三章:連続放火魔事件

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『二十話:お兄ちゃん』 ―巫女殿一角の奥まった病室。 「犯人は攻撃系権禰宜の五名。主犯は攻撃系主力部隊の晴義。ご存知の通り日輪傍系、しかも直系寄り名家の出だったわ。ごめんなさい、目が行き届いてなくて」  スラスラと読み上げるように話す膝元の先で、ぐったり枕に頭を預けた曙が口だけ動かした。 「そいつの事はよく知ってますけど、朝日様のせいじゃないっすよ。傍系は数が多すぎる」 「ありがと。ところでぇ〜…拘束術式をつけて無理やり動いた挙句軽く炙られたお馬鹿さんは何処の誰かしら〜〜??」 「はい俺っすすいません!!マジでこれしか思いつかなくてっすねっ、うぐ、」  頭を下げる為体を起こそうとし、力が抜けてぼふっと布団に体を沈める。 「うぅ……くらくらする……」 「当たり前でしょ、無理やり体から熱を奪いとったんだから。後遺症が残りたくなかったら自然回復するまで絶対安静!いいわね?」 「……うっす」 「よろしい」  小脇に置いた桶から手拭を絞り頭に置く。  コンコン、 「どうぞ〜」  静かに開けられた襖からお盆をもった暁と玉兎が入室した。 「あらあらお見舞いね素敵〜それじゃあ私は隣にいるから、何かあったら呼んでね〜」 「はーい。ほら曙!お粥持ってきたから食べなさい!体の熱を戻さなきゃ!」 「うっす。あざっす暁さん」 「まだ動けなくて食えないだろ?匙役は俺に任せろ!」 「あーちょーたすかるー」 「えっ」 「えっ?」  ぽかんとした顔のふたりが顔を見合わせ、暫し時が止まる。 「暁さん?なんかまずいですか?」 「まず…くはないけど……ない、けど…」 「ないけど?」  不思議そうな曙にかっと顔が赤く染る。 「ないっ、わよっ!あーもー!ほら!早く食べなさい!ほら!!」 「ちょ、今顔に手拭い乗っててなんも見えねぇ動けねぇなんすけど!ほらってなに!?」 「暁さんまって!落ち着いてください!」  ガチャーン!!  盛大に食器が打ち合う音が部屋に響いた。 「……ん」  揺蕩う意識が浮上する。 (流石に意識がぼんやりしていつ起きてんのか寝てんのかわかんねぇな) ぼーっと目を開けると周囲に座る人影がゆるい像を結んだ。 「お、起きたか。大丈夫か?」 「んー…あれ…?」  ゆるんだ像はゆらゆらと動いて形が定まらない。 「流石に重症だな…俺が誰か見えるか?」 「えーーと、ちょっと、待って、ください、寝起きがまだ遅くて、」 「血の気が下がるからな、無理もない。盈月、」 「はーい、曙君。虚熱に効くお薬だよ〜」  体を支え、ゆっくり湯呑みを傾ける。 「頑張って飲んでね」 「おえ」  口に入って瞬間顔を顰める曙に、容赦なくぐいぐいと湯呑みを傾けた。 「はい飲む〜何も考えずに飲む〜」 「おぼっ、げっ、うえっ、」  顔を顰めたまま布団から軽く起こし待っていると、顔色に赤みが差した青空色がぱちぱちと瞬きをした。 「あーー……すんません快晴様、朔夜様、盈月様。お待たせしました」 「いや、急に来て悪いな。調子はどうだ」 「盈月様のお薬でだいぶ体が暖かくなりました。くっそ苦かったっすけど」 「良薬は口に苦いものだよ」 「うっす」 「曙。今、いいか」  一度深呼吸し朔夜に目を合わせる。 「はい」 「晴義の沙汰が決まった」 朔夜の静かな声に青い瞳を見開いた。 「色々あったが……結局、半年の謹慎に決まった」 「謹慎……」 「晴義には攻撃系として実績があり、放火件数もまだ少ない。勿論定期的に面談を行い、お前への歪んだ感情が無くなるまで半年と言わず謹慎だ。状況が状況故に権禰宜筆頭への昇格権も当分剥奪となった」 「そっすか……」  考えるように目を落とす曙に、暖かい手がそっと触れる。 「快晴様…」 「大丈夫か?顔色がまだ、」 「大丈夫っす」  薄く笑う曙の頬をそっと撫でた。 「やっぱり謹慎じゃ軽かったかな」 「そんなことないっすよ。寧ろ気持ちとしては逆っすね」 「逆?」 「はい…あんだけ権禰宜筆頭になりたかった、暁さんの隣に立ちたかった奴にとって権禰宜筆頭への昇級剥奪は、死ぬより堪えてんじゃねぇかなって」 「…そうだな」 「矜恃も人一倍だったし、汚名がついて暫くはどんだけ勤めても上に上がれなくて…ちゃんと戻ってこれっかな…」 嘗ての部下を思い憂う様子に快晴がふっと笑みを浮かべる。 「お前も立派な人の上に立つ者だな」 「……へ?俺が?んなわけないじゃないっすかー?」 「僕も見習わないとだね」 「またまた〜盈月様が俺なんかから得られるものとかないっすよ」 「お前に必要なものはあと自己肯定感だな」 「そっすか?」 「根が深いからゆっくりやろうな」 「へ?」 「だな」「だね」 「へ??」  一人真ん中で全く理解出来ていない曙がきょとんと首を傾げた。  数日後。  布団の中にあぐらをかき、体だけ起こして寝床机に向かう。  サクサクサク、と手で赤い紙を切り裂き見慣れた大きさに切り分けていく。 (昔っから手でやるのが楽なんだよな……ん?)  ふと、顔を上げると戸の前に立ったまま動かない人影の気配に意識が向いた。 「はぁ……いつまで突っ立ってんの?」 「ふぇっ!」  そろそろと襖を開け優杏が顔を覗かせた。 「あ、あの……」 「通行の邪魔だろ、さっさと入れよ」 「はっはい!すいません!」  びくりと体を震わせ、ぎくしゃく曙の隣へ正座する。  そのまま俯き、手をもじもじさせるばかりの優杏へため息混じりに口を開いた。 「はぁ…たく……そういや、お前は大丈夫なわけ?」 「へっ?!」 「あの後……酷いことされたんだろ。薄明様から一通り聞いた」 ―実は優杏さん、あの後曙さんを庇って……… 「……俺のせいで」 「あっ!いえ!もう全然!着物が一着破れただけですから!!」  ボソリと呟いた一言が聞こえなかったのか、少し言葉を被せブンブンと手を振り笑ってみせた。 「……そ」 「あの、私より、あ、あの…貴方は、」 「もう随分マシだ。元々自分でつけたような傷だからな」 「そう、です、か……よかった…」 「……」  そのまま暫し沈黙が通り過ぎ、紙を裂く音だけが室内に響く。  全て切り分けられ、ひとつの赤い紙の山ができたところで曙がまっすぐ優杏に向き合った。 「いつまで黙ってられても、言いたいことはわかんねぇんだけど」 「はっ、はい……」 「用がねぇなら帰ってくれる?」 「……あっいやその……あっ、あの…あの……あのっ!!!」 「なに」  真っ直ぐ優杏と目を合わせる、薄ら青色を覗かせる瞳にぐっと力を込める。 「おっ、お兄ちゃんって!呼んでもいいですか!!」  細い瞳を更に細め眉を顰める。  曙の仕草にはっと口を抑え、言葉がポロポロと止まらず口先から溢れた。 「あっ、あの、ごめんなさい嫌ですよねお兄ちゃんとか、散々酷い目にあってきたのに今更妹面とかされたくないですよね、私何言って、」 「おい」 「ごめんなさい、あの、私、ずっとお兄ちゃんに憧れててそれで、本当にお兄ちゃんがいるって聞いたらいてもたっても居られなくて、でもそれって全然貴方の事考えられてなくて怒られちゃってあの、私あの、」  パンッ! 「っ!」  突然の手を叩く音にびくりと体を震わせ口を噤んだ。 「俺に話を聞け」 「ごっ、ごめんな、」 「まず第一にだけど、俺お前の事なんも知らねぇの」 「……へ?」  謝罪が口につく優杏が曙の言葉にポカンと口を開ける。 「なんなら名前も知らねぇ。いつの間にか皆知ってんのに」 「あっ、名前、は、」 「だから、知らない人間にいきなり兄貴呼ばわりされても困んだろ」 「へ?」 「俺なんか間違ったこと言ってる?」 「い、いいえ。そう、そうですね……」 「だろ。だからさ、」  寝巻きの居住まいを正し、薄く瞳を開いて淡く笑みを浮かべた。 「俺達、最初からやり直そうぜ。俺は曙。お前は?」 「……はっ、はい!!私優杏と言います!優しい杏でゆあです!」 「優杏な。可愛い名前じゃん」 「あっ、ありがとうございます!あの、なんと呼べば、いいでしょうか?」 「そうだな、じゃあさん付けで。一応年上だし。俺は優杏、でいいか」 「曙、さん。はい!大丈夫です!」 「優杏、あーそれとこの事なんだが、」 「あっ!勿論両親には絶対言いません!両親の事と曙さんのことは別だと思ってるので!」 「ん。そっか。ありがとな」 「えへへ、はい!」 「せっかく来たんだ。優杏の話を聞かせてくれよ」 「はっ!はい!」  それから枕元で優杏の話を聴きながら赤紙を作っていると、ふと複数の気配が気になった。 「……はぁ」 「曙さん?ごめんなさい、私ばっかり喋って。疲れちゃいました?」 「いーや。はぁ……バレてるんで、出てきたらどっすか」 「へ?」  襖がしずしずと開き、ぞろぞろと一人ずつ言い訳が入室した。 「あはは〜具合が落ち着いて良かったわ〜」 「あっえっと!優杏さん良かったですね!!」 「わっ私は往診だから!曙と優杏ちゃんがいい感じだから待ってた訳じゃないから!」 「俺と盈月と快晴は今来たぞ」 「俺たちは休憩中に来たんだが…お前ら何してんだ」 「皆心配性だねぇ」 「あ、曙の負担になってないか気になっただけだし!」 「曙上手くいって良かったじゃん!な!」 「……ほぼ全員いるじゃん。廊下通行止めなんだよ」 「は、はわわ……」  部屋の中ぎゅうぎゅうに座り、あちらこちらで話が弾む。 「ま、いっか」  ぐるりと全員を見回し、満足そうに布団に寝転んだ。 ―社殿内道場 (なぁ今日の指南役、準師範だって) (まさか権禰宜筆頭殿?今日復帰だろ) (曙殿ならやりかねない) (権禰宜筆頭殿の事だ、入院生活で鬱憤が溜まっておられるのだろう) (開眼されない事を願うばかりだ) ((ほんとそれな?)) (マジかよ。流石にそんなわけ、) 「注目!」  壇上に立つ進行役が声を上げた。 「指南役、攻撃系権禰宜筆頭、曙様!入場!」  直立不動な男女の前を堂々と歩みを進め、中央で休めの姿勢で止まった。 「あー悪いけど、稽古を始める前に聞いて欲しいことがある」  復帰一日目の上司へ一斉に視線が集まる。 「まずは先の事件、俺のせいで攻撃系の信頼関係を崩すような真似をしてしまった。俺が原因の事件として全てひっくるめて最初に詫びたい。皆、すまなかった」  九十度に腰を折る姿にに一同ざわめき、何処からか「曙殿のせいじゃないでしょう」「権禰宜筆頭殿は被害者じゃないですか」と声が聞こえてきた。  苦笑いで顔を上げ、頬をかきながら話を進める。 「ありがとな。でも、俺が原因な事には違いない。皆知っての通り俺は元罪人、いや、まだ執行猶予を開けてない、罪人に違いない。俺が権禰宜筆頭として上に立つ事に内心思うところのあるやつもあると思う。だからな、」  すっ、と大きく息を吸った。 「俺に文句のある奴ァ俺に直接言いに来い!!俺に直接言う勇気もねぇような腑抜けは文句を言うんじゃねぇ!!それでもどうしても腹に一物溜まって凝るような屑はッッ!!玉兎に言えッッ!!!!」  苛立ちの混ざった叫び声に、道場内がビリビリを震える。  ((権禰宜筆頭、めちゃめちゃ鬱憤溜まってんじゃねぇか…!!))  耳を塞ぎたい気持ちを耐えた一同が、すっと幾分スッキリした顔の壇上に目を見やった。 「とりあえず!今全員今回の一件で一物思ってることあるだろーから、今日の稽古は百人組み手!百もいねぇが全員俺にかかってこい!!」 「嘘だろ!?絶対権禰宜筆頭が体動かしたいだけだ、」 「はいまずお前からっ!」 「ぎゃぁぁぁ!!」  受ける側が襲ってくる組手に道場から叫び声が絶えず響いた。 ―支援系執務室 「だってよ、玉兎」 「たく、俺を窓口にすんなよ…」 「ふふ、仲良しだねっ」  茜に背をさすられながら薄黄色の頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。  一時間後 「あっ、曙さん。こんにちはっ!」 「優杏じゃん、どうしたんだ?こんな道場まで来て」  手ぬぐいで汗を拭きながら、顔を見せた優杏の元へ近付く。 「あの、今日復帰だって聞いて、おにぎり作ってきました!まだ体温めた方がいいって聞いたから、ちょっと辛めの辛子高菜入れて…」 竹の皮に包んだおにぎりをそっと曙に見せると、ひとつひょいと掴んで口に入れた。 「あっ!」 「ん、んめぇ。辛めで俺好みかも。ありがとな、残りは終わって食うよ」 「はっ!はい!ありがとうございます!頑張って、ください!」 「おう、じゃあな。おーい!お前らいつまで寝てんだ!二本目行くぞー!」  死屍累々の室内に戻る曙を見送り、その場を離れる。 (どうしようかな、薄明ちゃんに挨拶だけして…) ―優杏じゃん、どうしたんだ? ―んめぇ……俺好みかも。 ―ありがとな。 「んふ、ふふふふっ」  緩む頬を両手で抑える。 「曙、お兄ちゃんっ!」  いつもより歩幅を広げ、地面を交互に蹴って歩みを進めた。  ――んふ、あはは!すごいすごい!これが、『地面』なんだね!
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