三章:連続放火魔事件

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『十八話:捜査』 ―禰宜執務室  仮眠室や給湯室も備えた部屋の中央に二つの机が並んでいる。  日頃空席があることが多い二席目が、今日も音を立てて引かれた。 「曙煩い」 「サーセンっす」  どかっと座り、少ない書類に手をつける。 「……放火魔、捕まらないっすね」 「…そうね」  書類から目をそらさず口だけで答えた。 「毎日一件、すっかり連続放火魔になりましたね」 「曙と違って計画性がないから放火場所の予測が立てられない。攻撃系に見張らせても見つからない。朔兄が実力行使しようとしてるのを茜姉が止めてるらしいわ」 「俺ん時は見張りを掻い潜ったけど、見つからないんじゃなぁ……けど暁さん、それってつまりこう言えません?」 「なに」 「攻撃系に見張らせても見つからない。それって、攻撃系に内通者、もしくは犯人がいるってことじゃないんすか」 「……」  黙々と書類を書き連ねる。 「だから、暁さんも動けねぇってことなんすよね」 「だから、アンタも許さないわよ」 顔をあげた暁と曙。鋭い眼光が交差する。 「彼奴らは俺が出てくるのを待ってる。俺がいけば、」 「それじゃ犯人達思惑どおりでしょうが!それがダメなの!!」 ぐっと歯を噛み、薄く青い瞳を晒す。 「奴らに計画性がないなら、誰かが傷付く前になんとかしねぇと!!」 「じゃあアンタが傷付いてもいいわけ!?」 「っ、それ、は、」 「それは?それは『別に構わない』、でしょ!!わかってるわよ!初動の動きから今のなりを潜めるやり方まで!アンタを引きずり出して死刑囚に戻したい、アンタに恨みや嫉みをもつ奴の仕業よ。だったら何?アンタが死ねば話が片付くって言いたい訳?巫山戯んじゃないわよ!!いい加減アンタが傷付いて傷付く私達の気持ちも考えなさいよ、この馬鹿野郎!!!」  バンッ!  勢いよく扉が閉められヒビが入る。  一言の反論もできず消えた後ろ姿に目を落とす。 「玉兎より俺の方がよっぽど馬鹿野郎か」  隣の机から残された書類の束を移動させる。 「……わかってんだけどなぁ」  意識を逸らすように書類へ向かった。 ―連続放火魔事件本部  ゴンッ 「内部に犯人がいるんだ、現行犯で抑えちまえばいいだろ」  苛立たしげに湯のみを机に置いた。 「そんなことしても絶対どっかから伝わってその日は出てこなくなるって」 「出てくるまでやればいい」 「んもー、そんなのほとぼりが冷めた頃に再熱するに決まってるでしょ!内側に敵がいるのが腹立たしいからって短絡的だよ、朔」 「っ…くそっ」 「はいお茶飲んで頭冷やして」  なみなみに注がれるお茶をぐいっと飲み込んだ。 「失礼しまーす。玉兎戻りましたー」  戸を開け軽く頭を下げて入室する。 「玉兎、手筈は?」 「頼んで来ました!大丈夫だそうです!」 「うん。ありがと」 「ん?なんの話だ」 「もう一回聞き込みしたいんだけどだいぶしちゃったから、怪しまれそうでさ。うっかりでも社殿内部に犯人がいるなんて村の人に勘づかれたくないじゃない?」 「まぁここに歴代住まう人間は猛者信者だからな…」 「そそ、私たち若造じゃ渡り合えないよ。でもお母さんには通常業務お願いしてるし、お父さんが出るのは障りがある……と、言うことで!」  にっこり綻ばんばかりの笑顔を向けた。 「聞き込み、外部に発注しました!!」 ―社殿下町外れ。 「覚え書きは持ってきましたか?優杏さん」 「はい!持ってきました!」 「ばっちりです!では私が聞き込みしますので内容の書き留めをお願いします!」 「はい!あ、それと、」 「どうしました?」 「薄明ちゃんの今日の着物、可愛いね」 「えへへ、ありがとうございます!本日はべーしっくはくめいと言うやつですね!」 「べーしっく?」 「お構いなく!参りましょう!」 「はい!」  目当ての家を見つけ、ちらりと裏を見る。  掃除されてなお白く染る地面と端に寄せられた瓦礫。 「やっぱり瓦礫が残ってる…曙さんならまるっと灰になってますよ。だから、」 「あの人、の、せいじゃない…!」 「はい!自信を持って参りましょう」 「はいっ」  トントン、と軽やかに木戸を叩く。 「ごめんください〜」 「はいはい……おやなんだい嬢ちゃん方」  しわがれた声の男性が腰を叩きながら戸を開けた。 「おじいさんこんにちは!実は私たち、今話題の放火魔事件を調べてるんです!」  にぱっと明るい笑顔に男性が眉を寄せる。 「遊びでそんなことしちゃいかん。君の家も燃やされるぞ」 「もう燃やされたんですっ!」  はうっ、と袖で口元を隠し目を伏せた。 「そ、そうか…君の家も……」 「はい。けど神職さんは何度もお話は聞きにくるけどなかなか捕まえてくれなくて……悔しくて私っ!」 「気持ちはよくわかるよ。中にお入り、知っていることは教えてあげよう。でもまだ君達は若いんだから危ないことはしちゃいけないよ?」 「ありがとうございます!全部調べ終わったら社殿に持っていって神職さんのお尻をぺしぺし叩くんです!」 「素晴らしい。君はきっと、将来亭主を尻に敷く才能があるね」  円満に家の中へ通され、優杏が後を追った。 (薄明ちゃん……すごい)  そのまま中でお菓子を貰いながら話を聞く。  最後惜しむように手を振る男性に二人で手を振り返し、一軒目を後にした。 「は、薄明ちゃんすごいね!!」 「お師匠様と旅をしていた時と比べればなんてことありません。大事なのはその時の自分を作ること、です」 「その時の自分?」  ぴっと立った人差し指に小首を傾げる。 「はい」 ―いいか、薄明。偽るんじゃない、その時用の自分を作るんだ。  まだ髪の長い包帯に覆われた朔夜が薄明の額に指差した。 ―棗の村に入るにはいつもの俺では駄目だった。だから棗の村に入りやすい俺を作って俺に上書きする。その瞬間から俺は「術士」ではなく「呪い師」になった。……わかるか? 「わかるような……わからないような……」 「あはは、私もすぐに分かったわけじゃないんです。でも、嘘をつくとボロが出る。だから自分ごと作り変える。今回は適度に真実を混ぜるのも有効でした」 「やっぱり……薄明ちゃんも英雄伝の一人なんだなぁ」 「じゃあ優杏さんは次の英雄伝に入りましょう!ささ!次です!」 「う、うん!!」  釣られて笑って後を追った。  それから一軒ずつ家を訪ね、話を聞いて回る。  全ての家を回り終わった時には既に村が夕焼けに照らされていた。 「ただいま戻りました〜〜」 「おかえり、薄明」  ぐったり座り込んだ薄明に上座から声がかかる。 「おい」 「ひゃいっ!」  襖の影に隠れておろおろする少女にも声をかけた。 「茶ぐらい飲んでいけ」 「……へっ?」 「おつかれさま優杏ちゃん。疲れたでしょ?ちょっとお茶でも飲んで休憩していきなよ」  目の前に湯のみや茶菓子を置いていく。 「あっ、ありがとう、ございます…」  しずしずと座り、ほっと一息湯呑みを傾けた。 「美味しい…」 「あはは、良かった良かった。薄明ちゃんもお疲れ様」 「はい!朔夜様の弟子ともあれば、聞き込みくらい余裕です!」 「流石、俺の一番弟子だな」 「はい!!」  そのまま薄明達の集めた資料に目をやる。 「……よし、やるか」 「うん。玉兎、手伝って」 「はいっ」  資料と地図を照らし合わせ、広げていく。 「やっぱり…瓦礫や炭化した生き物が残ってる。曙なら火力が足りてないの知らないんだね」 「彼奴がある意味で本気を出す暴走状態は普通の奴じゃ近付くことすら困難だ。放火魔事件の資料は盗み出せなかったんだろう」 「でもこう見ると、なんか、」  名簿一覧を指で流す。 「そうですね。確かに。ここまで増えると…全体的に月夜の縁者が多いように見えますね」 「……盈月へのあてつけか」  ぐっと朔夜の顔が曇る。 「盈ちゃんはしっかり宮司の仕事をやりこなしてるのに……」 「中には快晴が普段散歩ができる状態なのを見て、何故早期引退などしたのか攻める者もいる。それだけ快晴への信頼が厚かったのはわかる。盈月は俺と同じでまだ二十六だ。月夜、若造、そして因子零未満。不満が募る要因は山とある」 「実際問題盈月様は朔夜様と快晴様とお勤めを果たしています!これはただの卑劣な蛮行です!盈月様も曙様も何も悪くありません!」  立ち上がり手を握りしめる薄明に、二人が必然的に顔を上げた。 「そう、だな。やることはやってんだ、何を恥じる必要は無い」 「うんうん!そうだね!さっすが薄明ちゃん!」 「はい!流石と言えば薄明です!」  ぽむ、と薄い胸を叩く。 「しかしこれでだいぶ絞れたな。曙と盈月、またはこの新体制に不満を持っている者。快晴への信仰心が厚い者や自己顕示の強い者。これらに当てはまる攻撃系を探せ。玉兎!」 「はっ!」  本部がドタバタと動き始める中、所在なさげな少女がお饅頭をこくん、と飲み込んだ。  空の湯呑みを眺めていると上から「あっ!」という声がかかる。 「すいません優杏さん、放ったらかしにしてしまって」 「薄明ちゃん。ううん、大丈夫」 「薄明ちゃんこれ優杏ちゃんにお礼〜」 「はい!」  茜に綺麗な夕焼け色の手ぬぐいに包まれたお饅頭を渡され、再び笑顔でも戻ってくる。 「これ、今日のお礼だそうです」 「い、いいんですか?これ結構いいものじゃ…」 「神様からのおすそ分け品なんで早く食べないといけないんです。ね、お願いします」  ぱちこんと片目を閉じる薄明に自然と笑みがこぼれる。 「ふふ、わかりました。ありがとうございます。またね、薄明ちゃん」 「はい!また!」  縁側から下駄を下ろし、手を振りながら社殿を後にした。  ぽてぽてぽて。  手で大切そうにお饅頭を抱え、足取り重たく帰路につく。  (今日の事、お父さんとお母さんになんて言おう……)  ちらりとお饅頭を包んだ手ぬぐいに目をやる。  両親に言わないまま何処かへ出掛けるのは、実は初めてだった。  (私…どうしてあの人と仲良くなりたいなんて、思ったんだろう……)  最初は確かに、好奇心だった。  だって私は、お父さんとお母さんが大好きなんだもん。  大好きな優しい両親を変えてしまうような人がどんな人なのか気になって、ただそれだけだった。  でも。 ―それはちょっと都合が良すぎるんじゃないかな。  あの人の周りにはあの人を思う人がいっぱいいて、その人達も素敵な人ばかりで。私は……私は。  (本当の兄を、知りたくなってしまった)  背中しか見えなかった、兄の顔を。  (その為にお手伝いする。うん、間違ってない。私は私を偽ったりしてない)  ぽんと今日話した、ぴょこぴょこ動く新芽のようなあほ毛を思い出す。  (自分を作る!お父さんとお母さんが不安にならない自分を作る!えっと、えっと、嘘をつくんじゃなくて…そう!友達と!新しく出来た友達と遊んでたら遅くなったって言おう!)  きゅっと手ぬぐいを持ち上げ、笑みを浮かべながら軽い足取りで帰路へと急ぐ。  ぽんぽん、 「はい?」  軽く肩を叩かれ反射的に振り向いた。 「なぁアンタ?曙の妹って」 「えっ、」  ぽとん。  夕焼け色の手ぬぐいが地面に落ちた。  宵。  夜のしじまにしつこく戸を叩く音が響く。 「はいはい、なんの御用ですか、きゃ!!」  下働きの巫女が開けるやいなや、いきなり胸ぐらを握りしめた。 「なっ、なにするん、」 「今すぐ宮司様を出せぇっ!!!今すぐにだ!!」 「そういうことなら僕がいくよ」  気持ち湯気をあげる体に藍色の肩掛けを羽織った盈月が、シワの深い快晴に軽く答えた。 「いや、やつの言う宮司は俺だと思う。お前が言って余計熱を挙げられても困る」 「しかしなんでまたこんな夜更けに…今更放火魔事件の話でも聞いたのかな?」 「いや、優杏の話ではもう知ってるようだ。快晴、俺たちでせめて同席しよう」 「そうだね。お義父さんに手を挙げたら朔夜がたたき出せるしね」 「……やりかねねぇのがやなんだよなぁ」  濡れっぱなしの髪を片手でかき混ぜ、素早く乾かした。  応接間。  快晴を真ん中に据え両側に二人が座った部屋に茶髪の男性が通された。 男性はすぐさま目を剥き快晴に掴みかかろうとするも、先に朔夜に制され中途半端な体制のまま声を上げた。 「ぐ、宮司様!!このなさりようはあんまりではありませんか!!アレとは縁を切るようご認可頂いたのは貴方だと言うのに!!」 「待て待て待て、話が読めない。お前なんの話をしに来た?放火魔事件じゃないのか?」 「アレがこれ以上恥を晒そうがどうでもいい!あんなの最早我が家の人間ではありません!!」  盈月の笑みが深くなるのにも気付かず男性は言葉を続けた。 「問題は優杏です!うちの娘をあんな犯罪者と一緒にしないでください!」 「……優杏が放火魔事件に興味を持っているのが気に食わないのか」 「当たり前でしょう!娘と犯罪者が一緒にいていい訳がない!!」 「別に彼奴らが一緒にいるわけじゃ、」 「何でもいいから早く娘を帰してください!!」 「……は?」 「ですから!」 「何を勘違いしておいでか分かりませんけど、ここに優杏ちゃんはいませんよ」 「……へ?……こちらで遅くまで遊んでるのでは……?」  がばっ!  勢いよく快晴が立ち上がる。 「朔夜!」  瞬間朔夜の姿が風に消え、曙の客間に飛び移った。 「曙っ!!っくそ!居ない!」  ぎり、と歯を食いしばる。 「くっそ、やられたっ!!曙!!!」  ――今晩をもって、村を恐怖に陥れる連続放火魔は消える。
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