴らと金鳳は苦労を共にした仲間で、俺は此奴らを苦楽を共にした仲間だ。なら力を合わせれば多少なりともできることはあるはずだ。そうだろ、朔夜」  全幅の信頼を寄せた青い瞳にふーっと長いため息をつく。 「できることは致しましょう。ですが俺は金鳳が幸せな方がいい。それだけはご了承を」 「うむ。勿論だ。もしどうしても金鳳にとって王族が毒であるならばそれも教えて欲しい」 「承知致しました」 「金鳳さんとは長い付き合いですから〜」 「薄明も誠心誠意頑張ります!」 「うむ。感謝するぞ。また茶会を開こう。今度は主らが帰る前に。可能ならば座布団は六枚であると良いな」  シャン、シャン、  鈴の音が終わりを告げる。  短いが濃い謁見の時間が終わった。 「さてと、これからどうする」  部屋から遠のきながら朔夜が紫苑に問う。 「んー、君らで城下町とか見に行ったら?露店とかあるし面白いんじゃない?」 「構わないが、お前は?」 「ボクちょっと忙しいから後でね〜」  ヒラヒラと手を振りながら有無を言わさずその場を後にした。    ―術士団本部 「お帰りなさいませ、紫苑様」 「ただいま金鳳」  にこやかに迎える副官に笑顔で答える。 「茶会は滞りなく?」 「うん。やっぱ快晴殿と主上は相性良さそ」 「良かったですねぇ」 「うん。ふー、金鳳お茶入れてー1番めんどくさいやつー」 「蒸らし時間が長い甘茶ですね。最近お気に入りですねぇ」 「美味しいもん」 「承知致しました。お持ちします」  金鳳が完全に去ったのを確認し、鍵付きの引き出しから書類の束を取り出す。  (だってねぇ、時期が良すぎない?まぁボク的には楽でいいけどさぁ)  新しく重ねられた紙をペラリとめくると、『解決済:金鳳誘拐未遂事件』と書かれた紙がチラついた。  ―城下町  艶ややかな赤色の飴をぺろりと舐める。 「どうです朔夜様」 「ん、甘い。これこんなに甘かったんだな」 「ほんと!甘くて赤くてかわいいね!」 「あぁ。林檎飴屋はたまに村にも来るが、こちらの方が産地が近い分林檎が美味いな」  四人が休憩所の長椅子に座り、かつての飴屋の林檎飴を頬張った。 「そういえば、金鳳さんが甘いものが苦手と仰ってましたね」 「……そうだな」 「それもそのへんが理由なんですか?」 「うーん、そうだね」  歯切れの悪い二人に快晴が目を細める。 「随分な、環境だったようだな」 「え?!快晴様今のでお分かりになるのですか!」 「まぁ、うちでもそういう虐待事件がないわけじゃない。手遅れになる前に、助けてやりてぇとは思ってるけどな」  苦く苦しい顔に頭のふたば毛ごとしょんもり項垂れた。 「せめて御家族は…だめなのか…えーと、ご兄弟とか!いらっしゃらないんですか?」  静かに朔夜と茜が目を合わせる。 「いる」 「いる?!いるんですか!今の反応は完全にダメかと!」 「兄貴が一人」 「お兄様!辛い境遇を共にされたとかでは無いのですか?!今はどちらに?!」 「俺と茜が修行してる時会いに来たよ」 「おぉ!」 「聞きたいか」 「勿論です!」  淡々と話す朔夜と張り付いた笑顔が変わらない茜の様子に、諦念のため息と共に耳を傾ける快晴。 「なら教えてやろう。術士団資料名称『金鳳誘拐未遂事件』」 「えっ」 「お前が聞きたいって行ったんだから、責任をもって最後まで聞け」 「あっあっあっ!!やっ、やっぱり無しでーー!!!」  閑静な休憩所の雰囲気とは不釣り合いな悲鳴が響き渡った。    ――金鳳。君は金鳳だよ。それ以外の何物でもない。
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