二章:主上のお茶会

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『十三話:一冊の伝記』 「皆様、昨日は大変お世話になりました」  丁寧に寝台から体を折るいつも通りの姿に一同がほっと一息をついた。 「大丈夫そうで良かったぁ…」 「ご無事でなりよりです!」 「いや、金鳳のことだからどっかしんどいとか隠してるんじゃないだろうな」 「体の傷は癒せても心の傷は俺達には癒せないからな」 「あはは…」  疑いの眼差しに軽く笑いで返す。 「あの、本当にもう大丈夫ですので!はい!ちゃんと声も出ておりますし!」 「ほんとだな?」 「朔夜君てばちょー疑り深いんだけどー」  ヒラヒラと長い袖を振りながら片手に本を持った紫苑が入室した。 「紫苑様、それは」 「うん。いい加減見せてあげないとと思ってね。それにこれなら病み上がりの金鳳でも平気だし」 「ありがとうございます」  ぺこりと腰を折る金鳳に三人の目線が本に集中した。 「紫苑、なんだそれ」 「んー、前君らが来た時から見つかってたものなんだけどね」 「見つかったって、何から?」 「ん?遺跡」 「なんなんだそれ…」 にやり、笑みを深めた。 「文献資料、だよ」  紫苑の執務室。 「金鳳さん、ほんとに起きてて平気?」 「はい。もうすっかり」  いつもと変わらぬ笑顔にほっと胸を撫で下ろす。 「そっか。でもしんどくなったらいつでも言ってくださいね」 「はい、ありがとうございます」 「ほんとにすぐ言えよ。昨日の一件、紫苑が『金鳳誘拐事件』したからな。お前は昨日誘拐されたことを忘れんなよ」 「なっ、紫苑様!また大仰な名前をつけて!!」 「別に間違えてないでしょ」 「まぁ間違えてはないんだなぁ」 「はうっ」  恥ずかしそうに顔を覆う金鳳を横目に、机の中央に本を置いた。 「それは……文献資料、だったな」 「そう。これは太古、凡そ千年前のとある王様について書かれた文献資料。正確に言うなら伝記だ」 「伝記……?」  皆と一緒に不思議そうに顔を傾げる茜を紫苑がじっと見つめた。 「紫苑さん?」  さっと本の方に目線を戻し、口を開く。 「この主人公である王様は、月の女神を母に持ち国王の第一王子として……竹から生まれた、と書いてある」 「なっ?!」 「まさか昔話の…」  全員に衝撃が走るも、紫苑は続ける。 「王様の見姿は父親譲りの赤い髪と、何処までも広がる青空色の瞳。幼名は…太陽、であったらしい」 「その容姿!!」  驚愕に場が飲まれる中、一人、脳裏に優しく微笑む一柱の神が過ぎる。 「真逆、太陽…様…?」 「前情報提供協力で聞いた時、教えてくれたよね。神託の巫女、茜ちゃん。君の太陽様ってどんな方?」  じっと快晴を見ながら口だけ茜に問いかけた。 「燃え盛るような赤い髪と…お空が映る青空色の…お父さんみたいな人……」  震えながら当時と同じように答える茜を肩で抱き寄せ、感情の乗らない青空色の瞳と薄黄色の瞳が交差する。 「何が言いたい」 「別に?ただ、ボクが『快晴殿の方が国主に向いてる』って言ってたのはなんの情報もなく言ってた訳じゃ無いって事」 「お前…あの時にはもう知ってたのか。快晴が」 「知ってたよ。君達の御祭神様が術士の始祖であり、君達日輪が王族の正統継承者で、快晴殿は始祖の生まれ変わりであるって事」 「っ…!!これが世に知れ渡ったら!!」 「ま、主上は引きずり下ろされるだろうし、茜ちゃんは次の国王、快晴殿は現人神…それは今と変わんないか」  表情一つ変えずに淡々と喋る紫苑に対し、朔夜の表情が怒りに染まる。 「巫山戯んな!!紫苑手前そんなこと!!」  咄嗟に手を挙げんばかりの朔夜と抵抗を見せない紫苑の間に、ピシャリと声が通る。 「朔夜」 「っ、快晴!!」 「落ち着け。第一、その為に今見せたんだろ、紫苑」  静かに紫苑に視線を送ると軽く肩竦めてみせた。 「…いやー、ボクが如何に信用ないかよくわかったよ」 「っ、紫苑、」 「紫苑様、言い方がお悪う御座います」 「えぇ〜、普通わかるでしょ〜なんの為に君らにみせたと思ってるのさ。第一ボクらは宮仕え。主上を守ってあげないといけないんだから、利害関係は一致してるでしょ?」 「っ、」  ぐっと一度息を詰まらせ、静かに座り直す。 「…悪い、熱くなりすぎた」 「いーよ、ボクも危機感を煽る言い方したし。言っても根拠はこの一冊。けどそうなればいいと望む者の手に落ちればさっきの話は実現しかねない。だから、君達が誰よりこの事実を承知しておくべきだ。快晴殿を、本物の神様にしたくなかったらね」 「…分かった」 「いつも私達の事考えてくれてありがとう、紫苑さん」  柔らかく感謝の笑みを浮かべる茜の目線に幾分頬を赤らめ、ぷいっとそっぽ向く。 「別に!ボクはボンクラ主でも守ってあげないといけないだけだから!君達の為って訳でもないから!」  勘違いしないでよね!とぷんすこ赤い頬を膨らませていると周囲がしーん、と静かに視線が集まった。 「な、なに?!文句があるならはっきりいいなよ!!」 「いやー、まぁ」 「紫苑さんって結構古典的ですね」 「何がさ!!!」 「ね、紫苑様ってとっても可愛らしいお方なんです」 「そうか。そうだな」 「金鳳は紫苑を全肯定しすぎ。快晴は受け入れるな」  はぁ、とひとつため息をつき。 「伝記の続き、読まねぇのか」  一頁しか開かれていない伝記を指さした。 ―これは原文を解読し、歴史を紐解き理解しやすく書き直した翻訳文になります。本文との齟齬の可能性が……  筆頭翻訳者:三賢者筆頭長老 菫。以下翻訳者一覧…    これは、今よりもずっと日の光が弱かった頃…。  植物は小さく、収穫は少なく、動物達は体が小さく在りました。しかしそれでも水は清く、森は広大で自然に溢れるその国は、細々と栄えていたと言います。  砂地の多い隣国は彼の国を羨望と欲望を込めて、神の住まう国、『神国』と呼ぶようになりました。  そんな折、一人の姫君の噂が国中に知れ渡りました。  溢れんばかりの英智と不思議な力を持つ絶世の美女。艶やかな長い黒髪と黒曜石のような瞳を持つ姫君は、「輝く夜の君」と呼ばれ、この国の頂点である国主と目出度く結ばれました。  武芸に優れた「剣聖」の国主と、未知の力を持つ夜の君。これから二人力を合わせ、国は更に発展すると誰もがそう思いました。  しかし、ある日突然姫は消えてしまいました。  姫は月の神であったのだそうです。  月に帰ってしまった姫を想い、国主は嘆き続けました。そして姫の消えた満月の、次の満月の夜、姫の生まれた竹林から暖かい赤色の光を放つ竹が現れました。  姫を取り上げた翁が再び竹を切ると、中には赤子の男児が泣いておりました。  男児の髪は国主と同じ赤色。瞳は国主より濃い、まるで青空のような美しい瞳で御座いました。  まだ子のいない国主はこの子の幼名を太陽と名付け、姫の形見であり次期国主として大切に育てたそうです。  序章 完。 「なんで幼名なんでしょうか?」  ふう、と湯呑みを両手で持ちながら首を傾げた。 「あーそれはね、国主、主上は名前を持っちゃいけないことになってるの」 「なんでです?」  さらに首を傾げる薄明に軽く苦笑いで返す。 「さぁ?でもこれだけ前からならまじないとかかもね。名には魂が宿る。なら魂を取られない為に名を持たない。とかね」 「なるほど」 「その代わり親しい人用に愛称があって、これが幼名。愛称程度の名前だけどね。主上はスイって言ってたでしょ」 「そういえばそうだったな」 「主上の幼名は水。水って意味。瞳の色からかな」 「詳しいな」 「聞いちゃったからねー」 「き、気安い方なんだね…」 (水、スイ…翠…水と翠、読みは一緒なんですね…) 「金鳳?」 「はっ、はい!」 「大丈夫か。辛くはないか?」 「はい、大丈夫です」  嬉しげに笑みで返す様子にほっと胸を撫で下ろした。 「そうか」 「それじゃ、続きいくよ…覚悟してね」 「へ?」  かさり、一枚頁を捲った。  太陽様は皆の愛を一身にうけ、元服と共に国主へとお成りになりました。  先王様はご存命でありながらの即位は異例ではありましたが、母君譲りの不思議な力と父君の指導を受けた剣術により、最強の名を轟かせていた太陽様の早期即位に異を唱えるものは誰もいません。  即位とともに主上の妻となりたい娘達が城へ詰め掛けました。主上は一定の水準を満たした娘を皆側室に迎え、皆平等に公平に愛していきました。  しかし、主上は側室は迎え入れても正室を定めることは生涯なかったといいます。主上は恋慕の心を持たない、完璧な博愛主義者でありました。  主上の子は多く、力を持つもの、持たないもの様々ではありました。ですが主上の嫡子は強い力を持った男女の双子で、上が男児で下が女児、名を日輪と月夜と言いました。 「待った待った待った!!」 「なにさ朔夜君」  机を叩き話を止める朔夜に素知らぬ顔でお茶を啜った。 「日輪と月夜って、」 「そ、君らの御先祖様は双子の兄弟、君たち月夜の一族は分家なんかじゃなく同じ血筋だった、てことだね」 「嘘だろ…」 「最初に読んだボクの衝撃を察して欲しいね」 「お父さんは、知ってた?」 「いや……ただ、不思議だとは思ってた。日輪と月夜の力は互角だ。しかも日輪が守、月夜が攻とはっきりわかれている……一体何が本家で分家なんだ、とな」 「確かに!言われてみるとそうですね。分家ならもっと、何か劣るとか違うとかありそうなものです」  にやり、紫苑が口だけ笑みを浮かべた。 「続き、みて」  日輪と月夜は双子でしたが容姿は全く似ていませんでした。日輪は父君譲りの赤い髪と深紅の瞳、月夜は夜の君を思わせる黒髪と黒い瞳でした。日輪は男児なれど気弱で優しく守の力に優れ、月夜は女児なれど気が強く攻の力に優れていました。二人は双児というより二人で一人のように互いを補い合い、愛し合っておりました。 「てこと。君達が正しく血筋を守ってきた結果、君達日輪と月夜は二人で一人、支え合う日月であり続けたってなんじゃない?」 「っ…」  ぐうの音も出ない快晴が俯いて押し黙った。 「対等な二家を何故上下に分けてしまったんだ……」 「日輪は嫡子嫡男として王位を継いだのだろう。なら王位を継ぐ日輪の一族に、攻の力を持つ月夜への対抗心が生まれても無理は無い」 「正しく血筋…守れてないかも…日輪様と月夜様はきっと朔と盈ちゃんみたいに、対等に支え合う関係だったんだろうに…」 「権力問題はどこだって生まれるものだよ」 「仕方ないのかもしれませんが、悲しい話ですね…」  朔夜がふと、紫苑の持つ本を見る。 「なぁそれ、どこで出てきたんだ?」 「えっ?王都近くの遺跡だよ。王都守護結界の歴史と再編を目指す学者達が掘り起こしたんだ」 「朔夜様、それがなにか…?」 「だって、おかしくはないか?これってつまり当時の王都は太陽の村だったんだろ。どうしてその仔細を綴った書物が王都から出てくるんだ」  朔夜の眼差しにすっと目を伏せ、本を見落とした。 「……懺悔、だそうだ」 「懺悔?」 「そう。これを書いたのはここに王都を遷都した貴族の一人。彼らは災厄に見舞われる元の王都を見捨て、ここに新しい都を築いた。安全な壁まで作ってね」  ぺらぺらと頁をめくり、最後の方の挿絵を見せる。  今の王都によく似た、高くそびえ立つ石塀。 「その結果、王様は王都を守りきって力尽き、双子の嫡子は国を守ることに専念し、王都が移ったことに頓着しなかったそうだ」 「そんな、太陽様が可哀想……」 「新しい王都に国主として立ったのは主上の末娘。殆ど力を持たない幼い少女だったらしい。勿論、本人の意思じゃないだろうね」 「名目だけでも王家の血をひいている必要があったのか」 「そう。そうやって権力者の力で作られたのがこの安全な王都。筆者は全てが終わった後この地で、嘗ての大王への感謝と懺悔を込めて彼の一生を讃え記す伝記を書いたそうだ」 「そんなの…そんなの!」  ぎゅっと緋袴を握りしめた。 「気持ちはわかるよ。そんなの王様にとってはなんの意味も無いかもしれない。けど、ボクらにとっては強い意味がある。そうでしょ」 「……そうですね」  ふと表情を和らげ本を閉じる。 「ま、今日はこの辺にしよっか。ボクが伝えたかったのはこういう本がある、ってことだし」 「そうだな」 「私もなんだかどっと疲れました〜」 「そうだね。ご飯でも行こっか」 「さんせ〜。街のほう行こうよ」 「たまにはお外もいいですねぇ」  立ち上がり各々気を緩める中、青い瞳だけ暫く古びた本から目を離せなかった。 ―天界、太陽。    それはある晴れた日。  縁側に座り金の煙管から煙をくゆらせていると、とてとてと幼い足音が聞こえた。 「ひっく、ぐずっ、とぉさまぁ…」 「やぁ日輪。また月夜と喧嘩して蹴飛ばされたんだって?」 「うぐっ」  うるうると雫が落ちんばかりな深紅の瞳がこちらを見つめた。 「とぉさまぁ、ぼくは父様のような立派な王様になれるでしょうか…月夜の方が強いし頭いいしなよなよしてないし……」 「君には立派な治癒術と防御術があるじゃないか」 「でも父様には遠く及ばないし…」 「それは私と比べる方が間違えているねぇ」 「はうっ」  ぽんぽん、とつんつんに跳ねた赤い髪を撫で付ける。 「焦ることは無いさ。一つずつ、だよ。大丈夫、君は私の息子なんだ。すぐに大きくなるよ。胸を張りなさい」 「は、はい!ありがとうございます、父様!」  嬉しげに微笑むまろい頬を愛おしげにするりと撫ぜた。 「あの子は昔、私というより日輪そっくりだったんだけれどねぇ」 「太陽様?」  不思議そうに小首を傾げる青みがかった月色の髪をぽんぽん、と叩いた。 「なんでもないよ。少し、昔を思い出していただけさ」  雲の切れ間に映る、我が写し身を見やる。 「(わたし)達の出番は、もう少し先かなぁ」 「そうですね」  雲間の友に思いを馳せた。  ――本当に強くなりましたね。私は貴方を誇りに思います。
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