一章:祝福の太陽と血濡れの満月

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『四話:赤星の龍』 恐怖を捨てよ。  己を斃せよ。  我らは夜闇。  天に輝く日輪と地に生い茂る民草を  守るべくの歯車なり。  ―三十六年前  国境の村近郊、深夜。  小柄な人影が草むらを駆けた。  肩に止まる赤い瞳の烏がちらと隣を見る。 『夜闇壱番、間もなく目標地点です』 「了解しました」  明かりの漏れる廃屋が視界に入った。 『時間です。作戦を決行してください』  黒い外套の頭巾をぱさりと被る。 「承知しました。夜闇壱番、作戦を決行します」  コンコン、 「誰だこんな夜更けに、あ?ガキ?」  一線 「ぎゃああああ!!!」 「なっ、敵襲か?!ぐあああ!!」 「くそ、相手はガキ一人だ!!殺せ!!」 「うわああああああ!!」 「来るな来るな来る、ぎゃああああ!!」 「嘘だろ……真逆お前が……」 「赤星の……龍……」  しんと静まり帰った真っ赤な室内で一人、白銀(はくぎん)色の短刀から滴る血を紙で拭った。  はらり、空に舞う紙が炎と化して脆い家屋を赤く燃やす。 「おやすみなさい」  外套を翻し、白い更地を後にした。 ―月夜本邸 「おかえりなさいませ、星辰様」  夜空色の髪の男性が穏やかに頭を下げる。 「ただ今戻りました、昴さん」  血塗れの外套を渡すと、優しく頬を撫でられて体の血糊が水に溶けた。 「ありがとうございます。清めの術くらい出来ればいいんですが…僕は殺ししか出来ないからなぁ」 「そんなことありません。星辰様の攻撃術式は既に夜闇最強、つまりは村最強ですから」  パタパタ、という羽ばたきと共に木に止まっていた烏が肩に乗る。 『星辰、烏夜に報告しにいかなくていいのか』 「ヨル兄さん、そうだね」 「ヨルはなんと?」 「母上に報告いけって。行ってきます」 「…左様ですか。行ってらっしゃいませ」  前をあけ、不安げに小さな背中を見守った。    ―総督執務室  コンコン、 「母上、失礼致します」 「どうぞ」  室内へ入ると闇色の髪と瞳を持つ短髪の女性が机に向かっていた。  こちらを見ない様子も慣れたように膝を付き頭を下げる。 「夜闇筆頭壱番、ただ今帰還致しました」 「報告を」 「はっ、人身売買組織構成員10名、ご用命通り全て抹殺しました。彼らの所持していた資料からやはり狙いは快晴様であったと思われます。資料ごと焼却処分致しました」  淡々と、しかし何処か期待を孕んでいるように時折チラチラと烏夜を見上げた。 「そうですか。ご苦労さまです。下がって結構です」 「…はい。失礼しました」  静かに戸を閉める。  烏夜がこちらを見る事は無かった。  ――夜闇。  常闇強襲まで存在していた月夜の術士集、その前身。  しかし捕縛を目的とした術士集と違い、夜闇の目的は日輪と村の外敵となる存在を暗殺抹殺する事を目的とした殺戮集団。有り体に言えば国境の村の暗部である。  歴史は長く、夜闇はより強力な人材の育成の為ご法度とされている幼児からの術士教育を一部黙認している。  夜闇が村の外の外敵を排し、社殿神職が村内部を守護する。この構図により永きに渡り守られてきたため、夜闇の所業に日輪は不可侵である事が暗黙の了解とされている。  尚、夜闇は先代当主星辰の手により解体され、後釜として編成されたものが月夜の術士集である。  暗く長い廊下を独り歩く。 「…このくらい、出来て当然だ。僕は母上と父上のこどもなんだから。因子九十、国内最強の戦士なんだから…」 「星辰様!」 「昴さん?まだ何か」 「お部屋に居られないので探しましたよ。朝までもう暫く時間があります。汗を流してお休みに、」 「いいえ、日が昇るまで鍛錬してから汗を流して快晴様の護衛にあたります」 「それでは睡眠時間が!昨日だって満足にお休みになっておられないではないですか」 「構いません。因子が高いので苦にもなりませんし」 「星辰様…貴方も快晴様と同じ十歳です。まだまだ育ち盛りなんです。きちんとした睡眠と食事を取らなければ、」 「快晴様と僕が同じ?笑わせないでください」  十歳とは思えぬ顔付きで冷笑する。 「快晴様は日輪様、母上の大切な紅輪様の忘れ形見です。僕とは違う」 「星辰様……」 「失礼します」  パタン、  地下演習場への扉が閉められた。  明朝  社殿、直系移住区  縁側に座り足をふらふら遊ばせる少年の元に近付く。 「おはよう快晴」 「星辰!おはよう!!」  花が咲いたように優しく微笑み廊下に立ち上がった。 「待ってたぞ!早く部屋に行こう!」 「うん、おまたせ」  縁側で下駄を脱いで快晴の後を追う。 「朝日は?」 「もう学舎に行ったぞ。帰ってきたら一緒に遊ぼうって」 「分かったよ」  ほわほわと気の抜けた笑みに柔らかい笑顔で返した。 ―快晴の部屋  こどもが4人は寝れそうな大きな寝台と一級品の家具。真ん中の机の前に座っていた女性が笑いかけた。 「快晴様、星辰様、お待ちしておりました」 「陽菜ー!おはよう!」  元気よく抱きつき、陽菜が受け止める。 「おはようございます、快晴様。ささ、お勉強のお時間ですよ!」 「はうっ」  快晴を座らせ、立ち上がって教鞭をとった。 「んーー……できた!」  机に向かっていた顔が元気よく起き上がる。 「快晴様お早いですね!見せてください」 「はい!陽菜!」 「へ?」  課題の書かれた紙の上に写実的な陽菜の顔が描かれていた。 「うまっ!!じゃなくてですね!快晴様!!」 「ぶぅ……」 「快晴様はいずれ我らが長になるお方。読み書きは勿論たっっくさんお勉強していただく事があるんですよ!その為にこうして私めが専属教師としてですね、」 「わかったわかった。んもーやるよぉ…」  渋々鉛筆を持ち直し課題に向かう。 「全く。星辰様はこんなに真剣に……本読んでるじゃないですか!!」  静かだった星辰の方を見ると課題を置き文庫本を何食わぬ顔で捲っていた。 「星辰様!何をお読みになっているんですか!!」 「萌さんの新刊。面白いよ。陽菜はもう読んだ?」 「読んでません!!」 「そうなの?旦那様の唯一の特技なのに。唯一っていうか、芸事」 「萌なんてどうでもいいんです!今は!」 「わかってるよ。はい」  ぱさ、と自分の課題を陽菜に渡す。 「えっ?」  恐る恐る中を開けると、 「えっ?!」  課題に出したのは最初の一頁だけにも関わらず、最初から最後まで全ての課題が終わっていた。素早く採点するもひとつの間違いもない。 「……完璧です」 「どうも。じゃあ読書に戻ります」 「うう…はい」  反論できず諦めて首肯する陽菜ににこにこ嬉しげな笑みを浮かべた。 「さすがは星辰!俺一番の親友だ!!俺も星辰に負けないように頑張らないとな!!」 「偉い!お偉いです快晴様!」 「陽菜!わかんない!」 「ここはですねー」  (一番の親友……ね)  一生懸命机に向かう二人を本越しに一瞥する。  (ま、快晴様にご満足頂けるなら僕はなんでもいいよ)  意識的に二人を切り離し本の世界へ没頭した。 「たっだいまー!!」  縁側。湯のみとお茶菓子を傍らに座る2人の元へ、元気いっぱいに駆け寄る。 「「おかえり朝日」」 「朝日おかえりなさい。手は洗った?」 「洗ったよ!私もおやつ食べたい!」 「今持ってくるわね」 「はーい!」  台所へ向かう陽菜に元気よく手を挙げた。 「あっ星辰!今日朝遅かったじゃん!会えなかった!」 「ごめん、準備に手間取ってさ」 「もー。快晴も星辰も学舎に行ければいいのに」 「快晴は現人神様だし、僕は因子最強だからね。ほかの子ども達を危険に晒してしまうかもしれないからしょうがないじゃない」 「自分も子どものくせに!」 「まぁそう怒るなって。星辰は月夜邸から来てるんだから時間かかるよ」 「むぅ」 「お詫びと言ってはなんだけど朝日がしたい遊びしようよ」 「んーじゃあ、蹴鞠!」 「いいよ」 「んえぇ」 「快晴もやるの!行くよ〜」  ぽんと蹴った鞠が目前の星辰の足元に落ちる。 「よっと、」  軽く隣へ蹴り、快晴の前で鞠が止まった。 「う、うーん、えいっ!あうっ」  勢いよく蹴ろうと足をあげ、そのままつるっと転ぶ。 「快晴大丈夫?」 「うぅ…おしり打ったぁ…」 「もー!快晴ってほんと鈍臭いんだから!同い年なのに星辰は運動も出来るし勉強もできるってお母様が言ってたわよ!快晴も見習いなさいよ!」 「うぅ……だってぇ…」 「まぁまぁ、そう怒らないでよ。快晴は現人神様として素晴らしい力があるんだから勉強も運動もできなくたっていいさ。その分僕が快晴を守ればいい」 「星辰はすぐ甘やかす!」  頬を膨らませる朝日に星辰の手を借りながら快晴が立ち上がった。 「俺も星辰みたいになりたいなぁ」  しょんぼり項垂れる横顔にぐっと歯を噛み締める。 「……僕みたいになっちゃ駄目だよ。快晴は今のままですごいんだから」 「そぉかなぁ…」 「じゃあ、快晴もう一度やってみなよ。君だって高因子なんだ、きっとできるよ」 「そ、そうだな!よし、えい!」  ぽーん、 「あ、」  力いっぱい蹴った鞠はそのまま林の奥へと消えていった。 「快晴ー!!」 「ご、ごめん朝日…」 「あれお気に入りだったんだから!ちゃんと取ってきてよね!」 「うぅ、わかった…」 「僕も付き合うよ。朝日、すぐ戻るから」 「も〜!!」  ふくれっ面の朝日を背中に、ザクザクと竹の葉を踏みながら鞠を探す。  幸い広い竹林のお陰で視界は開けていた。 「ん、あれ、」 「快晴?」  開けた視界の先に人のようなものが横たわっている。 「誰か倒れてる!!!」 「快晴!!待って!!」  弾かれたように駆け寄るとぐったりと倒れ伏す女性が竹の葉に埋もれていた。  (この傷、魔物だ。荷物から見て行商人か…て) 「快晴!触ったら駄目だ!誰か人を、」 「まだ息がある。俺なら助けられる」  制止を無視し、頭を膝に乗せて両手で女性の手を握る。繋いだ手から全身が柔らかい炎に覆われ傷に染み込んでいった。 「大丈夫だ、すぐ良くなるぞ」  そのまま傷が無くなるまで、十歳とは思えぬ慈愛に溢れた優しい笑顔で女性の手を握り続けた。 ー社殿 「快晴!」 「父上」  担架で運ばれる女性を横目に、玲瓏が小走り気味に駆け寄ってきた。 「状況は」 「竹林に重症者1名。倒れている所を快晴と僕で発見し、快晴が僕の制止を振り切り治癒術を施しました」 「うっ」  玲瓏の問に星辰が淡々と答え、快晴がそっと顔を背ける。 「女性の傷は完治、数日休めば復帰できるかと」 「そうか。はぁ……快晴、儂の言いたいことはわかるな?」 「……勝手に、治癒術使って、ごめんなさい…」  左右にはねた毛がしゅんと垂れると玲瓏が静かにため息をついた。 「快晴、お前の力は我が神からの贈り物だ。お前のものであっても、誰彼構わず使われていいものでは無い。…だが、お前のお陰で一人の命が助かったことは確かだ。よくやった」 「っ!うん!ありがとう父上!」  ぴょこん!と上がった毛の間をさわさわと撫でる手にすりすり懐く。 「やれやれ、甘いですね」 「星辰、お前にはいつも苦労をかけるな」 「別に。それが僕の仕事ですから」 「……そうか」  物言いたげな目線を避け、一人林の竹に寄りかかる。  目線だけで事の顛末を見守り、 「…昴さん」  声だけ背後の影に声をかけた。  ぴちょん、  影が波打ち片膝をついた昴が姿を現す。 「星辰様」 「何か」 「今晩のお務めについて変更点です」  さっと下げた手の下で小さな紙が交わされる。 「随分増えましたね」 「追加人員があったようです」 「そうですか。わかりました」 「それでは、失礼します」  ぴちょん、 「星辰ー!」 「快晴?どうしたの」 「ほら!朝日の鞠!見つけたから返しにいこう!」 「そうだね」 「そういえば、今誰かと話してなかったか?」 「いや?気のせいじゃない?朝日待たせてるし行こう?」 「うん」  さわさわと影の揺れる竹林を足早に後にした。  夜半過ぎ。 「おやすみなさい」  血まみれの外套を翻し、赤に沈んだ現場を後にする。  (はぁ……さすがに疲れた。早く帰って、)  がさり、 「っ!!」  完全に意識を内へ向けていた為一拍反応が遅れた。  姿を表したのは紺色の外套を羽織った女性。  森の中一目で見て術士とわかる身のこなし。  (まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい) 「な、子ども?!」  (見られた!!!!殺さなきゃ!!!!)  脳内が真っ白に染まり、失敗が見つかった子どものように反射的に地面を蹴った。 「っ!!」  夜闇に光る白刃を腕に巻きついた木ではじき返す。 「まっ、待ってください!私は、」 「死ね!!!!」  白い線が目に焼き付くように空に流れる。  疾風迅雷、白刃で切りかかった。  しかし、  (くっそ……なんで、なんで当たらないんだよ!!!)  目前の女性は最初の一撃以外全て身を翻し、攻撃をひとつ残らず躱した。 「はぁ…はぁ…はぁ…」  動きの止まった星辰に距離をとって、外套の頭巾を脱ぎ薄紫色の髪を月に晒した。 「どうか話を聞いてください。私は貴方に敵対するつもりはありません」 「黙れ!!!!」  まるで怯えるように白刃を握りしめた。 「目撃者は殺す!!それが掟だ!掟は守らないといけないんだよ!!!」 何かに駆り立てられるような様子にすっと目を細め、両手を前に出す。 「…致し方ありません」 「死ね!!!!」  激突する、その直前。  ぴちょん、 「「っ!!」」  女性の背後の影から人型が生まれた。 「申し訳ありません」 「うぁっ、」  後頭部に一撃、そのまま倒れる女性を受け止め地面に横たえる。 「星辰様、もう大丈夫です」  そのまま動きの止まった星辰に優しげに近づく。 「……なのに、」 「星辰様?」 「誰か見つかったらっ殺さなきゃっ駄目なのにっ!ちゃんとしないとっ母上にっ使えないって思われる!!」  しゃくりを上げながら白刃を握りしめて震え始める小さい背中を務めて優しく手を置いた。 「大丈夫ですよ、彼女は殺さなくていいんです。情報が遅れた作戦部隊が悪いんですよ、星辰様じゃありません。星辰様は何も失敗していません」 「だって!だって見られた!!見られたら殺さないと!母上から頂いた掟なのに!あぁもうやだぁなんで?なんで完璧に出来ないの?完璧じゃないと、母上にとって便利な駒じゃないといけないのにっ!!」 「星辰様、大丈夫ですよ。大丈夫、大丈夫、」  ガリガリと頭を掻き次第に息が詰まっていく星辰をそっと抱きしめ体を摩る。 「失敗した、失敗した…!!どうしよう、完璧じゃないと、僕が、僕の罪が、僕の罪だって、罪には罰で、罰をうけないと、だって母上が、母上が、罰、罰をうけないと、罪には罰罪には罰…罰を、罰、罰頂戴…」  浅い息で手首を血まみれになるほど掻きむしる様子に軽く目を瞑り、星辰を膝に座らせ胸元から小さな巾着を出した。  中から錠剤を出し二、三錠手に乗せて見せる。 「…心が痛くなくなるお薬、飲みましょうか。大丈夫、すぐに効きますから。痛いのも苦しいのも辛いでしょう?星辰様は何も悪くないんですから、楽になっていいんですよ」 「…………ん」  長い間の後、小さな口で大きめの錠剤をこくりと飲み込む。 「…僕は、ぼくは特別だから、すごいから、完璧じゃないのは罪なの、罪には罰がいるの、罰をもらえばゆるしてもらえるの…」 「そうですか。星辰様に罪なんてないんですよ」 「ん……だって……ははうえが………」  優しく背中をさすり瞳がぼんやりしてきた頃合を見計って、そっと抱き抱えその場を後にした。  ー月夜本邸  勝手口には烏夜が立っていた。 「おかえりなさい。間に合いましたか」 「……他に言うことは無いんですか」 「彼女を殺してしまわずに済んだなら結構です。情報が遅れた事は申し訳ありません」 「っ!!」  抱き抱えられ夢うつつにうとうとする星辰をぎゅっと抱き締め、表情ひとつ変わらぬ烏夜に堪らず声を張り上げる。 「傷ついて帰ってきた息子に!なにか言うことは無いんですか!!」 「…その子が失態を犯す度錯乱するのは今に始まったことではありません。その為にヨルに監視させ貴方に薬を持たせているのですから。その薬も金鏡様のお作りになったものです、体への影響も少ない。何も問題は、」 「十歳の子どもへ精神薬を常飲させている事に!何か思うことはないのかと聞いているんです!!」 「ありません」  表情ひとつ変えぬ態度にぐっと歯を噛み締めた。  「結構です!星辰様を休ませて差し上げたいので失礼します!!」  烏夜を避け、大股で屋敷へと入る。  (どうしてこんなことに……!!)  ぎゅっと抱きしめた星辰の頬にぴちょんと雫が滴った。 「……様、菫様!!!」  ぱちり、目を開けると心配げな顔の男性と半泣きの女性が目に入った。 「……結嗣、心春」 「よかった…意識は問題なさそうですね」 「すみれさまぁぁ、お怪我はありませんかぁぁ」 「また心配をかけたようですいません。大丈夫です」 「菫様……まさか、」 「えぇ、特一級指名手配犯、赤星の龍……やはりこの地に彼は居るようです。行きましょう」 「「はい!!」」  立ち上がり、村へと歩き進めた。  ――酷く、懐かしい気がする。もう何も覚えてはいないけれど。
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