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『二話:団子屋事件簿・後編』
「んー、いい天気っすね。掃除日和」
サッサッサッ、
落ち葉を集める箒の先に子どもの足が当たった。
「おっと、悪いな坊主」
「んーん!お兄ちゃん神社の人ー?」
「そうだよ。どうした?母ちゃんとでもはぐれちまったか?」
「お兄ちゃんにこれ!」
小さな手が折りたたまれた紙を差し出す。
「ん?……なっ?!坊主これどうしたんだ!!」
「お団子屋さんのおじちゃんにお願いされたー。お団子もらったー」
嬉しそうな頬に冷水でも浴びたように血の気が引いた。
「っ!わかった。ありがとな、坊主。折角だし饅頭くらい食べてけよ」
「わぁーい!」
周囲を見渡し社頭に立つ巫女を見つける。
「おい!ちょっといいか!」
「はっはい!」
「この坊主に茶菓子出してやってくれ。……ついでに体に異常がないか少し様子見て両親呼べ」
「権禰宜筆頭それは、」
「俺は宮司様方の元へいく。この事は茜様達にも伝えてくれ」
「はい!」
「頼むわ」
言うやいなや、赤い炎に人影が呑まれ消えた。
ー宮司執務室
「薄明さんが?!」
「はい。これを、」
広げた紙を差し出した。
ー前略、現人神様。
この度、宮司補佐の薄明様をお預かりしております。ゆっくりお休み頂いているだけですのでどうか御安心下さればと存じます。
私めからのお願いはひとつ、御祭神様からの平等な加護を頂きたいのです。
彼の商売敵は長く続く老舗、毎度神社様に執拗な贈り物を送り、その結果大きな加護と繁栄を得ておられます。
私のような来たばかりの小さな店ではそのような賄賂をお贈りする余裕もなく、十分な加護が頂けていません。
この村は新参者にも旅人にも平等な加護をお与え下さると謳っておきながら、このなさり様はあんまりではございませんか。
是非とも御祭神様に近しい日の現人神様とお話がしとうございます。今晩、我が店の2階にて鍵を開けてお待ちしております。
読み終わるや否や、ぐしゃりと紙を潰した。
「なんだこれ。全部妄想じゃねぇか。大体なんで盈月じゃなくて快晴なんだよ!」
「僕はまだ村の人には宮司とは認めて貰えてないからね…」
「昔から偶にいるんだよなこういう加護と繁栄を履き違えてる奴。大体は大それたことをやらかす前に不満を言ってくるんだが…ここ数年それどころじゃなかったからな」
「薄明ちゃん、大丈夫かなぁ…」
「薄明は五行術士ではなく召喚術士だ。魔術書を取り上げられちまったら何も出来ねぇ。人選も最悪だな」
はぁ…と重たく快晴がため息をついた。
「俺にそんな現人神の力なんてねぇんだがなぁ」
「どちらかというと私の仕事なのに…」
「お前の信託の巫女たる力の内情は隠し通してるからな。村の連中からすると現人神が俺でお前は俺の娘としてのお姫様なんだろう」
「うん…ごめんねお父さん…」
俯く茜の髪をぽんぽんと叩き、重い腰をあげる。
「さて、じゃあ準備すっかな」
「快晴、要求に応じるつもりか」
「当たり前だ、薄明の安否がかかってんだからな。話すくらい安いもんだ」
「でも、絶対それだけじゃないよ?」
「ま、なんとかなるさ。曙、」
「はっ」
「暁に話を通しておいてくれ。件の団子屋に攻撃系でも気配を消すのに長けた術士を配置しろ」
「承知しました」
「お義父さん…」
「気にすんなって、お前に非はねぇよ。ま、任しとけ」
にやり、笑って羽織を整えた。
ぐらりぐらり、意識が揺蕩う。
あれ、何してたんだっけ……
眠い…もうちょっとだけ…
確か…今日おやすみで…お団子食べてて…
お団子……
「っ!!お、お団子!!」
パチリと目を開くと男性がこちらを振り向いた。
「おはよう薄明ちゃん。大丈夫?気持ち悪いとか頭が痛いとかないかな?」
「おじさん…?そういうのは別、なっ!」
立ち上がろうとして動けない自分にようやく目がいく。大黒柱のような太い柱にぐるぐる巻きにされているようだ。
(ま、魔術書!魔術書は?!)
「捜し物はこれかな?」
壁に立てかけられた見慣れた魔術書をこんこんと叩いた。
「薄明ちゃんはこれがないと何も出来ないんだよね?」
そのまま手に持った蝋燭を悪戯に近付ける。
「やめてくださいっ!どうしてこんなこと、」
「言っただろう?決心が着いたって。薄明ちゃんのお陰だよ。だっておかしいじゃないか、僕の店は全然人が入らないのに向こうの店ばっかり大繁盛してさ。この村には誰でも、僕みたいなクズでも加護が貰えるって聞いてたのに。不正なんて許せないだろう?」
「不正なんてっ!」
「あぁ、勿論そんな簡単に事が運ぶとは思ってないさ。だから言ってるだろう、君のお陰だって。ほら、これ見てよ」
袖口から小さな遮光瓶を取り出した。
ちゃぽん、と中で液体が揺れる。
「それってまさか、」
「薄明ちゃんはこれでぐっすり寝ちゃったけど気分が悪くなったりもしなかったんだよね?彼の言った通りだ」
「彼?」
「僕に色々教えてくれた親切な人が居てね。薄明ちゃんのお団子に入れたのはこれを薄めたものだよ。薄明ちゃんがもし原液を飲んじゃったら二度と目が覚めなかったかもしれないねぇ」
ひゅっと細い息を必死に飲み込む。
蝋燭しか灯らない薄暗い室内で反射的に体が震えた。
「今ね、現人神様を呼んでいるんだ。日の現人神様は高因子、だよね?」
「まさか!!」
「君を攫って今後村で上手くいくなんて思ってないさ。別の村で新しくやっていく為の活動資金に、現人神様を頂くよ」
「快晴様を?!」
「知らないのかい?まぁ僕も教えて貰ったんだけど。現人神様って高級品なんだってよ。競売所に売りつければ一生遊んで暮らせるらしい。加護をくれなかった御祭神様のせいなんだから現人神様くらい貰わないと釣り合わないよ」
手を握りしめられず、代わりにぎゅっと歯を噛みしめる。
「違います!全然違います!!御祭神様の加護はそんな便利なものじゃないんです!頑張った先にほんのちょっと貰えるご褒美みたいなもので、」
「じゃあなんで僕はご褒美さえ貰えないんだ!!こんなに頑張ってるのに!!」
いつも穏やかに笑う男性の苛立たしげな激昂にびくっと身を引いた。
「おじさん…」
「頑張ってる奴が全員報われるのなら、この世に神は要らねぇんだよ」
「「っ!!」」
ギシギシと木造階段を軋ませながら暗い室内に姿を現す赤髪の大男。
「快晴様!!」
「よぉ薄明。元気そうだな」
「快晴様申し訳、」
「僕を無視しないでほしいなぁ」
苛立たしげに薄明の前に立ち塞がった。
「お初にお目にかかります、現人神様」
「大宮司、快晴だ。話は大体聞かせてもらった」
「そうですか。それは話が早い。ではどうして僕には御加護が頂けないのですか」
「馬鹿言え、お前にも加護は例外なく付加されている。だから、お前の店は潰れるほど客足が遠のいてる訳じゃねぇだろ?」
「っ!!」
「お前の店だって薄明のような常連に愛され、少ないながらも経営出来てる。立派な加護だよ」
「けど!!だって彼奴らは!!」
「そうやって他店と比べて自分の店を下に見て、あまつさえお前の団子を愛した薄明を蔑ろにして…全てを駄目にしたのは誰だ?お前だけだよ」
男性の顔が一気に赤く染る。
「う、るさいうるさいうるさい!!僕だって頑張った!僕だってもっと売れる団子を作ろうと、必死で、」
「それが、間違いなんじゃねぇのか。お前の団子は素朴でどこか懐かしい味だと薄明が言っていた。誰もが美味いと言わずとも味を分かってくれる常連さえいりゃ生計は立つ。それで、お前はお前のままでいいじゃねぇか」
「っ…」
歯を食いしばり俯く店主の後ろで薄明が静かに頷いた。
「私は、おじさんのお団子好きです」
「っ!!薄明、ちゃん…ごめん……でも…僕はもう戻れないんだ。彼と約束してしまったから」
「彼?」
「薬や情報の見返りに現人神様を寄越せと。そうすれば一生遊べる財をくれるって」
「其奴の名は」
「そ、れは、か、っ!!ゲッホゴッホ!!おえっ!」
突如男性が胸を抑え蹲り、ごぽり、真っ赤な液体が口から溢れた。
「おじさん!!」
「どうした!!」
慌てて駆け寄り治癒術をかけるも、
(これは…遅効性の毒か!くっそ、もう全身に回ってやがる…!!)
「おい!!しっかりしろ!!助かる!助かるから気を強く持て!!」
「おじさん!!しっかりして!!」
必死に紐を抜けようともがくも紐は切れない。
「はく、めい、ちゃ…ごめ…ね…」
「おじさぁぁん!!!」
―該当団子屋、屋根の上
『暁よ。状況は』
「っす。事件は収束、快晴様薄明様共にご無事です。犯人一名重症。毒物による口封じと思われます。現在快晴様が治療中です」
『支援系一位のお義父さんが治癒してるならこれ以上の医療班は要らないわね。担架と人足を派遣するわ』
「よろしくお願いするっす」
『ご苦労様、曙。こういうのは平の仕事なんだけど、薄明ちゃんだし、うちで一番隠密に長けてるのは曙だからね』
「玉兎には負けますけど彼奴支援系ですしね。流石に暁さんや朔夜様を出す訳にはいきませんから」
『助かるわ。じゃ、戻ってきて』
「はっ」
ふわり、煙のように人影が消えた。
あれから社殿に運ばれた男性は、一命は取り留めたものの、綺麗にここ1年ほどの記憶が抜け落ちていた。
「記憶消去の魔術薬の可能性もあるな。記憶を壊す術式が組み込まれている複合合成剤だ」
「でも、お義父さんを襲わせようとした誰かが居るって事だよね…」
「ま、そういうこったな」
「それは兎も角」
快晴、朔夜、盈月の前に綺麗な土下座をする薄明。
「この度は!大変ご心配とご迷惑をお掛けしました!!」
「お前には守秘義務についてしっかり教え込む必要がありそうだ」
「ひぃぃ!ごめんなさぁぁい!!」
「いい?誰でもお家の事を喋らない。僕らの話をしない。薄明さんの身を守るためだからね?」
「身をもって学習しました……」
「俺達名前が広がってる分、狙ってやってくる奴もいるからな」
「はい…」
しおしおと立ち上がる薄明を盈月が優しく撫でた。
「ま、一個ずつね?」
「はい…!」
「ふふ、じゃあ気を取り直して噂のお団子屋さん行こっか」
「だな。また同じこと繰り返されても堪らない。記憶を失った今のうちに社殿の信頼を上げておくべきだ」
「自分の味に自信を持ってくれればいいね、薄明さん」
「はい!!私はあのお団子屋さんげきおしですので!」
「うんうん」
久々の村に浮き足立って先頭を歩く盈月。
その先、階段を上って来る男性が見えた。
(ん?)
本来ならそのまますれ違う筈の男性が盈月の方へ揺れ動く。
手元に見えるのは、鈍色の輝き。
「っ!!盈月!!」
「えっ?」
瞬間短刀を突き立てようと男性が走るも、地面を蹴って盈月の前に飛んだ朔夜の速さに勝てなかった。
そのまま短刀を叩き落とされ地面に組み付される。
「くっそっ!!ぐっ!!」
「俺の盈月を傷つけようなんざ、いい度胸じゃねぇか」
「っ!!」
ギリギリと地面に押し付けられ息もままならない。
「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」
ざわり、肌が泡吹くような殺気が流れる。
「ひぃっ!」
「朔夜!落ち着け。ただ殺してどうする」
「っ!悪い」
「盈月様!ご無事ですか?」
「僕は、大丈夫、ちょっとびっくり、しちゃっただけ、」
「もう大丈夫ですよ」
浅い息の背中を優しく摩った。
緩んだ空気の中、抑えられたままの男が堰を切ったように狂った声を上げた。
「は、はははは!!何言ってるんだ?お前が!お前が全部悪いんじゃないか日の現人神!!殺してやる!殺してやる殺してやる、赤星の龍!!!」
「なっ!!」
「何言ってんだ此奴」
ため息をつく朔夜の後ろで静かに快晴の顔が凍りつく
「まだ生きてやがったなんて!!あの時死んだって噂まで流してのうのうと生き延びてやがって!!俺の全てを奪ったくせに!!死ね死ね死ね死ねぇ!!」
「黙れ」
「んぐっ」
口を塞ぐように地面に押し付けた。
「赤星の龍ってご存知ですか?」
「知らない」
「人違いかな…」
「なんとはた迷惑な!」
「…快晴?」
一人静かな快晴が静かに男に近付く。
「…赤星の龍は、死んだ。お前が狙ったのは息子だ」
「「っ!!!」」
朔夜達ばかりか犯人まで驚愕に顔を歪める。
「嘘だ、だって、彼奴だって、あの人が、」
「もう何年経ったと思ってんだ。…お前の時は止まったままか」
「あ、あ、あああああああああ!!!」
「すんません遅くなりました!何事っすか?!」
駆けつけた権禰宜に連行された犯人は既にもう茫然自失状態に近かった。
―宮司執務室
「快晴!!」
「朝日」
悄然と座り込む快晴に朝日が毛布を持って駆け寄った。
周囲には朔夜、盈月、薄明、曙だけでなく、茜に暁、玉兎まで呼ばれている。
「一体何があったの?」
「盈兄が襲われたんじゃないの?」
「盈ちゃんが?!怪我はない?!」
「僕は大丈夫なんだけど…お義父さんが、」
「お怪我をされた訳では無いんですが…」
「どういうこと?」
「つか何で俺まで呼ばれたんです?」
「…赤星の龍か」
朔夜が快晴を見ると静かに頷いた。
「赤星の龍…!!」
「お母さん知ってるの?」
「もしかして……父さんの事?」
「なんで盈月君が知ってるの?!」
「うわっ、あの、」
勢いよく体を捕まれ思わず視線をさ迷わせる。
「朝日さん、それは、」
「俺が口走ったからだ」
「快晴…!!」
「皆に集まって貰ったのは他でもない。赤星の龍について……もう知るべきだと思ったからだ」
「お、俺も居ていいんですか?関係あります?」
「あぁ、ここに居る全員が関係者だ。多分今が好機だ。これを逃すともう一生話さない気がする。今まで…この事は墓まで持っていくつもりだったから。それが、俺と星辰の約束だったから」
「父さんと快晴の、約束……?」
「そう、これは…この村の闇の歴史についての話になる」
「闇の、歴史…」
「あれは、朝日と俺と星辰が十の頃…まだ俺が現人神だった時だ…」
静かに目を瞑り、過去に思いを馳せる。
――今思えば、全ての始まりは俺だったように思う。
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