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『二十三話:母の怪』
夜。
皆で向かい合うように置かれた膳の前に座り、紫苑が楽しげに口を開いた。
「でね〜朔夜君てばその時さぁ〜」
「いい加減黙れ紫苑」
顔を赤らめた朔夜が俯きがちに口を挟む。
「ふふ、そういうとこあるよね。朔夜って商店街の人に本当によく可愛がられてるから」
「盈月様は違うのですか?」
こてんと不思議そうに顔を傾げた金鳳に、はっと口をつぐみ、盈月が困ったような笑みを浮かべる。
「んー楽しんでくれたみたいだからあんまり言いたくないんだけど、僕はそこまでなんだよね。その、能無しだからさ」
「一般人が能無しを気にするのか」
「一般人なのに?!ありえなーい!」
「まぁ、ここはそういう土地だから」
「盈兄の凄いところは凄いとこが見えないことだからいいのよ」
「皆がわかってくれれば僕も十分だよ」
「お前たちが楽しめたなら、楽しくない所まで知らなくていいんだぞ」
「それは分かってるから大丈夫。でも実情も知りたいじゃん?視察視察」
「あー暁さんも社殿のお姫様なのに茜様しかお姫様扱いさえなかったり、長く守られてきた分伝統とかそういうしがらみも結構あるんすよ」
「曙も放火魔の印象が強いからいつも市に降りる時は気配薄めてるよな」
「私は別にお姫様って柄じゃないからいいけど」
「俺も放火魔に違いはねぇし」
「えっ曙って放火魔なの?!」
「あれ、言ってなかったっけ」
三者三葉驚いた顔の三人に首を傾げた。
「聞いてないな」
「そうか。俺十二の時連続放火魔で死刑囚になって、今執行猶予で奉仕中」
「思ったより重かった!」
「まぁ曙はうちのカスよりよっぽどマシだから色々あったんだろ」
「お前ら死刑囚を色々で済ませていいの?」
しらっと言ってのける心嗣ににやりとどこか嬉しげな笑みで返した。
「ちなみにうちのカスがこちら!」
「いやー!どうもどうも!」
火憐が手で指すと轟が照れたように頭をかいた。
「照れるような事はひとつもありませんよ轟」
「うっす!」
「轟も元罪人なのか。そういえば朔夜が何か言ってたな」
「此奴は今もだ。轟は雷撃を操り、金子から小銭だけ抜くスリの常習犯で快楽犯罪者。今でも遊び感覚でスって戻して紫苑にシバかれるを繰り返してる」
「とんでもない奴来てるんだけど?よく術士団イ班班長とかできるわね」
「王都は因子主義ですから…轟は60後半と班員内最高因子を持っていますので……その…渋々揉み消しています…」
「轟、なんでやめねぇの?紫苑さんや金鳳さんに迷惑かけてんのはわかってんだろ」
「うぐっ、いや辞めようといつも思ってんだけどつい…小銭を引き抜けた時の臨場感と快感が忘れらんないんだよなぁ…」
「轟くんはスリ中毒というかスリ依存症というか、えーっと…?」
「茜様、なにもごまかせていませんよ。ですがこれは金鳳さんのお出番なのでは?」
「薄明様の仰る通りです。何度も面談をしてようやく分別はついたのですが…スってもいい時がまだ生まれてしまうんですねぇ」
「根が深かったのです…」
「逆になんで曙は辞められたんだ?お前動機は?」
「背信が原因で暴走」
「背信……」
「流石は太陽神の村、と言ったところか。背信が暴走に繋がるとは」
「まぁ俺の未熟だよ。確かに今放火はやっちゃいないが一定条件下で放火狂に暴走する」
「それ放火してるじゃん!!暁様お宅の曙も中々にとんでもない方ですが?!」
「知ってる」
「しってたぁ!!」
「まぁでも曙は魔物しか燃やさなくなったから轟よりマシだ」
「わお安心設計」
「ま、お互い犯罪者同士仲良くやろうぜ!」
「あぁ、うん…」
「えっそんな感じ?」
「曙の塩対応は友情の証だから、な?」
「ま、下士官同士仲良くやろうぜ、心嗣」
「あぁ、よろしく」
「俺は?!」「私は?!」
口に手をあて微笑む盈月がチラリと外を見て快晴に目を合わせた。
「さて、そろそろお開きにするか」
「続きはまたあしたね」
二人揃って静かに立ち上がる。
「でしたら明日は曙様の心を診せて頂いてもよろしいですか?」
「うっす。国一の心治療士に診て頂けるなんて光栄っす」
「じゃあ明日は内部視察だね」
「太陽の村社殿内部視察ですね!楽しみです!」
「攻撃系と支援系以外にも家政担当とか農耕担当とか酪農担当とか商業担当とか、色々あるんだよ〜」
「家政巫女さんはとってもご飯が美味しいです!」
「ふふ、私のお母様が昔の家政巫女頭でね、料理上手だったわ〜」
「それでお義母さんは料理上手なんだよね」
「暁ちゃんも十分お上手よ?」
「わー!楽しみです!」
「また明日ね!」
「じゃ、」
「「おやすみなさい」」
ばらばらと立ち上がり皆寝間へと戻って行った。
―…………!!
何かが聞こえる。
―……が……!
心のどこかが警鐘を鳴らす。
聞くな。聞くな。聞くな……
―なによ、私のせいだっていうの?!
―だってそうだろ!俺もお前も青い目なんて持ってないだろうが!お前が不貞を働いたんじゃないか!!
―そんなわけないでしょう!お爺様が言ってたじゃない!お爺様の曾お祖父様が青い目だったって!貴方の血筋よ!!
―冗談じゃない!よりにもよって現人神様と同じ瞳だなんて身の程知らずにも程がある!御祭神様のお怒りが俺たちにも下ってしまう!!
「おとうさん……あの、ぼく、おなかすい…」
小さく震える手で袴をつまむと見下す顔が嫌悪に歪み、そのまま襟首を捕まれ押し入れに投げ入れられた。
「あうっ、いたい…」
「身の程知らずが!二度と出てくるな!」
スパン!と押し入れを閉められ、視界が暗闇に包まれる。
「くらい、こわいよぉ、おとうさん、ごめんなさい、ごめんなさい…」
謝れど謝れど、扉は固く閉ざされて開かない。
「くらいのこわいよぉ、おとうさん、おかあさん…ごめんなさい……ぼくもう…おめめいらないから、なくていいから……ここからだして……こわい…くらいの…こわいよぉ……」
それから排泄物の臭いに気付いた使用人が閂を外すまでの数日、誰にも気付かれることなく、ただ、暗闇に押しつぶされていた。
「うわああああっ!!」
勢いよく体を起こすと目前の暗闇に歯を食いしばって枕元の赤札を握りしめる。
「火を灯せっ!!」
瞬間部屋中の至る所に置かれた灯りの類いがいっせいに灯り、部屋を日中同然に煌々と明るく照らした。
「はぁ、はぁ、はぁ……だっせぇ……」
自嘲気味に顔を、瞳を片手で覆う。
「いつまで引き摺ってんだよ……馬鹿か」
首筋からつぅっと流れる汗が不快で雑に寝間着で拭う。
「……着替えるか」
起き上がり手早く支度をして外に出た。
冷たい外の風が心地よく目を細めるも、月のない夜闇に反射的に煙草へ火をつける。
ふぅー、と長く夜空を燻しては火口を赤く染め上げた。
(散歩…じゃねぇや、見回りいくか。見回り)
煙草を咥え外へ出るため一歩踏み出した、瞬間。
ガラガラガラ!
目前の扉が音を立てて開き、そのまま中から伸びてきた手に足を掴まれた。
「び…っくりもしねぇわ、今更。お前いい加減にしろよ、玉兎」
「おまえにいわれたくねー……」
隣室の玉兎が寝起きのまま地べたに這いずり曙の足を掴んでいた。
「これもう七不思議だろ。権禰宜宿舎七不思議、深夜に伸びる手。七不思議にされろ」
「おまえまた寝らんなかったんだろ」
「……まぁ」
図星をつかれ、短く返事を返す。
「叫び声が聞こえた」
「…起こしたなら悪かったよ」
「曙、お前いい加減快晴様に相談しろよ。元から不眠症なのにあの子が来てから悪夢が増えてろくに寝れてないじゃん」
「優杏が悪いんじゃない」
「あの子が悪いって言ってんじゃない。最近お前の不眠症が酷いっつってんだよ」
足を掴まれたままため息のように煙を吐く 。
「大体お前の目付きが悪いのって不眠症の寝不足のせいだろ。快晴様も薄々気付いてるけどお前が相談するのを待ってるだけだって」
「…心配かけたくない」
「もうかけてるっての。最近睡眠時間三時間切ってるだろ。前髪で隠してるみたいだけど目付きやべぇぞ」
「はぁ……じゃあわかった。明日、いやもう今日か。今日金鳳さんの診察の時言うよ。最近マジで寝れねぇのはさすがにしんどいし」
「絶対だな?」
「絶対」
「よし」
「何がよしだ。満足したなら手離せ。俺は見回りに行く」
「一人で見回りとか危ないだろ!俺も行く!待ってるって言うまで手は離さねぇぞ!」
「はぁ……たく、三十秒だけ待ってやる」
「なんか短くねぇ?!」
「いぃ〜ち、にぃ〜〜」
「鬼ぃ!!」
慌てて引っ込める手とともに吹き抜ける風にふっと表情を緩めた。
「マジで三十秒で支度させられた……」
「寝間着脱ぎ捨てて白衣と袴着るだけだろ。よゆーよゆー」
「ちくしょうめ」
ふっと曙が吐いた煙がかかり、玉兎が黙って手で払う。
(玉兎は日中歩き煙草してると怒るけど、夜は払うだけで何も言わない。俺が灯りを欲しているとわかってるから。俺が暗所恐怖症で不眠症な事を知ってるのは、玉兎だけだ)
他の人間には断固として隠してきたこのふたつを、玉兎は持ち前の距離の詰め方で無理やり看破した。
(快晴様は俺が知られたくないと思ってる事は気になっても薄々気付いてても聞かない。それが快晴様の優しさ。だけど、だからこそ打ち明けるのは……)
「なぁ曙聞いてる?」
「聞いてない」
「まっすぐに答えんな」
「悪いって……ん?」
風の中に何かを聞き取った。
―……けて、たすけて……
「っ!!」
ばっと反射的に声の方に足を向ける。
「曙?!」
「誰かが助けを求めてる!」
「まじかよ!」
森の奥へと走り抜けると、一人の女性が座りこんでいた。
「大丈夫っすか!!」
「うぅ、助けてください……足が、」
「ありゃりゃ、獣取りの罠にハマっちゃったんですね。すぐ取ります!」
玉兎が罠をこじ開け、曙が体ごと抱え足を取り去った。
「玉兎、治せるか」
「んー結構歯がくい込んでたっぽいから救急箱がいるな。お姉さんどうしてここに?」
「太陽の村に行こうと歩いていたら迷ってしまって…夜になって急いでいたらこれに足を挟まれてしまって……本当にありがとうございます。なんていい子たちなのかしら」
するりと頬を撫でられ、女性と目が合う。
(あれ、この人……めっちゃ美人だ……)
「お姉さんめっちゃ美人っすね」
「曙?!」
(日頃そんな事言わないのに…つか美人だけど、そんなかな?暁さんの方が美人だと思うけど…)
玉兎が首を傾げていると女性がにっこりと蕩けるように笑みを浮かべた。
「ほんとう?ありがとう、嬉しいわ。貴方はそっちの子と違ってとってもいい子で…とっても可愛い…ねぇ、」
頬に手をあて顔を抑えたまま、耳元に口を近づける。
「お母さんって言ってご覧?」
ブワッ!!
瞬間、女性の身の内から邪気が溢れた。
「っ!!此奴!!」
女性の背中から先だけ黒い白い翼が生え、空気と姿が一変する。
上裸に羽で胸だけ隠し、赤い着物を腰に巻き、真っ赤な鳥の足へと変化した。
「此奴魔物…しかも、」
「お…おか…おかあ、」
「曙っ!!」
ぼんやりと口を開閉する曙の口をぎゅっと塞ぐと、曙の瞳に正気が戻った。
「っ!!」
(いま、お母さんって言いそうになった…!耳元で囁かれただけで!!)
((此奴やべぇ!!))
動揺が走る二人の前で角隠しを被った女怪がうっとり笑みを浮かべる。
「初めまして坊や達。私は常闇様が側近、五宝五将が一翼、真珠のウトリと申しますわ」
手を添えた首元の真珠の首飾りがつるりと輝いた。
「ねぇ可愛くて可哀想な坊や、お母さんの子になりましょう?」
「こ、ども?」
声に惹かれるようにそっと玉兎の手を外し呟くように言葉を返す。
「そう。私は母の怪。親の愛を知らない可哀想な子のお母さんになるのが私の性。ねぇ、愛されたいでしょう?愛してあげるわ、心の底から。私も貴方を愛したいの」
「話をきくな!!っ!?」
曙の手を引き口を塞ごうとするも、全身赤い靄でできた子供達が体を登って手足を縛り、今度は自分が口を塞がれた。
「おかあさんのじゃまは、だめー」
「だめー」「だめー?」「だめー!」
(くっそ、力強っ、曙!!)
声を掛けられれば掛けられるほどぼんやりと瞳は虚ろになる座り込む曙の前に、ウトリがしゃがみ優しく壊れ物のように抱きしめる。
「ねぇ、お母さんって言ってご覧?」
「お……おか……おかあ、さ……ん」
「可愛い子、私の曙。これで契約成立ね」
ちゅ、と曙の額に口をつけるとそのまま体がぐらりと揺れ、ウトリの胸の中に倒れ込んだ。
「曙ぉっ!!」
なんとか口だけ剥がすも、身動きひとつ取れずそのまま地面へと押し付けられた。
「うるっせぇ餓鬼だな?ぶっ殺すぞ」
「ウトリはめーっちゃいいお母さんだからぁ、心配せんでもだいじょーぶなんよー」
「ソレ タブン ダイジョウブチガウ」
「あれぇ?」
「ふふ、曙ったらぐっすり寝ちゃったわ。よっぽどお眠だったのね。かわいい」
「ねーむれ〜ねーむれ〜」
「ネムネム…」
「お前が寝てどうすんだよ」
(なんだ?!なんなんだコイツら!!!)
「私達は常闇様が側近、五宝五将と申します」
(な……今こいつ、心を…?いや、そんな、)
「しかしもう一人居たとは好都合ですね」
「此奴使うか」
「はい」
ざくざくざく、と草を踏む複数の足音と同時に視界に白い馬の足が映る。
(うま?……な!!)
そのまま首を傾げると、夜に慣れた目を見開いた。視界に映ったのはウトリと言った女怪を含めた四体の異形。
左右合わせて六本の腕を持ち、足すら腕でできた剛腕の異形。
半透明な水分で洋装をした海月の怪異。
そして黒い外套を着込んだ半人の白馬。
(嘘だろ…人語を解するのは最上位の魔物、それが四体も、やばいやばいやばい!!これやばいですご当主さ、)
「おやすみなさいませ」
ぷつん、
明朝、森の中に倒れた玉兎が発見された。
傍らには途中で火の消えた煙草がひとつ、ぽとりと落とされていた……。
――馬鹿で能天気な玉兎が、まさか生を捨てたなんて事は…考えられなくて…
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