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『十七話:前科』
十七話:前科
日が落ちゆき、外が赤く染る頃。
終業を迎え食堂へ向かっていると、使いに呼び出され社殿奥の居住区に足を踏み入れた。
「快晴様、お呼びでしょうか」
「曙、呼び出して済まないな。今晩うちに泊まっていかないか?」
「えっ?」
「最近来てなかっただろ。朝日達ももうお前達が来ると思って夕飯の準備をしてるんだ。構わないよな」
「いや、その、俺は、」
朝の少女に自分の罪が映し出されるようで己の影を見る。
「そう言うな、いいじゃないか。強いて言えば、俺はお前の家族と言えないこともないだろ?」
「っ!」
―俺に家族は居ない。強いて言えば身元引受人の快晴様だけだ。
「…そーいや、そっすね」
「あぁ」
俯き気恥しげに笑みを浮かべる。
「それに玉兎も一緒だ。いいな、玉兎」
「はい!喜んで!!」
後ろで嬉しそうに敬礼する親友に目を見開いた。
「な、玉兎!?お前いつから!」
「最初からいたぞ。最近お前よく忍ぶようになったな」
「隠密術士目指して練習中です!」
「ま、前よりはマシか…いくぞ、二人とも」
「はい、快晴様」
「はい!やったぁ!暁さんのご飯だぁ!!」
「お前はいーなぁ」
快晴に優しく肩を抱かれ、諦めたように食卓へ向かった。
「あれもこれもめっちゃ美味しいです!!」
「はいはい…全く、はい、おかわり」
「ありがとうございます!」
「曙君も食べてね?」
「はい、頂いてます。おいしいっす」
「良かった〜食べ盛りが増えて作りがいがあるわ〜〜」
「俺らもうそんな歳じゃないっすよ」
「術士は一般人と老化の速度も違うって言うし、まだまだ食べ盛りだよ。お爺ちゃん達も元気だったし」
「確かにそっすね……」
いつも通りの様子にそっと胸を撫で下ろす。
(大丈夫そうだな。変に思い詰めてたらまずいと思ったが…玉兎がいるのに心配しすぎたか)
「快晴様?」
「いや、なんでもない……朔夜?」
ぴたりと動きを止めた一人に目をやるも、ゆっくり瞬きする仕草に合点が行く。
そっと眼帯を外し、食い入るように目の前の膳を眺めた。
「今日いつもよりおかずおおい。おれもくう」
「お早う蒼星」
声をかけられるとぱっと顔をあげ、皆に向かってへにゃりと片目の青色を細める。
「おはよぉ、みんなぁ」
穏やかな様子に笑みを浮かべ、口々に寝起きの挨拶を交わした。
「お早うございます、蒼星様。お久しぶりっすね、覚えてます?」
「あけぼの!忘れないもん。久しぶりー」
「蒼星様俺は?!」
「ぎ、ぎょくとー」
「言いにくくてすいません!」
「いーよー」
ぷす、と箸でおかずを刺し口に運ぶ。
「んまい。朔夜んまいー」
「ふふ、朔夜も良かったって。最近は結構ご飯の時間とか、呼んだら起きてくれてね。今日は二人が来るよってさっき朔夜が話してたんだ。…少しは、元気になってくれたのかな」
「だといいな」
「そっすね」
ぷす、と再び箸で刺す。
「……箸の使い方もそろそろだな」
「あーじゃあ蒼星様、これ、お箸の持ち方、見えます?」
「んーとおい」
「…お隣失礼します」
そそくさと隣に座り、ぱちぱちと箸を動かす。
「見えます?ほら……蒼星様?」
箸の向こう側、曙をじっと見つめた。
「蒼星?どうした?」
「あけぼの……なんか、におう」
「えっっ!!汗臭いっすか?!?すいません!!!」
勢いよくばっと全員から距離をとる。
「そんな感じはしないけど…」
「帰ってきてから汗流したじゃん。大丈夫だって」
「いや、でも、」
「蒼星?どうしたの?」
じっと考え込み、ゆっくり口を開く。
「なんか……懐かしいような……わかんない。気のせいかも」
「蒼星様?」
「曙が臭うって訳じゃないみたいだな。本人もよくわかってないようだから許してやってくれ」
「ん、ごめん」
「いや全然!あの、お箸の持ち方、みます?」
「みる」
「それじゃあ、」
ぱちぱちと動く箸を凝視する。
一生懸命真似て動かす拙い手元と、よく笑うようになった蒼星の姿を全員で穏やかに見守った。
夜。
日頃の、権禰宜宿舎の煎餅布団とは比べ物にならないふわふわな客間布団に身を委ねる。
ここが自分にとって、守られた場所であるという安心感のお陰か、一度も目を覚ます事無く朝まで眠りについた。
パチパチ……ゴウッ!
特有の軽い破裂音と共に一気に建物が炎に飲まれる。
通常よりも赤い炎が木造の倉庫をあっという間に包み、家屋を焼き払ってゆく。
家一軒分潰れる轟音と共に、当たりが白い灰に包まれる。
足元には炭化した蛙と、半分焼け焦げた赤札がこれみよがしに残されていた。
早朝。
手早く着替え、いつも通り箒を持って社頭周辺の掃き掃除へ向かう。
手早く掃いていると、いつもとは異なる周囲からの目線に気づいた。
(なんだ?別に珍しくもないだろ)
聞かれていないと思っている彼らの話に意識を向ける。
―ねぇきいた?丸焦げだって。
―悪趣味……なんで平然としてられるんだろ。
―捕まらないからでしょ。
―死刑囚の癖に。いいよね、だって彼……
(っっっ!!!)
その先の言葉に目を見開き身を乗り出すも、後ろ手の手首を強く捕まれた。
パシッ!
「なん!」
「曙!ちょっと落ち着きなさい。目、開いてるわよ」
「っ!」
ー曙は自分の力を制御しきれない。
日頃は加護の力で抑えているが、心が昂ると瞳を見開いて暴走する。逆に目を見開いても、心が昂り暴走しやすい。
「この状況で暴走とか勘弁してよね。わかるでしょ」
「……すんません」
目を伏せ深く頭をさげる。
「分かればよろしい。行くわよ」
「はい」
手首を引かれたまま社殿奥へと足を進めた。
―宮司執務室。
一同が揃う中、中央に座る盈月が書類を読み上げる。
「昨晩遅く、備蓄用の資材倉庫が放火された。中身も丸ごと全焼。被害者はなし。発火地点と思しき場所に炭化した蛙と焦げた赤札が一枚残されていた。……事件内容から最有力容疑者に曙君、君が上がっている」
「俺じゃありません!!!」
「わかってる。第一、昨日はうちに泊まったろ。夜中に怪しい動きをすりゃぁ俺達が気付く」
「そ、そっか…ありがとうございます」
座したまま深く頭をあげ、幾分顔色の戻った曙を見ながら表情を固くした。
「問題はそれが理解出来ない奴が殆どと言うことだ。夜中俺達が気付くことだけじゃない。今回の放火は明らかに曙のやり口とは異なっている」
「曙君はあっちこっち燃やしたけど重要な貯蔵庫とか、魔王被害を受けた月夜の物は一個も焼いてないし、影響が個人に留まるものに絞っていたし…ちゃんと機密情報室に忍び込んで調べて、選んで燃やしてたから不法侵入の罪もあったのよね」
「何より曙が赤札を使ったなら死骸や札が残るわけないじゃない!全部丸ごともれなく灰になってるわよ!」
「そう。曙は衝動型無差別放火魔じゃない。計画的犯行だから死刑まで行ったんだ。放火魔ならこんな杜撰な犯行はしない」
「うっ、うっす…よくご存知で……」
「お前の連続放火魔事件を捜査したのは誰だと思ってる」
「そ、そっすよね…」
「良かったじゃん曙、皆様お前じゃないってわかってくれて」
「そ…そうだな……」
一言ごとに小さくなっていく元放火魔に、配慮することなく話は進む。
「だが、奴らにこれは通じないだろうな」
「未成年ってことで公表してないことの方が多いしね。でも急いで手を打たないと曙が放火魔にされちゃいそうだ。……ねぇ、噂の広がりが早すぎると思わない?事件が起きたのは昨日の夜なのにもう社殿内に話が広がってるなんて、おかしいよ。これって、」
「曙を犯人にしようとしてる奴らがいる。だろ」
「うん。そうだと思う」
ふむ、とひとつ頷き全員を見回す。
「午後一番に一同を集めて声明を出そう。俺と盈月と朔夜で声をあげれば、表立って意義は唱えられない」
「だな」
「そうだね」
「それと後でもう一度言うが、曙、お前に犯人探しはさせない。というか当分内勤だ。報復は考えるなよ、いいな」
「……わかり、ました…」
胸の内を押し殺してぐっと頭を畳に押付けた。
―午後、大広間。
攻撃系から支援系まで、下部班長ら社殿を守る権禰宜達が所狭しと並んだ。
「あ、」
ザワつく室内に、最前列左右から二人ずつ入室する。
左方、加護の巫女茜と補佐役朝日。
右方、守護の禰宜暁と攻撃系権禰宜筆頭曙。
曙へ一斉に視線が集まるが、すぐさま中央に月夜の祭主朔夜、宮司盈月、大宮司快晴が並んだ。
中央、盈月が口を開く。
「皆さん、急に集めてすいません。理由はお分かりかと思いますが、昨夜起こった放火事件についてです」
一斉に視線が曙にいき、暁が眼光鋭く睨み返す。
「先に言っておくが犯人は曙ではない。曙は昨晩うちに泊まっているから不在証明になる。外出すればすぐに気付くからな。万一俺が耄碌して気付かなかった、なんて言いてぇ奴は今すぐ前に出ろ」
「だいたい、攻撃系でヒソヒソほざいてるボンクラ共!!あんた達だって曙がどれだけ努力してきたか見てきたでしょう!一個放火事件があっただけで全部曙のせいなんて、ちょっと薄情なんじゃないの」
高圧的な二人に様子に皆が目を背け、下を向き、中には頷く者もいた。
こほん、とひとつため息をつく。
「犯人は曙君ではありません。今彼を拘束しても事件は止まらない。とはいえ本来荒事捜査は攻撃系の仕事。今曙君が捜査するのは障りがあるでしょう。ですので今回は支援系と朔夜、薄明さんにお願いします」
「な、支援系が荒事を?!」
「支援系には危険です!彼らには回復という、」
シャン!
背筋を伸ばした拍子に澄んだ鈴の音が響く。
茜が意義を立てた権禰宜達目へと静かに目を向けた。
「支援系だからって戦えない者ばかりじゃない。それに防御術なら炎を遮断できる。私達支援系の力で曙の濡れ衣を晴らしてみせるよ」
穏やかに笑みを浮かべる隣で軽いため息が落ちた。
「…お前達俺の事を忘れてないか。前回の放火魔事件を片付けたのも俺だ。攻撃系である必要はどこにも無い。お前達は案ずることなく通常業務を続けろ」
「お手伝いはおまかせください!」
「と、言うことで今回の一件は彼らにお任せします。他に我こそは朔夜や茜ちゃんより正しく捜査できると手をあげられる人はいますか?」
先程までとうってかわって室内が静まり返る。
「それではそのように。これにて終了と致します」
上座の人々が帰るとザワザワと権禰宜達が小さく私語をしながら仕事へと戻っていく。
納得している者、意義を唱える者、従順に従う者。
様々な反応を見せる中、一部で固まってたむろする権禰宜達がぎり、と歯を噛み締めた。
「……ちゃん、薄明ちゃん…!」
「ん?」
議会から次の仕事へと戻る途中、どこかから小さな声がかかる。よく見ると少し離れた木の影に見覚えのある少女が立っていた。
「優杏さん!」
朔夜と目配せして別れ、ぱたぱたと軽い早歩きで近寄ると安心したように笑みを浮かべる。
「ご、ごめんなさい。今大丈夫だった?」
「大丈夫です!お師匠様とは心が通じあっておりますので!」
「そ、そう?」
「はい!」
先程目で「行ってこい」と後押しされたところだった。
(察しが良すぎです…!まぁでも次は放火事件の捜査本部でしたし、優杏さんと話しておくのはいいのかもですね)
「それで、なんの御用でしょうか?」
俯き話し始めない様子に助け舟を出す。
「あっ、あの、昨日宮司様にお叱りを受けて……それで考えてみたんです。私はあ、あの人とどうしたいのか」
「はい」
近場の木の長椅子に促し、横に座って話を聞く。
「私……やっぱりあの人がどんな人なのか、話がしてみたいです。話して、知って……出来れば、なか、よく、なりたい、です。きっと私の事、き、嫌いだとおもうけど、でも、」
俯きもごもごと自信なさげに口篭る。
そんな様子に柔らかく笑みを浮かべた。
「優杏さんは曙さんと兄妹になりたいんですね」
「……はい。両親と上手くいかないのは分かります。けど、私は、両親関係なく……あの人を兄と呼びたい。英雄伝を読んだからもあります。でも、英雄伝に書いてあるような人じゃなくても……その…」
「そっかぁ……うん。わかりました!私は応援しますよ!!」
「あっ、ありがとう、薄明ちゃん!」
「ですが、ただぶつかっていっても難しいと思いますよ。皆さん曙さんが大切であられますから」
「わかってます。だから、私、今話になってる放火事件について調べようと思ってます」
「放火事件を?!」
「はい。あれがあの人のせいだって、あちこちで噂になってて……両親も、話していて……だから、でも、きっとあの人じゃないって思うから」
「そうですね。そうですよね!私達も丁度捜査を始めるところなんです!優杏さんも是非協力してください!」
「はい。もちろんです。私なら警戒されずに話も聞けると思うし、その」
「はい!二人で曙さんの濡れ衣を果たしましょう!きっと自分のために尽力してくれたと知れば、曙さんも邪険にはしないはずですよ!」
「……う、うん。がんばる!」
ほわ、と緩く笑みを浮かべた。
――いい加減アンタが傷付いて傷付く私達の気持ちも考えなさいよ、この馬鹿野郎!!!
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