二章:主上のお茶会

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『十五話:主上のお茶会』 ー王城内 茶室。  以前と同じ部屋でありながら、座布団の枚数が一枚多く、席順も異なっていた。  コの字型に配置された座布団と左右端は茜と薄明。  上座から真正面の場所に朔夜、金鳳、紫苑、快晴。 「金鳳、大丈夫?」  緊張した面持ちで既に軽く頭を下げる様子にそっと手を添える。 「無理ならいつでも言ってよ。ボクが主上をたたき出すから」 「逆だろ…不敬罪で首が落ちるぞ」 「あは、主上がボクを不敬罪に出来るわけないじゃん。ボクみっつの頃から主上で遊んでるのに」 「主上で、遊ぶな」 「ご苦労が伺えるな……」  ため息をつきつつも、緩んだ空気に少し表情を和らげた。 「ふふ…では私は紫苑様が不敬罪にならないように気をつけますね」 「えー?大丈夫だって」 「金鳳、紫苑は放っておけ。一度しっかり叱られて反省すべきだ」 「朔夜はすっかり紫苑の保護者だな」 「な、快晴!」 「なにそれ!ボクの方が年上だし!」 「それは苦しい言い訳では?」 「薄明ちゃんはボク嫌いすぎない?!」 「別に嫌いというわけではありませんが」 「初対面が悪かったよねぇ。見てた見てた。私も気持ちはわかるよー」 「茜ちゃんまで、」  シャン、シャン、シャン。  突如、空気を入れ替えるような鈴の音が響いた。  下にー、下にー。  間延びした人の声に一同が上座へと礼をとる。  布の擦れる音ともに御簾の向こう側に人の気配が鎮座し、そのまま静かに御簾が上がった。  前回同様、頭を垂れる客人をぐるりと見渡す。 「良い。面をあげよ」  流れるようにを礼を解く。  声の主に従い、衣擦れの音と共に皆が一様に顔をあげる。 「ぬ、」  一人を覗いて。 「……っ、」  平伏の姿勢のまま、顔をあげられず僅かに震える金鳳に、上座の主が目を向けた。  心がこちらを向いた恐怖にきゅっと身を固くする。 「金鳳、余が面をあげよと告げたのだ。面をあげぬか」 「はっ、ひっ、」  萎縮し身を震わせる金鳳に素早く紫苑が噛み付いた。 「ちょっと主上!金鳳怖がってるじゃん!主上のそういうとこホント何とかしてよね!!」 「な、なにかまずかったか?」 「何もかもまずいよ!!」 「金鳳、さっきも言ったが無理するな。一旦部屋をでようか」 「だっ、だいじょうぶ、です」  震えの止まらない金鳳の背中を摩った。  好転しない状況に紙の向こう側で目線をさ迷わせ、助けを求める相手を見つける。 「快晴、」 「はい、なんでしょう」  いつもと変わりない返答に軽く胸を撫で下ろす。 「余は…余はどうすればよい、と思う?」  時折紫苑の顔を伺いつつ、思案しながら言葉を紡いだ。 「そうですね……今、主上が思っていることを、そのまま口に出してみては如何でしょう?」 「そのまま?」 「はい。ここには我々しかおりません。取り繕う必要も周囲を警戒する必要もありません。主上の言葉で、金鳳と話してみてください」 「…なるほど」  ふむ、と言葉を飲み込み、快晴の優しげな笑みをみて小さく震える金鳳に目を向けた。 「金鳳、」 「っ!」  名を呼ばれびくりと震える金鳳を見ながら、尚も言葉を紡ぐ。 「すまなかった」 「……えっ?」  予想外の言葉で心底驚いたように軽く顔をあげる。 「怯えさせて、すまなかった。そんなつもりはなかった。よく紫苑に無意識に相手を威圧していると叱られるのだが、余のせいで、怖い重いをさせたのなら、申し訳ない」 「そ、そんな、主上のせいじゃ、あの、私、私はだって、」  顔をあげ、必死になにか弁明をしようとする金鳳に、金鳳の黄緑色の瞳に笑みを浮かべる。 「余はただ、主と話がしたかっただけなのだ、金鳳」  表情を隠す紙の向こう側に柔らかい笑顔を捉え、ぽろりとこぼれ落ちるように呟いた。 「でも、だって…主上も、私を憎んでいるのではありませんか?」  一瞬でしんと静まり返る室内に、優しく、しかしはっきりとした声が落ちる。 「何故、そう思う」 「だって、だって!主上は私を見る時いつもこの緑の瞳を見ておられます!私越しにお母様を見ておられるのではありませんか?主上もまた、お母様を愛しておられるのでしょう?!主上もっ、お母様を殺した私を憎んでおられるのでしょう?!!」  止まらなくなった勢いそのまま、涙ながらに白紙を見上げた。 「…余は主を憎んでなどおらんよ」 「嘘ですっ!主上はお母様をっ、いつだって、いつだっていつだってお母様が一番でっ!!」 「金鳳、」  皆空気に徹していた中で、見かねた紫苑が優しく背中を摩る。背をさすりながら、しかし目線は主に先を促していた。 「確かに…余は翠姫を愛していた。家族として、友として……便りが無いのが良き便りなど放置せずに、もっと連絡を取っていればと…そう思わずには居られないほどに、余は翠を愛していた」 「ならっ!」 「だがな、それは主の罪ではない。余の罪だ」 「……えっ?」 「紫苑……余は、何を間違えた?」 心底理解できず困惑を隠せない金鳳に、困ったように紫苑に目線で助け舟を求める。 「全部。ていうか一番は遅すぎ」  助けを求めることなど許さないとばかりに一刀両断し、目線を向けた快晴には笑みで返され、朔夜は静かに瞑目した。  ひりつく女性陣の目線に軽く目を閉じ、立ち上がって金鳳の前に座りこんだ。 「金鳳、余の心を読んでくれ」 「えっ?!でも、そんなこと、」 「一番表層だけでいい。頼む。それとも、命じた方が気が楽か?」  さっと紫苑を見、強く頷かれて意を決したように目前の貴人に向き合う。 「いいえ、承知致しました……失礼します」  ぐっと力を込めて胸元を覗く。 「な」  聞こえてきた声に言葉を失った。 ―金鳳、翠が死んだのはお前のせいではない。お前はただ、生まれてきただけなのだ。そして、主が産まれてくるのを誰より心待ちにしていたのは、翠自身なのだ。  翠から届いた最期の手紙は第二子の懐妊報告であった。翠はこう書いていた「赤ちゃんが産まれたらスイちゃんに見せに行ってあげるね」と。余は……余は待っていた。もっと早く、何かあったのかと言うべきだった。余は翠の約束を信じ、お前に会えるのを心待ちにしていたのだ。 「そんな、そんな……お母様が…私を?」 「然り。言葉で言ったのではお主は信じられなかったであろう。翠は、主を愛していた。余は、翠の忘れ形見に会いたかったのではない、翠が愛した約束の第二子、金鳳、お前に会いたかったのだ」  ぽろぽろと流れ落ちる雫が、瞳を橄欖石(かんらんせき)のように輝かせる。 「ふっ、うっ、ごめんなさっ、しゅじょっ、わた、私っ!!」 「よいよい。余の言葉が足りなかったのだ。ようやく、お前に会えたようだな。金鳳」  上等な着物が濡れるのも構わず、金鳳が落ち着くまでぎゅっと抱き締め続けた。 「申し訳ありません……貴重なお茶会の時間を私のせいで…」  いつものようにぺこぺこ頭を下げる様子にふわりと空気が柔らかくなる。 「気にするな。元から今日はお前が主賓だ」 「えぇ…ですが、」 「お菓子も頂いておりますので!はむ!」 「薄明ちゃんはお菓子飲み込んでから喋ろうね〜」 「でっですが、」 「いーのいーの、主上が悪いんだから!なんだかんだ向き合うのが怖くて後回しにしてたのが悪いんだよ!」 「そう、なのですか?」  きょとんと上座に戻った主上を見る。 「主上も、怖かった、ですか?」 「……う、うむ。距離をとられるのも一線引かれるのも、まぁ仕方ないとはいえ……怖いな」 「そう、ですか…主上も……」 「主上も、金鳳も、良かったな」  いまだぎこちない二人に緩く笑みを浮かべた。 「うむ」 「はい!」  いつもの柔らかい笑みに花を飛ばす。 「快晴、お主もまた遊びに来てくれ。朔夜達も。余は友が少ない。こうして近しく話ができる茶会が好きだ。然し来てくれる者は少ない。どうか頼めぬか?」 「えぇ勿論。今度はもっとゆっくり」 同じように頷く朔夜達を見、再び金鳳へ目を向ける。 「金鳳、主もまた茶会に付き合ってくれぬか?紫苑は面倒だとあまり構ってくれぬのだ」 「そんな暇あれば研究したいもん」 「お前なぁ…」 「今度は翠の昔話でもしよう。主と余が翠の話をする時、きっとそこに翠は居る」 「お母様のお話…はい。是非聞かせて下さい」 「うむ。今までは一方的に余が押し付けておったが、これからは困ったことがあればいつでも言うておくれ。主は余の従弟、血の繋がった家族に違いは無いのだからな」 「っはい!!ありがとう、ございます!!」 「うむ…別れの言葉はやめておこう。また次の茶会で」  シャン、シャン、  始まりより爽やかな鈴の音が響いた。 「もう少しいればいいのに」 ―術士団入口広場  来た時と同じ場所に同じように向かい合った。 「随分長居したからな。あまり留守にすると盈月に負担がかかる」 「そっかー。盈月君にも会ってみたいなぁ。薄明ちゃんのカレシなんでしょ〜?」 「なっ、なっ、なあああああ!!!!」  にやついた紫苑の一声でぼしゅっと真っ赤に染まる。 「ななななんなんななんで!!!」 「凄い動揺するじゃん。ボクを誰だと思ってんの〜?団長のボクには国中どうでもいいの以外全部届くよ」 「人の色恋沙汰はどうでもよくないのか」 「こういう時使えるじゃん」 「遠からんものは音に聞け……」 「落ち着け落ち着け落ち着け!!お前結構攻撃系だよな?!」 「私は薄明ちゃんがなんでそんなに恥ずかしいのかわかんなーい」 「あまり強い否定は盈月を傷つけるぞ」 「はうっ」 「まぁまぁ紫苑様も。せっかくお作りになったのに渡せずじまいでいいんですか?」 「…むぅ〜」 「薄明ちゃんに渡すものって事?」 「へ?」  照れ隠しのようにダボダボの白衣で頭をかき、袖口から手のひら程の箱を手渡す。薄明の魔術書と同じ色の箱を開けると首下げ紐のついた手のひら程の豆本が入っている。 「これは?」 「紫苑様」  金鳳に催促され、そっぽを向きつつ口を開く。 「薄明ちゃんの本、大きいし薄明ちゃんの体にあってないし、それが原因で捕まったこともあったんでしょ?非効率的だなーってずっと思ってたから、作った」 「作った?!」 「どうやって使うんだこれ」 「豆本の方を握って、魔術書を想像して」  目をつぶり、ぎゅっと本を握って背中の魔術書を頭に描く。 「……あっ!!」  すると魔術書が紐ごと吸い込まれ、豆本へと収まった。 「すっすごい!!中に入っちゃいました!!」 「刻印術式の一種だよ。逆に魔術書も出せるし、豆本のまま召喚もできる。最悪豆本が汚れたり壊れたりしても中の術書は無傷で出てくるから万一の身代わりとしても使えるよ。ま、いつも薄明ちゃんがやってる事と同じだからすぐ慣れると思う」 「こ、これ、でもすごいものなんじゃ…」 「凄いものだ」 「五行では難しいだろうな」 「紫苑さんじゃないとできないだろうなぁ」 「私達近衛術士団は、適材適所ですから」 「お、お金とか……」 「いーよ別に。ボクが作りたくて作っただけだし」 「本物に?ほんとーにいいんですか?」 「うん、いいよ。薄明ちゃんにあげる」  へにゃ、と緩く笑う紫苑にぴょこんとアホ毛を立たせ笑顔で返礼する。 「ありがとうございます!今度必ず!何処かでお礼させて下さい!」 「楽しみにしてるよ」  時間とばかりにそっと二人が本部側へ足を引く。 「世話になったな」 「火憐ちゃん達によろしくね」 「豆本大事にします!!」 「紫苑、金鳳、またな」  快晴の言葉に二人が軽く顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべる。 「こちらこそ、大変お世話になりました」 「ふふっ!まったねー!!」  ぽとりと落とした種が芽吹き花開いて視界を黒く覆う。眩しさに目を開けた時には、そこは歩き慣れた土の大地だった。   「紫苑様、また……」 「いーじゃん!すぐにわかるって!!」  にっしっし、悪戯っぽく白衣で口元を隠した。  ――おかえりなさい。楽しかったっすか?
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