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四章:五宝五将
『二十一話:大地を踏み締め』
―太陽の村、某日。
早朝参道の拝殿近くで一人掃き掃除をする。
村の重役でありながら、下働きの真似事をする様子を口にするものはもう居ない。
少し前まで別の意味で煩わしかった周りも、今では空気同然だ。
(結局快晴様の隠し子説は優杏がうろつくおかげか消えて無くなったし。いいんだけど…)
掃き掃除をしながらその少女について頭を抱える。
(俺なんであんなに好かれたんだろ。何もしてないどころか初手キツめに釘を打ったんだけどな…わっかんねぇな、オニイチャンって奴は)
深いため息をつきながら、ふっと過ぎる嫌悪感に強く首を振った。
(考えるな考えるな考えるな……ん?)
ぱっと上を見ると、少しづつこちらへ寄ってくる動きの奇妙な小鳥が目に入る。
(んー……あれ、これって)
手を伸ばすとちょんと指先に乗って懐いた。
「朔夜様、平和って短いんすね……」
「ピチチッ!ピチチッ!」
急かすようにこちらを見て鳴く薄紫色の鳥に、諦めたように肩を落とす。
「はいはい、いまお連れしますよー。しかしよく出来てんなこの鳥」
「ピチチッ!ピチチッ!」
「はいはい」
宮司執務室へと足を向けた。
一ヶ月後。
社殿裏手にある山中の湖。
「この辺でいいだろ」
「あまり近すぎても違和感だろうしな」
朔夜と快晴を筆頭に、盈月、茜、薄明、朝日、暁に曙と玉兎といつもの面々が湖の前に並んだ。
「朔夜様、そろそろ時間です!」
「だな」
握っていた巾着からサラサラと土のような種を池に注ぎ込む。
「よし、全員下がれ」
「危ないかもしれないから私は鈴持ってるね!」
「盈月様は私の後ろに!」
「あっ、ありがとう薄明さん。えっと……そんなに危険?」
困り顔の盈月に真面目な顔の朔夜が湖から目を離さないまま答えた。
「可能性としては」
「流石に術は選んでると思うがなぁ」
「俺も構えとくだけ構えとくっす」
「そうだな火行だしな」
「水辺指定だったし私も構えとこ」
「お出迎えというよりもはや臨戦態勢ねぇ〜」
親二人が警戒を強める子ども達に苦笑いを浮かべる。
(紫苑、まだかなー)
朔夜達三人の耳に誰より楽しみにした声が響いた。
「すぐ来るさ。……ほら」
ごぽっ
水中から大きな泡が浮いてきたと思うと、いくつもの泡が生まれては弾けていく。湖の沸騰がゆっくりと収まると今度は次々と葉が水中から生やし、日の光を浴びてひとつ、大きな蓮の蕾を孕んだ。花が綻ぶと、中から胸に手を当て軽く腰を降り、にっと最敬礼で笑みを浮かべる紫苑が姿を現した。
一輪目を合図のように一気にいくつもの花が咲き誇る。花は紫苑と金鳳を含めた計五輪。全て開き切ると花の上から片膝をつき、全員が花上に最敬礼をとった。
「こんにちは、国境の村、いえ太陽の村の皆さん。王都近衛術士団太陽の村使節団、ここに参上仕りました」
頭をあげた術士団に盈月が一歩前に出て、深く頭を下げる。
「ようこそ、御祭神様に守られた僕らの村へ。僕たちは貴方方、王都近衛術士団の皆さんを歓迎します」
穏やかに、しかし臆することなく堂々と言い切った。
一瞬、色の違う天才の視線が直線を引く。
「…っぷ、あはは!あははは!!」
突如笑いだした紫苑に金鳳が軽くため息をついた。
「紫苑様……」
「あはは、いやぁごめんごめん!もうむり!真面目な顔出来なくなっちゃった!朔夜くんとりあえずそっち行くね〜。いつまでも踏んでたらお花さん可哀想だし」
言うやいなや、紫苑を筆頭に全員が目前の大地に足を着く。
「許可を取るなら答えを聞いてからにしろ」
金鳳と同じようなため息をつく朔夜を無視し、盈月の前に手を出す。
「はい盈月君!ボク紫苑!よろしくね!実はボクずっと君に会いたかったんだ!!」
「ふふ、そうなんですか?よろしくお願いします、紫苑さん。いつも朔夜と仲良くしてくれてありがとうございます」
「やめろ盈月、ただの腐れ縁だ」
「あはは!仲良しだって金鳳!」
「良かったですねぇ」
嬉しそうな三人と対照的に一人顔をしかめる。
「さ、立ち話をあれですし中へどうぞ。ちゃんとお互いの紹介をしましょう?」
「さんせー!いこいこ!」
「紫苑様、浮かれすぎて転びますよ」
前方の様子に臨戦態勢を解き、兄との様子に暁がこれまた似たようなため息をついた。
「ほんとにどっちが団長か分からないわね……」
「まぁまぁ、俺達は先に戻って茶会の準備しとくっすね。いくぞ玉兎」
「えっ、俺強制?」
「私もいくわ」
「お部屋掃除おわってるかしら〜?」
「俺たち戻るぞ。……紫苑?」
バラバラと社殿へ戻るなか、紫苑だけが上を向きながらきょろきょろと周囲を見回して前に進まない。
「紫苑さん?」
「へっ、あっごめん!今行くっ、あでっ!!」
「紫苑様!」
「言わんこっちゃない」
金鳳が側へ駆け寄るも、上ばかり見て足を引っ掛けた紫苑が今度は躓いた地面を見て動かない。
「紫苑?どうした、どこか痛むか?」
金鳳と反対側に快晴がしゃがんで見るも、ぺたぺたとひたすら地面を触って動かない。
「んふ、ふふっ!あはは!あははは!!すごいすごい!!!」
「紫苑?」
「紫苑様…」
心配そうな快晴と盈月、哀れみを含んだ朔夜と金鳳、周囲の目に我関せず涙が滲むほど笑い転げた。
「これが、これが『大地』なんだね…!」
前者ふたりが合点がいったようにはっと目を見開く。
「土があって木々が生えて草がもさもさしてる!あははは!!すごいすごい!これが植物で!あれが森で!これが自然!すごい…ずっと……ずっとずっと皆に会いたかった…!!」
しゃがみこんで手をついた地面にぽたぽたと雫がこぼれた。
「……紫苑様、よかったですね」
「うっ、うぅ、ひっく、うんっ」
「…紫苑、近くに花畑があるんだ。きっと美しい花を咲かせる植物達が多いだろう。今度一緒に行こうな」
「そうだ、お前はまだ地に足着いたばかりじゃないか。泣いて感動するには早すぎる」
「とりあえず、お茶でもいかがですか?お義母さんやつきちゃん達がいっぱい甘いお菓子を作っておいてくれたんです」
「……うんっ。ごめん、いく」
金鳳に手を引かれ、ようやく立ち上がる。
「というか、お前らの紹介も彼奴らにしてもらわねぇとな」
「相も変わらず、俺たちは空気になるのが仕事なので」
「えぇ〜空気やだぁ!!茜様と薄明ちゃんについて行けば良かったぁ!!」
「何しに来たとおもってるんだ」
「いい加減俺たち自己主張しよーぜ!!せっっかくの出張なんだから遊びてぇ〜」
「轟、うちでスリしたら縊り殺すからな」
「怖っ!!しませんよこんな命が行くあっても足りなそうな場所で!」
「あーもーはいはい!君たちも紹介してあげるから!行くよ行くよ!」
「はい!」
「はい」
「は〜い!」
「締まらないんですよねぇ」
「僕らも曙君達を紹介しないとね」
「だな」
「紫苑、そこ根があるから気をつけろ」
「おとと!自然は危険がいっぱいだね!」
「石畳に比べたらな」
「ゆっくりいこう」
「紫苑様、おてて繋ぎましょう」
「うんっ!」
るんるん、と手を振りながらゆっくり社殿へと歩みを進めた。
―食卓
円形の大きな机を皆で囲む。
中央の紫苑が口いっぱい饅頭を頬張った。
「んん〜〜!!このお饅頭すっごく美味しい!」
「あらほんと?よかったわ〜いっぱい食べてね〜」
「食べる!あーーー」
「紫苑…自己紹介をするんじゃなかったのか」
「んぐ、そだった!」
「お前な…いつもより酷いぞ」
「なにが?」
「餓鬼度」
「そんなことないもーん」
「そういうところだよ」
「申し訳ありません…紫苑様、お外に出られるのをとても楽しみで随分前からずっと浮かれておられたので…」
「金鳳が謝ることじゃないだろ」
「まぁまぁ、楽しいのなら朔夜もいいじゃない。ね、紫苑さん」
「うん!ボク絶好調!!」
「良かったです」
「どっちが年上か分からないわね」
「ですね」
ぐっぐっ、とお茶を嚥下し一旦口をからにして軽く咳払いをした。
「んん!とりあえずこれから一週間くらいよろしくね!ボク紫苑!団長様で研究家で国一の名医だよ!すごいんだから!」
「えぇ〜…」
「威厳をなんとかしろ」
「あはは、本当に紫苑さんはいいお医者さんなんだよ?自分で名医って言って間違いじゃないの紫苑さんくらいですもんね」
「まーね!ちゃんと視察のお礼に快晴殿の定期検診と盈月君の健康診断もバッチリやるから任せてね!道具全部轟に持たせてきたから!」
「マジで死ぬほど重かったんですけど!!」
後ろから口を挟む金髪のつんつん頭を丸無視し、紫苑に視線を投げられた金鳳が穏やかに笑みを浮かべる。
「改めまして太陽の村の皆様、紫苑様の副官兼お世話係の金鳳と申します。短い間ではありますがどうぞよろしくお願い致します」
三指で丁寧に頭をさげた。
「「固い固い固い」」
思わず朔夜と暁が声を合わせ、はっと顔を赤くさせる。
「すごーい!さっきから思ってたけどめっちゃ兄妹だぁ」
「ね、朔夜とつきちゃんってよく似てるよね」
「ふふ、兄弟とはいいものですね」
「金鳳さんにご兄弟はいらっしゃらないんですか?」
「あ、待て盈月」
「えっ?」
「お兄様がひとりいらっしゃいます」
「あっそうなんですね!それじゃ、」
「盈月、この話はやめよう」
「お義父さん?う、うん」
にっこり微笑んだまま表情が動かなくなった金鳳の後ろからそっと、短髪の青年が肩を揉む。
「心嗣?」
「なんでもありません」
ぱちぱちと表情が動いたのを見、再び背後へと座り直した。
「それじゃ先に社殿のお友達から紹介して〜」
「この流れでか」
「なんで?」
「さっきからチラチラしてんじゃねぇか」
「だから?」
「紫苑さん空気読めって言われたことない?」
「あるよ?じゃあ書面にしてって言った」
「そうね…」
微妙な空気の中盈月がにっこり手を挙げた。
「はーい、じゃあ僕盈月です。朔夜の双子の弟です。よろしくお願いします。薄明さんは口説き落としました〜」
「はうっっ!!突然!!!」
「おぉ〜〜」
「なんですかそのおぉ〜って!!塩水かけますよ!!」
「すごいすごい、これが全力の照れ隠し」
「〜〜〜〜?!?!!!」
「りんごみたいになった薄明さんも可愛いよ」
「仲良しで素晴らしいですね」
薄明の為に暁が軽く手を挙げた。
「暁、朔兄と盈兄の妹よ。ここでは攻撃系最高位の守護の禰宜を務めています。よろしく」
「よろしくね!ツッコミ役の暁ちゃん!」
「ツッコミって…ちゃん?!」
「流石最強のお兄様がおふたりもいらっしゃると、妹様もしっかりなさっておられますね」
「えへへ、私の妹でもあるんだよー」
「はいは〜い!皆のお母さん、朝日です〜!よろしくね〜」
「うん!よろしくね。お饅頭美味しいよ!」
「よろしくお願いしますね、朝日様」
「よろしくね〜いっぱい食べていってね〜」
「もう食べてるわね…」
(紫苑が母親という存在に拒否反応を示さないか心配だったが、大丈夫そうだな)
隻眼が一瞬慎重に紫苑を見たが、変わらない様子軽く胸を下ろす。
「あー、攻撃系権禰宜筆頭の曙です。こん中だと俺と玉兎が下士官なので何かあれば顎で使ってください」
「お前違うだろ」「曙君は違うでしょ」
「おっ双子!」
「あ?文句あるか」
「朔夜君一瞬でガラ悪くなるのやめよ?」
「曙様よろしくお願いします。あとでお話しましょうね」
「へ?ういっす」
曙が首を傾げたまま最後に玉兎がへなへなと手をあげる。
「えー今唯一の下士官認定をされた玉兎です…。支援系の隠密術士です。よろしくお願いします」
「よろしく玉兎君!」
「よろしくお願いします」
金鳳が一度全員を見渡しにっこり笑みを浮かべた。
「皆様ありがとうございます。では次は後ろの三人を紹介します」
紫苑と金鳳が場所を譲り、術士団の着物を着た三人が前に出た。
一番端の大柄なつんつん頭の金髪が手を上げる。
「はい!!術士団イ班班長、轟といいます!元々スリやってたのを金鳳様に捕まって術士団に入りました!今はとってもちゃんと戻してます!!馬鹿だ馬鹿だって言われるけどデキるやつなんでよろしくお願いします!!!」
バリバリと音がしそうなほど大声に紫苑が顔をしかめた。
「うっさい!声がでかい!」
「すんません!!」
「そういうところが駄目なんですよ貴方は」
「えーん、紫苑様くらい甘やかして下さい〜」
「……玉兎と曙を足して2で割って玉兎優位にしたら轟かな」
「あーちょっと分かるっす」
「えっ?!俺また馬鹿って言われた?!」
「マジ?!曙と玉兎だっけ?仲良くしようぜ!」
「おう!よろしく!」
「あ、うん」
「なんで曙はちょっと対応塩なんだよ!!」
「うわうるさっ」
「はぁ……次行きますよ」
中央の薄い水色の髪色に濃い青の瞳をした青年が軽く頭を下げた。
「術士団ロ班班長、心嗣と言います。純血の王都結界術士で、結嗣と心春の息子です。俺も妹がいます。団長と副団長とも幼馴染で副団長補佐も兼任してます。副団長に何かあったらまず俺に一報お願いします。よろしくお願いします」
再び丁寧に頭を下げる。
「えー、こいつらで困ったらまず心嗣に言え。一番まともだ」
「クソ真面目でさ〜ちょっとは気の抜き方覚えさせたいからよろしくね〜」
「いつもありがとうございます、心嗣」
「いえ」
「ちなみに金鳳さんには何があるの?」
「金鳳さんは生まれが良くなくて偶に発作を起こしちゃうの。それのことだよ」
「そう。わかった」
「ありがとうございます」
「すいません、お世話になります」
「……生まれな」
「快晴?」
「なんでもない。次は火憐か」
ぱちっと赤い瞳を開き上で一つ結びした赤い髪を揺らした。
「はいはいはーい!ハ班班長火憐でーすっ!狐憑きで火狐のコンがいます!あっ私も双子の妹がいます!雪狐憑きの吹雪っていうの!あ〜吹雪も連れてきたかったぁ!いっぱい遊びたい!あーえーっとよろしくお願いしますっ!」
「お前は何をしに来たんだ」
「あーん護衛だよ護衛!でもこの状況で護衛っている?!だから許可出たんでしょ?ちょっとは遊ぼうよ心嗣ぃ〜」
「鬱陶しい」
「えーん」
「許可?」
「確かに。よく許可が出たな」
「火憐の言った通りだよ。ボクらが軟禁されてるのは有事の際に損なわれてはいけないから。ならボクらが損なわれない状況が成立すれば行けるってこと」
もく、とお饅頭を片手に片目を瞑った。
「こちらの皆さんは私たちよりお強いですから」
「主上も安心で送り出して下さいました」
「うるせぇ奴らはいつも通りうるさかったけど長老様が黙らしてくれましたよ!!」
「お前が煩い」
「一言で切り捨てないで」
「ま!そーいうことで!!」
ぱく、とお饅頭を嚥下し術士団全員で座り直す。
「少しの間、よろしくお願いします!」
笑顔一色の一同に、白黒の双子が色の違う笑みを浮かべた。
「こちらこそ」「よろしくな」
――分かってたんだ、おれも。ごめんな、紫苑。
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