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『一話:団子屋事件簿・前編』
さらさらと書類に書き上げられる『朔夜』の文字。
「ふー、よし。いっちょ上がり」
「お疲れ朔夜」
隣に並んだ机に笑みを浮かべる。
ー宮司執務室
以前の部屋よりふた周り程大きな部屋に机が三つ並ぶ。
左側:大宮司(宮司指南役)
「お前達も随分宮司の仕事に慣れてきたな」
机に肘をつき、隣二人に笑いかけた。
中央:宮司
「お義父さんと朔夜のお陰で凄く助かってるよ。僕でも宮司やれそうな気になるもん」
ほわほわと恥ずかしそうに頬をかく。
右側:月夜の祭主(宮司相談役)
「やれそう、じゃなくてやれてるんだよ。もう継いで一年だ、1人前の宮司だろ」
片耳の赤い房飾りを揺らしながら、冷たくも見える静かな眼差しで白い片割れを見抜いた。
「それは……そうだけど、僕すぐ寝込むし、考えすぎて熱出るし。朔夜とお義父さん、それに薄明さんに助けて貰ってばっかりだよ」
「いいんだよそれで。宮司なんて仕事1人でやるもんじゃない。盈月と朔夜は二人でひとり、なら宮司もお前ら二人で宮司なんだよ」
「そうだな……俺も今更禰宜には戻れない。権禰宜衆はもう上司を自分達で定めている。攻撃系の頭は暁と曙だ。だから、今の俺の居場所はお前の隣だけだよ、盈月」
「朔夜……」
「俺に至っちゃ、お前らに教える事が無くなったらいよいよ名誉職だ。ついこの間まで過労死寸前で働いてたのに突然する事ねぇはしんどいわ」
悪戯っぽく大仰に両手を広げる。
「お義父さん……そうだね。僕ら皆ひとりじゃ生きていけないもんねぇ」
「「当たり前だ(ろ)」」
同じ顔で息ぴったりに同じことを言ってのけた二人にぷっ、と堪らず吹き出した。
「あはは!朔夜とお義父さんってほーんと似た者親子だよねぇ!!」
「な……当たり、前だろ。ていうかお前もな」
「ふふ、そうだね」
「いやぁ、お前ら三人は星辰からの大事な預かりモンだと思ってたんだがなぁ」
スパーーン!!
嬉しそうに顔をかく快晴の後ろで勢いよく襖が開く。
「朔!盈ちゃん!お父さん!休憩しよ!!」
焦げ茶色の髪に赤い耳飾りを片方揺らしながら、大皿を持った茜が勢いよく襖を閉めて返事を待たずに部屋に入室する。
「茜、お前また朝日から逃げてんのか」
「んぎく!!」
「お前も加護の巫女なんだからしっかりしろよ」
「ううぅーー!!」
呆れ顔の恋人に持っていた素早く皿を机に置き、勢いよくぎゅむっと抱きついた。
「えぇーーーん!お母さんが厳しいよぉぉ!!」
反動を感じさせずに半泣きの茜をしっかりと受け止め、ため息混じりに眉を寄せる。
「出来てねぇならやるしかないだろ」
「ふぇ〜〜!!旦那様が手厳しいぃよぉ〜!!」
「まだ旦那じゃないし、やるべき事ならやるべきだろうが」
「ド正論が心に刺さるよぉ〜〜」
「茜ちゃん慰めを求める相手間違えてるよ」
「朔夜は仕事に関しては鬼だからなぁ。今玉兎がゴリゴリにしごかれてるだろうが」
「ふぇぇ〜〜」
胸元に顔を埋めて顔を擦り付ける仕草に再びため息をつき、背中をぽんぽん、と叩いた。
「はぁ……休憩、するんだろ」
「っ!うんっ!」
朔夜の一言に目元を擦って花が咲いたように笑い、鼻歌交じりに取り皿の準備に取り掛かった。
「ま、なんだかんだ言って昔から茜ちゃんには甘いねぇ」
「だな」
「……煩い」
「はい!さっきお団子屋さんが来てね!皆に〜って!」
団子の乗った皿を突き出した。
「いつもの店か」
「ここのお団子屋さん美味しいよね〜僕らが生まれた時からあるし」
「俺が餓鬼の頃にはもうあったな。多分父上の代からここで団子作ってるんじゃないか」
「はむっ!ん〜おいしっ」
「食ったら朝日さんとこ行けよ」
「うっ、はぁい……」
「新米加護の巫女が指南役から逃げてんじゃいつまで経っても一人前になれねぇぞ」
「うぅ……だって、厳しいんだもん……」
「そりゃそうだろ」
「うっ」
「……そうじゃなくて。快晴や朝日さん達は引き継ぎも出来ずに自力で全部切り開いてきたんだ。俺らの数倍苦労してんだよ」
「……うん」
己の緋袴を見ながら、脳裏に嘗ての惨状が過ぎる。
ずらりと並ぶ死者の名前と一段上に優しく微笑む、額に入った姿絵。
弱った村を支えたのは両親と、隣の青年。
「教えてもらったことが無いから教え方も分からねぇだろうし、お前には苦労させたくないって一生懸命なんだよ」
「そう、だね……うん。ごめん……って後で言いに行く」
「あぁ」
(朔夜も元禰宜でお義母さん側の人間でしょって言っちゃ駄目かな)
(水を差すのもあれだからな……)
二人をよそに、俯いてもぐもぐ咀嚼する茜の頭をぽんぽんと叩いた。
「ふふ、お団子美味しいね」
「あぁ」
「ん、あれ?そういえば薄明ちゃんは?また別のお仕事?」
「あー、薄明さん?」
薄明はまだ16歳。本来社で働ける年齢では無い。
が、修行者にするには朔夜の一番弟子は強すぎた。
結果宮司補佐として準権禰宜のような扱いになっている。対外的には宮司付雑用係。勿論社内経験として雑用も引き受けている。
「今日は違うよ。普通にお休み」
「そっか〜」
「いいか茜、要人だから休みが取れねぇとか、毎日働いてるとか、もういい加減時代遅れだろ。これからはちゃんと全員休みを定期的にとる!休みの日に好きな事をする!白衣袴以外の着物も着る日を作る!!」
「「「お〜〜」」」
ビシッ!と人差し指を立てて言い切った快晴にまばらな拍手が広がった。
「そういえばお父さんが普通の着物来てるとこ見たことないね」
「だろうな。俺もない」
「でもめちゃくちゃ献上品されるから着物は持ってるよな」
「献上品されるってなんだ献上品されるって。まぁ持ってる。普通の紋付も訪問着も付け下げも」
「お母さんもいっぱい簪持ってるよね〜」
「朝日も朝日で俺の乳母兄弟で幼馴染で許嫁だからな。髪が長いのも相まってよく貰ってたよ」
「…見たことないなぁ」
「巫女装束につけられるものも少ないからな……もったいねぇだろ!!折角是非にって貰ってんのによ!!」
「そうだねぇ」
「いいか、朔夜もそのうちそうなるかな。うちの村人は信心深い。商売品は我が神からの授かりものだと思ってる。お前も季節に1回捧げられにくるからな。着ろよ」
「えぇ…俺いつもの黒い紬でいいよ……」
「大変だねぇ」
「盈月も他人事じゃないからな」
「でも薄明ちゃんにはいっぱい着せたいよね〜!薄明ちゃんちっちゃくて可愛いもん!色々似合いそう!」
「薄明さんにそれ言ったら頭突きされるよ?」
「やったことあるなお前」
「まぁ…薄明は成長期前だからな」
「いや……どうかな、あいつ一生あのままな気がするぞ」
「お師匠様が1番酷いこと言ってない?」
「えへへ〜じゃあ薄明ちゃんはお休みか〜何してるのかな〜」
「案外薄明も団子食ってたりしてな」
「まっさか〜」
「相変わらずでかい商店街が物珍しいのか、休みの日は街歩きしてるらしい」
「薄明さんがこの村に馴染んでくれるのは嬉しいね」
「そうだね!お休み楽しんでくれてるといいな〜」
ぱく、ともう一本団子を口に含んだ。
「ご主人!お団子一皿!!」
「はいよ」
暖簾をくぐり元気いっぱい振り上げた手に、奥から男性が苦笑い混じりに姿を現した。
人気のない店内を迷いなく歩き、調理台に面した客席に座る。
「はい、薄明ちゃん。いつもの一皿ね」
「ありがとうございます!!」
はむっ、と一口団子に食いつく。
「ん!美味しいです!!」
「ありがとうね。うちの団子を美味しいって言ってくれるのなんて薄明ちゃんくらいだよ」
「えー?そうですか?」
「薄明ちゃんは食べたことないかい?もう少し神社さんに近い場所にある老舗のお団子屋さん。私は開業してまだ間がないけど、あっちは随分昔からこの地に根付いておられるらしいよ」
「あっ!多分以前社で頂いたことあります!」
「そうだろう?薄明ちゃんはまだ小さいのに神社さんで宮司様のお手伝いをしてるって言ってたもんね。向こうは良く捧げ物で持っていってると聞くし…どう?あっちの美味しかった?」
「勿論美味しかったですよ!でもおじさんのお団子は素朴で優しい味がして、故郷を思い出すようで…私はおじさんのお団子の方が好みです!」
「薄明ちゃん…」
にっこり眩しい程の笑顔に、団子屋の男性が堪らず目頭を抑えた。
「ありがとう薄明ちゃん…。ここに移住してきて団子屋を始めたは言いものの、献上品で御祭神様に媚びを売る古株の団子屋に勝てなくてねぇ。客も集まらないしもう辞めようかと思っていたんだ…。でも薄明ちゃんのお陰で決心がついたよ」
「は、はい!この薄明、常連客第一号としてなんでもお手伝いしますから遠慮なく言ってくださいね!」
「助かるよ。お礼と言ってはなんだけどもう一皿どうかな。お代は要らないよ」
「ほんとですか!!食べます!!」
「ありがとう薄明ちゃん」
次いで出された皿の団子も一本ずつ、店主と他愛ない最近の話をしながら食べ進めた。
「んふふ、私ここのお団子も好きですけどおじさんとおしゃべりしながらお団子食べるのが楽しいかもです〜」
「えっ、えぇ?薄明ちゃんには宮司様っていう素敵な恋人がいるんだろう?」
「そーですけどぉ、盈月様はなんていうか…好きだけど恋かと言われるとびみょーでぇ、盈月様もそれでいいって言ってくれるしぃ、おじさんはどっちかっていうとお父さんに近いみたいな…」
「僕はまだ薄明ちゃんみたいな大きな娘がいるような歳じゃないよ」
「えへへ、そーれすけろー」
むにゃむにゃと机に突っ伏し、重たい瞼をぐいぐいと擦る。
「…薄明ちゃん眠そうだね。お疲れかな。少し上で休んで行きなよ」
「んぇ〜?そういうわけにも…これがあれば、ひとっとびらから…ぐぅ」
小脇に抱えた魔術書を軽くぽんぽんと叩くも、そのまま机に撃沈した。
「ごめんね、薄明ちゃん。これでも結構悩んだんだけどね、君のお陰で決心がついたよ」
暖簾を下げ、眠る薄明を静かに抱き上げた。
―ここは国境、太陽の村。平等の加護が降り注ぐ場所。
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