二章:主上のお茶会

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『十話:金鳳誘拐未遂事件』 赤く甘い飴をひと舐めしながら、嘗ての記憶に沈む。 (彼奴はもう、一生甘いものを食えないんだろうか) 「朔夜様?」 「あぁ、あれは対常闇用術式を練っている時だった」 「あっやっぱり話し出しちゃうんですね…」 ―六年前、術士団地下演習場  ドォォォン!  大きな砂埃と共に轟音が広がる。 「ふう…」 「朔どう?」 「なにか、掴みかけた気がするが……まだ遠いな」 「そうだね…よっし、休憩しよ!私お腹空いちゃった」  きゅっと腕を掴む茜を緩く笑い返す。 「そうだな。空腹時に力を使うなって快晴にもよく言われてたしな」 「うんうん!食堂いこ!何食べよっか〜」  二人で演習場を出ると、一階の大広間で随分な人だかりが出来ていた。  人の向こう側から聞こえる下級団員の声。 「ですから!術士団の関係者以外はお断りしておりまして、ちょ、困ります!」 「うるせぇな!俺は関係者だ!あれを、副団長を出せ!」  よく見ると入口周辺で騒ぐ男性を団員数名が抑えているようだ。くすんだ髪色に対し鮮やかな翡翠色の瞳が団員達を威嚇するように爛々と輝いている。 (乱入者か?にしても荒っぽいな) (こんなこともあるんだね)  王都守護を担う術士団の王都内での地位は高く支持も厚い。門番の団員は新入りの下級団員から選ばれる程だ。 (にしても、綺麗な瞳なのに残念な人だなぁ) (そうだな。まるで、) (あっ、朔!) (あれは)  茜の指さす先に上の階から慌てて降りてくる金の髪が目に入った。 「何事ですか!」 「金鳳様、実は」 近づいた門番が事情を説明するより先に、目前の男性と金鳳が目が合った。 驚愕に歪む金鳳と不機嫌そうに金鳳を見る男性。 二人だけが凍りついたような空気の中、周囲の下級団員達が何事かと道を避け、金鳳と男性の前に一直線の道が出来た。  金鳳の震える唇がやっとの事で言葉を絞り出す。 「おっ…にぃ、さま…」  喉が張り付いたような酷いかすれ声  全体を見ていた朔夜は人だかりの数人が息を飲んだ事に気付き、事の深刻さを悟る。  一方で金鳳の声に向かいの男性が嫌そうに顔を歪めた。 「はァ?汚ぇ声で俺を呼ぶんじゃねぇって何度言ったら分かるんだ。誰が、立っていいって言った?」 「っ!!」  一歩前に進み軽くトンと地面を叩くと、崩れるように金鳳が地面に座り込んだ。  俯いて身を震わせる金鳳に、一歩ずつ歩みを進める。 「忌み子の分際で、父さんを殺しておいて偉そうに人間面してんじゃねぇか。ハッ!ままごとは終わりだ!帰るぞ、お前に名前なんかいらねぇんだよ」 (金鳳さん!) (ちっ…ん、待て茜)  飛び出しそうな茜を抑えると二人の間に二人の青年が、金鳳への目線を遮るように立ちはだかった。 「なんだお前ら」 「イ班班長轟」 「ロ班班長心嗣(しんじ)」 「オレらの大事な副団長に何言いたい放題言ってくれちゃってるですかねぇ?うちの副団長はテメェみたいな粗暴なカスと違ってお優しくて繊細なんすよ。俺らの許可なく勝手に話しかけないで頂けます?」 「近衛術士団本部は関係者以外立ち入り禁止です。アンタは金鳳さんとは関係ない。死罪を逃れただけ主上に感謝しておけば良かったものを。何をしに来たんですか」  チンピラ風の金髪の青年と物静かな水色の髪の青年が色の違う敵意を向けた。 「何をしに来たか?そんなもん決まってんだろ、俺のもんの回収だ。漸く使い道が見つかったんだ、それを返せ。父さんが死んだんだ、それは俺のだ!」 浅い呼吸で震える背後の金鳳に聞こえるように、男性に負けじと声を張る。 「巫山戯んな!!副団長はソレなんかじゃねぇ!金鳳様を、俺達の大事な上司を愚弄するな!!」 「アンタが居ると金鳳さんの体に触る。術士団規約に基づき捕縛します。とりあえずその口ふざいでやる!」 「手が早ぇよ心嗣!おいてくな!」  二人がかりで飛びかかった瞬間。  ニヤリと男が笑みを浮かべた。  トン、トン、シャン! 「気が抜けろ」 「「!!」」  飛びかかった2人が男の左右に分かれて尻もちをつく。 「なっ?!くっそ!」 「ちからが…」 「気が抜けちまったら立てねぇよなぁ」  手元の鈴をシャランと鳴らした。 (あれって詠唱…?) (珍しい、条件詠唱じゃないか…足を叩いて鈴を鳴らすという三部位に別れた手間のかかる条件付けをすることで術の能力を底上げしてるんだろう。その為に距離をとっていたのか) (術自体は簡単な催眠術なのに…) (流石は精神術式一族という訳だ。茜、) (うん) 「きん、ぽうさん!にげて!!」  立ち上がれない二人を尻目に悠然と金鳳との距離を詰める。 「だから言ったろ、お前は俺達に管理されなきゃならねぇって。でないと、お前は他人を不幸にするんだから」 「っ!!ひっ、」  俯いて震えたまま、喉に何かが引っかかるように首を引っ掻き、引き攣った息を吸う。 「彼奴らもお前のせいで、」 「なら、俺達も不幸にしてみろよ」 「っ!」  手前で朔夜が金鳳を隠すように立ちはだかり、茜が飛びつくように金鳳をぎゅっと抱きしめた。 「金鳳さん大丈夫だよ。ゆっくり息吸って。吐いてー。大丈夫大丈夫」 「はっ、はっ、」  冷えた体を温めるように抱きしめ、優しく背中を摩る茜と、無言のまま殺気混じりの覇気を放つ朔夜。  ただならぬ雰囲気を持つ二人にすっと翠色の瞳を細めた。 「お前ら何者だ。術士団の人間じゃねぇな」 「王都近衛術士団特別顧問、夜の勇者朔夜」 「同じく!王都近衛術士団夜の勇者直属、日陽の巫女茜!」 「はっ!アンタが噂の勇者様か!余所者の化け物が、飼い殺しにされてる自覚もないらしいな」 「朔は化け物なんかじゃ!」 「いい。好きに言えばいいさ。だが、俺にお前のちゃちな催眠術は効かない。中身が知れてれば詠唱効果を破壊する事など容易だ。つまり、俺は今すぐお前を斬り殺す事ができる」 「ちっ!!」  ずん、と重くなった殺気に足を踏みしめる。 「化け物の前に立って、生かされてる自覚もないらしいな。お前の言う通り俺は飼い殺しの化け物。なら、侵入者に規定以上の罰を与えても裁けるものはいない。状況が状況だけに紫苑からの小言もないかもな」  ちらりと冷たい眼差しを向ける。 「で、どうする。死にたいか?」 「くそっ!!」  互いに構える、一触即発の空気。  その時。  「はぁ〜い、そこまで」 「「っ!!」」  上方階から手すりを飛び越え朔夜と男の間に着地する。 「朔夜君茜ちゃんごめんねー遅くなって」 「遅い」 「遅いです!」 「あはは、ごめんて」  無表情のままの朔夜と金鳳を抱きしめたままの茜から同時に反論され、乾いた笑いと共に素直な謝罪が出る。 「勿論ただ遅れた訳じゃないから安心して。はいコレ」 「……なんだこれ」  ペラリと出した紙へ嫌そうに眉を寄せるが、その様子に紫苑がにやりと笑みを深めた。 「君の恩赦剥奪の証明書だよ」 「なっ!!」 「恩赦?」 「彼は金鳳の実の金鳳、つまり生まれてから検挙されるまでの十年間金鳳を幽閉虐待していた事件の共同正犯。簡単に言えば幼い金鳳を虐待し続けていた奴だ」 「へぇ」 「っ!なんてことを!」  空気が冷え込む朔夜と強く金鳳を抱きしめ直す茜に男がじり、と一歩後ろに下がる。 「そんな奴がなんで生きてんだ」 「だから言ったでしょ、恩赦だって。金鳳の母君は主上の従姉妹、バリバリの王族なんだ。唯一まともな瞳の色は翠姫と同じ色、だから主上は彼だけ王都追放の恩赦を出したのさ」 「王都追放」 「そ。ここまで言えばわかるよね。その恩赦を剥奪する通達を貰ってきた。君の罪状は長いから今更言わないけどとりあえず死刑だよ。今すぐ死のっか」 「っ!!!」  淡々と話していた紫苑が最後の一言に真っ黒な殺気を載せた。 「っ!!クソッタレ!!」 「しまっ」  カッ!!  一瞬で視界が白に染まる。 「俺に目潰しが効くと思うな!!」  瞬発的に前に飛び脚で回し蹴るも、手応えは無い。  目が馴染んだ頃周囲を見渡すも男の姿は見当たらない。 「くそ、逃げられたか」 「転移術式…短距離でも何処から仕入れたんだ?彼の因子は差程高くなかったはずなのに…」 「き、金鳳さん!!」 「そだ、金鳳!!」  振り返りしゃがんで茜から冷たい体を引き受ける。 「金鳳?金鳳、もう大丈夫だよ。金鳳?」  身を震わせ首を掻き、浅い呼吸を繰り返すばかりの金鳳を抱きしめ背を摩り温もりを分けた。 「金鳳、ね、大丈夫だから。金鳳………?あ、」 「っ!茜!!」 「へ?!」  紫苑がなにかに気付くと同時に朔夜が直感で茜を抱き抱え距離をとる。  ぶわり 「っ!全員金鳳から退避!!」  ドロドロと立体感を持つ枯葉色の靄が金鳳の体から湧き出すように広がっていく。 「心嗣!結界!!」 「っ!けっ、かい、せいせい!!」  力の入らない指を必死で動かし、なんとか二人だけを囲った水色の結界が出来る。 「出来た…」 「心嗣さすが〜」 「班長達大丈夫ですかー!」  向こうの二人にも手が回ったのを見届け、結界近くまで歩み寄る。 「紫苑、これは」 「この靄に触ると失神するから気をつけて」 「そうじゃなくて」 「……」  枯葉色になった結界の中で震えが止まらない金鳳を胸に抱き寄せ頭を撫でた。 「金鳳。……金鳳。君は金鳳だよ。それ以外の何物でもない。ボクのお世話係で術士団の副団長で、お茶を入れるのが上手な金鳳。ボク達皆、君が一緒に居てくれて幸せだからね」  よしよしいいこ、と優しい声で声をかけながら一定の速度で撫で続ける。  二人だけの世界で疲れて眠りにつくまで金鳳を許し続けた。 「目が覚めた金鳳はいつも通りを繕っていたが心で話すわ首は掻くわ発作を起こすわ大変だった。いつも通りに戻るまでには暫くかかったな」 「そんな…ことが…」  薄明が目元を抑えガックリ俯いた。 「精神干渉術式持ちか……」 「お父さん?」 「いや、それは酷い幼少期だったようだな」 「あぁ。十で当時団長だった長老達が助け出したが、それは酷い惨状だったらしい」 「父親は?話の流れ的に主犯だろ」 「長老がその場で殺したって」 「そうか……十で……」  吐息の様な声で淡く、よかったと呟いた。 「快晴?」 「なんでもない。その兄貴はその後どうなったんだ?」 「それが見つからなくて…とりあえず見つかり次第処断してよし!って」 「罪人相手とはいえさっぱりしてんなぁ」 「今だに金鳳に後遺症があるからな。癒えない傷を与えた罪は重い」 「後遺症って…?何があるんですか」 「甘いものが食べられないとか、大きな声が出せないとか、消えない痣があるとか、2種類の発作があるとか、色々だ」 「随分と多いな。生活に支障はないのか」 「紫苑や心嗣達と上手くやってるみたいだ」 「幸いだな」 「あぁ」 「でも…金鳳さん悪くないのに…」  ーいえ、私甘いものは苦手ですので…  飴を勧められた時困ったような笑みを思い出す。  俯いていた薄明がくわっと顔を上げ、飴の棒を強く握りしめた。 「この薄明、もしそいつを見つけたら逆戟(さかまた)でボッコボコにしてやります!!!」 「やめろやめろ、それもう前にやったからお前」 「流石薄明ちゃんだね!」 「私怨に術を使うなよ…」 傾く日に快晴が腰をあげる。 「そろそろ戻るか」 「だな」 「あっ!まだ食べ終わってません!」 「もう齧っちゃえ」 「あぐあぐあぐあぐ…」  話しながら術士団に帰ると門前で金髪が夕日に照らされ輝いていた。 「よかった、お迎えに上がろうと思っていたところです」 「ただいま金鳳」 「ただいま金鳳さん」 「お帰りなさいませ。薄明様?」  ぐっと黄緑色の瞳を見上げたら拳を握る。 「金鳳さん!私はいつでも金鳳さんの味方ですからね!!」 「は、はぁ…」  驚いたように瞬き、そしてゆっくり綻ぶような笑みを浮かべた。 「ふふっ、ありがとうございます。私も薄明様の味方ですからね」 「はい!!」  笑い合う子ども達を背に、赤く染る日へ心の中で言葉をかける。  (貴方の祈りはちゃんと届いたようだよ、父上) 「おとうさーん!いこー!」 「いまいく」  深紅の羽織を翻して、手の揺れる方へ駆け寄った。  ―王都、某所 「ちっ、動きずれぇ。やっと王都に入れたってのに」  ザザッ、手元の札から雑音が混ざる。 『今度こそちゃんとやってよ。次は無いからね』 「分かってるって言ってんだろ!」 『魔王も消えて俺達もそろそろ稼ぎ時だ。しっかし本当なのか?俺はお前を信用しちゃいねぇんだがな』 「うるせぇ!連れて帰りゃいいんだろうが!」 『ま、路頭に迷った君を拾ってあげたんだがら、自分の価値は自分で証明しな。わかってると思うけど僕らの事喋ろうとしたら舌切れるからね、雀ちゃん』 「うるせぇ!!」  バンッ!と叩いた札にシワが入り雑音ばかりが薄暗い部屋に響く。 「アレは俺の物なんだよ…!!父さんだって俺が二十歳になったらくれるって言ってたんだ!俺の、俺だけの玩具なんだよ!!」  札が握りしめられ部屋に静寂が訪れる。 「金鳳?ハッ、誰だそりゃ。あれは俺の、俺だけの玩具だ」  隙間から差し込む月明かりに翠色の瞳が爛々と輝いた。  ――るん、るん、たっ、た。うふふ。
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