三章:連続放火魔事件

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『十九話:放火魔と放火魔』 「済まない、俺が耄碌していた」  男を一旦帰し、執務室の椅子に深く沈む。 「んなわけないだろ。第一、犯人でもないのに二十四時間監視する必要はない」 「夜は念の為お義父さんに結界術貼ってもらってたんだし、十分だったよ」 「ぐ…そうか……」 「早く見つけ出そう」 「あぁ。皆まだ起きてるよな。聞いてくれ」  寝間で支度をする全員に快晴の声が響き渡った。  村の中でも随分と外れた無人の一軒家。  浅葱袴の男性数名と対峙した曙の頬から、静かに汗が流れた。 「おい、約束通り来てやったんだ、彼女は何処だ」 「なんだ、勘当された癖に妹が心配か?」 「妹?知らねぇな、俺に家族はいない。妹なんざイチャモンつけられて巻き込まれた可哀想な一般人を助けにきただけだ。俺は攻撃系権禰宜筆頭だからな、村の安全を守るのが仕事だろ」 「くそがっ!」  堂々とした態度に舌打ちをしつつも家の中から優杏を引きずり出した。  口枷と手首で戒められ、ふらふらと引きずられる様子に軽く眉を顰める。 「いい性格してんねお前ら」 「上司ぶるなよ死刑囚!状況わかってんのか!」  同じ浅葱袴の男達を見ながら、呆れたようにため息をつく。 「結局お前らの目的はなんなの。俺が死ねば満足?」 「てんめぇ…!!」  曙の態度に男達がチリチリと怒気を強めていく。 「すかしやがって!!そりゃそうか、お前は死刑にはならない。何をやったって罪には問われない!なんたってお前はっ!快晴様の隠し子なんだからな!!」 「…はっ」  視界の端で優杏が目を見開くのを見つつ、再びため息重くついた。 「なんでそういう話になったのか逆に聞きたいっすね。俺の瞳は日輪の先祖返りだ。快晴様自身と血の繋がりなんてねぇよ。快晴様に迷惑だろ、俺みたいな元死刑囚が親族なんて」 「よく言う!じゃあなんでぽっと出のお前がこんな温情を得られたんだ!おかしいだろ!!」  一瞬ちらりと優杏を見つつ、再びため息をつく。 「だぁからぁ…はぁ……俺が、ガキの頃。虐待受けてて、お忙しい快晴様の代わりに星辰様がずっと気にかけてくださってたんだよ。……星辰様が、亡くなって…そっから荒れて犯罪に手を染めた俺を、快晴様は手が届かずに申し訳ないと、そう思ってくださったんだよ。馬鹿どもにあの方の心の広さがわかるか?」 「っ!!」  目を見開く優杏と対照的にバツの悪そうに目を背ける権禰宜共。  (お父さんとお母さんが、虐待……) 「馬鹿が!なに真に受けてんだよ!此奴の綺麗な作り話だろうが!!」  奥で座っていた男性が立ち上がり曙を指さした。 「…ま、そうなると思ったよ」 「早くやれっ!」 「おっ、おう!」 「抵抗すんなよ!」 「一般人絡んでんのにするかよ」 「ちっ!いい子ちゃんぶりやがって!!」  無抵抗の曙を数名で取り囲み、縄で縛り上げる。  そのまま腹部を蹴りあげると「ぐっ、」という鈍い声と共に地面に体を打ち付けた。 「ハッ!無様だなぁ攻撃系権禰宜筆頭様よぉ」  髪を掴みあげ顔を合わせる。 「何、お前馬鹿?」 「はぁ?お前よりはマシだ、よっ!」 「ぐっ!」  額を強く叩きつけられ、地面にぽたぽたと血が流れた。 「いって…びっくりするほど短気じゃん。あーあー、そうじゃなくて。てっきり今日呼び出したのは俺を現行犯にするためだと思ってたんだよ。なのに縛ってボコしてどうすんのお前らって話」 「馬鹿はお前だ。現行犯?違ぇな。今晩をもって村を恐怖に陥れる連続放火魔は消えるんだからな!!」 「あ?あー……そういうこと」  はっ、と短く嘲笑する。  彼らの様子の一部始終を見ていた優杏が、篝火に照らされる曙の姿に眉を寄せた。 (なんか…顔色が、すごく白いような……)  不安そうに様子を見る優杏に一瞥もくれず、主犯格の男性がさながら勝利宣言のように声を上げた。 「今晩放火魔は失敗を犯し、燃やす筈の家屋と共に焼き死ぬ!今日の見張りは俺達、俺達が証人だ!火に巻かれて死ねるなんて幸せだろ?放火魔野郎」 「お前らだって十分同じ罪犯してんじゃねぇか」 「お前の数に比べたら大した事ねぇよ。端数に入れとけ」 「お前らと一緒にすんなよ放火魔野郎」 「この期に及んでっ…!!減らず口叩きやがってっ!そんなに死にてぇなら殺してやるよ!!」 「っ!」  バンッ!  曙を家へ投げ入れ、すぐさま袂から赤札を出し詠唱を始めた。 「聖なる炎よ!」  ぱちぱちと火の粉が家を包み始める。 「んんん!!んあっ、だっ、だめっ、やめてぇぇ!!」  堪らず口枷を力任せに吐き出し叫んだ。  が、優杏の声など聞こえないように先程の男がニィ、と歪んだ笑みを浮かべる。 「燃やし尽くせ!!」  ゴウッッ!!  勢いよく火の手が回り一瞬で一軒家が炎に包まれた。  (嘘っ、嘘だよね?こんなの、すぐ出てくるよね?だって、英雄なんだもん、ねぇ…ねぇ) 「出てこないな」 「入念に縛り上げて投げ入れたんだ、木でも引っかかって出られないんじゃないか?」 「一気に熱気を吸い込んで気管が焼けたりな」 「ははっ!ありそうだな!」 「良いザマだ!焼き死んじまえ!!あっはっはっはっは!!」 「そんな……」  ぱちぱちといっそ静かに燃え広がる中、人が出てくる気配は無い。 「はー、このまま骨になるまで見守ってやるよ」 「そんなっ!どうして、こんな事!」 「別に?つか此奴の方が数倍燃やしてるだろ」 「違う!だって、茜さんが、あの人は誰も傷付けなかったって!強い力が暴走して、じぶんじゃ仕方なかったって!貴方達の方が、もっと悪意があって、罪深いんだからっ!」 「るっせぇなぁ…彼奴が悪いんだろ。親に捨てられた孤児の癖に媚び売って宮司様の周りウロウロしやがって…彼奴さえいなければこの俺が!攻撃系権禰宜筆頭で次期禰宜だったんだよ!俺の人生彼奴のせいで全部台無しだっ!」 「そんなのっ、そんなの貴方に実力がなかっただけでしょう!ただの逆恨みじゃないですか!!」  ピシッ、と男の顔から表情が消える。 「お前さ、立場わかってんの」 「ひっ、」  ふっと冷たく変わった空気に息を飲む。 「あーあー、馬鹿な女」 「なっ、なに、」  取り巻き達が下卑た笑みを浮かべ自由のきかない優杏を更に抑えていく。 「なに、やめっ、きゃぁぁあ!!」  男がゆっくり近付き、勢いよく胸元を破り広げた。 「うっすい胸に地味顔。ガキくせぇ平均点女。ま、時間つぶしには丁度いいか」 「なっ、なにするっ、つもりでっ、」  震えながら睨むも目に涙が滲む。 「言わないとわかんねぇ?どんくさ。お前らもいいぞ」 「おっ、やりぃ」 「どこまでやる?」 「どうせ口封じするんだろ?じゃあいいんじゃね」 「それもそうか」 「ひっ、いっ、いやっ、」 「喜べ、最期に俺が女にしてやるよ」  ニヤけた笑みと共に数人の手が優杏の胸へとのびていく。 「いっ、いやぁっ!誰かっ!誰かっ、助けて…助けてっっ、お兄ちゃんっっ!!!」  パチンッ! 「「っ!!」」  指の鳴る音とともに火の手が一瞬で消え失せた。 「なっ、フゴッ!!」 驚愕に目を見開く主犯の男が一瞬で外壁まで吹き飛ぶ。 「金行硬化術」  身に纏う橙色の光が鎧のように輝いて見えた。 「ねっ、禰宜様!!どうして、」 「寧ろ気付かれないと思った?そういうところがダメなのよあんたらは」 「それは……」  取り巻き達が俯く中、優杏にそっと毛布がかけられた。 「っ!!あ、」 「遅くなってすいません、優杏さん」 「はっ、薄明ちゃんっ!!薄明ちゃんんんっ!!!」 「もう大丈夫ですよ。よく頑張りましたね」  泣き崩れる優杏を支えながら男達と距離をとる薄明と、すれ違うように朔夜が暁の隣に立った。 「何か、言い逃れはあるか」 「「っ!!」」  鋭い眼光にさっと目を背ける取り巻き達の後ろで、壁から出てきた男が睨み返した。 「いってぇ…勘違いされちゃ困りますよ。俺たちは放火魔の現行犯に今日の見張り番として居合わせただけなんですから」 「はぁ?!じゃあ優杏への暴行はなんだっていうのよ!!胸元まで破いといて言い逃れなんてっ!」 「知りませんねぇ?そこに突っ立ってた怪しい女に近付いただけですが?」 「なっ!最っ低ですっ!優杏さんの証言だってあるんですよ!いい加減、」 「そこの一般人と長年権禰宜として村を守ってきた俺、当然俺の言い分が通りますよね。社に信頼があるんですから」  得意げな男に、暁が火のついたように怒りを顕にする。 「その信頼を今吹き飛ばしたのはアンタ自身でしょ!口は兎も角、仕事はちゃんとやるやつだと思ってたのにガッカリだわ!!」 「禰宜様、貴方の実力は認めてますけど…見る目がないよな。副官に罪人置くなんて、貴方の品格を下げるだけですよ」 「はぁぁ?!?アンタマジでっ」 「暁、落ち着け」 「朔兄!!」 「お前達の言い分は、証拠がない、それだけだな」 「そーですけど?」 「だ、そうだ……玉兎」 「はぁ?」  ざく、  煤けた廃屋から曙を肩に担いだ玉兎が姿を現した。 「おま!いつから、」  男を黙殺し朔夜の元へ近付くと、ぐったりと肩にもたれ掛かる曙の様子に薄明が眉を寄せる。 「玉兎さん、曙さんは、」 「大丈夫、命に別状はありません」 「よかった…だそうですよ」 「……よかったぁ」  ほっと安堵の声が薄明の腕の中から零れた。 玉兎がそのまま男達へ向かい、1枚の黒い札を見せる。 「俺は最初から曙と一緒に来た。曙に頼まれてたんだ、一部始終を記録して欲しいってな」 「……は?なに、いって、」 「水行水鏡の術式。目の前に起こったことを札の中に鏡のように映し記録する。俺の実力じゃ鏡向きになっちまってるけど、ご当主様方に頼めば元に戻せる。ここにはお前の一部始終が入ってるってことだよ」 「羽兎の分際で何しゃしゃり出てんの?お前にそんな得意行以外の芸当出来るわけないだろ」 「玉兎の希望で、俺が出来るようにした。玉兎は俺の弟子だからな」 「は」  目を見開き、一瞬時が止まった。 「玉兎が、祭主様の、弟子ィィ?!んな馬鹿な、」 「俺はちゃんと公募して望むなら指南をすると知らせを出した。着いてきたのは薄明と玉兎だけだったがな」  (弟子が増えるの嫌がって形式的なだけの公募だったけど……物は言いよう…いやまぁやる気があればそれでもくるか!)  玉兎が内心物思うも、黙殺した朔夜がそのまま続ける。 「お前が権禰宜筆頭に選ばれなかったのは曙に問題があるんじゃない。お前に問題があるんだ」 「なっ!!!巫山戯るな!!俺だって長年攻撃系権禰宜を務めあげたんだぞ!ハッ!玉兎、お前曙とグルだろ!仲良かったもんなぁ!祭主様に頂いた力で片棒担いでんじゃねぇのか!俺は信じねぇぞ!!」 「アンタこの期に及んで何言って!」 「……お前さ、今曙がこの家燃やしたって言いたいんだよな」 「は…そんなの当たり前じゃねぇか」  激昂する男に対し凪いだように言葉を返す玉兎。 「だってさ、曙」 「……ゲッホゴッホッ!!はー……へいへい」  顔を上げ皮肉めいた笑みと青い瞳を晒す。 「「曙!!」」 「ごめん、しんどいと思うけどお前の口から説明してやんないと、お前が引導渡してやんないとダメだと思って」 「だろうな。なぁお前さ、俺の袴軽く引っ張ってみろよ」 「はぁ?なんでそんなこと」 「それが全部だからだよ。早くしろ」 「曙の言う通りにしろ」 「チッ、なんだよもう……ほらこれで、ん?」  引き上げられた足首に巻かれた淡く光る黒い布。 「なっ!これ、」 「これって、黒布!!アンタまさかこれずっとつけっぱなしで?!」  黒布  水行拘束具。熱気を吸い取り体を動かす熱を奪う拘束用布。つけられたものは体に力が入らず起き上がる事さえままならない。  嘗て放火魔として拘束された曙がつけられてたものだ。 「っす。流石にぶっ倒れるかと思ったっ、ケッホケッホ、」 「馬鹿っ!!」  すぐさま暁が布を解き拘束力を解除した。 「はぁ……あざっす」 「黒布は強制力の強い部類の拘束具だぞ。無茶しやがって…当分絶対安静だからな」 「はは、サーセン。でも、わかったか?俺は今術を扱えるような状態じゃなかった。発動状態の黒布が証拠だ。暁さんも朔夜様も、お前も証人だ」 「…嘘だ」 「お前の罪は玉兎の札にしっかり入ってる」 「嘘だ」 「諦めろ。諦めて、罪を償え。お前にはお前の言う通り社に信頼がある。俺と同じように罪を償いながら生活出来るはずだ」 「嘘だ嘘だ嘘だ!!俺が!!俺が権禰宜筆頭に相応しい筈なんだよ!!!」 「うわっ!!」  勢いよく身を翻して走り去る。 「あっ待て、うぐっ…!」 「曙!動くなって!」 「心配するな。王手はもう既に打たれてる」  走り去る男の背を見つめた。 「そんなはずない!彼奴さえ消えれば俺が、俺が、」  無我夢中で深夜の村を走り逃げる。 「俺がっ、俺がっ!」  術のひとつも使う事を忘れ俯いて土を蹴った。 「俺の方がっ!暁様に相応しい男なのにっ!!」  ドンッ!  目の前の誰かにぶつかり、勢いよく尻もちをつく。 「っいってぇ!じゃ、ま……」  顔をあげた瞬間、男が凍りつき目前の赤色から目が離せない。 「例え候補に上がっても、俺はお前を、信じていたんだがな…」 「はっ……は、ちが、あの、お、おれ、おれはあなたに、」  青空色の瞳が小さな人影を射抜いた。 「残念だよ、晴義(はるよし)」 「あ、あ、ああああああああ!!!」  泣き崩れ落ちる男に目を閉じ、静かに目を向ける。  遠くから足音と声がすぐそこまで迫っていた。  ――あの…あの……あのっ!!!
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