一章:祝福の太陽と血濡れの満月

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『五話:氷の女王』 翌日  宮司執務室  トントン、 「父上、お呼びでしょうか」 「快晴。ここまで呼び出して済まないな」 「いや、今日は星辰もおやすみで暇だったから大丈夫!」 「そうか…お前にひとつ頼みたいことがある」 「父上が俺に頼みたいこと?」 「あぁ。実は客人が体調を崩していてな、お前に介抱を頼みたい」 「介抱?そんなに悪いのか?」 「いや、治癒術は要らない。金鏡が煎じた薬がここにある。これを持って…話相手にでもなってくれ」 「話し相手?父上では駄目なのか?」 「俺達はまだ会わない方が彼女の為だろうな……」  何かを思い出すように静かに目を伏せた。 「父上?」 「なんでもない。儂は仕事が忙しくてな、大任を任せたぞ、快晴」 「おう!任された!!」  小さな拳でぽむ、と胸を叩いた。  社殿内客間  トントン、 「入っていいか」 「どうぞ」  静かに襖を開けて中へ入ると薄紫色の髪を後ろでひとつに丸めた女性が寝台から起き上がっていた。  脇に控えているのは耳の周りを刈り上げた水色の髪の男性と、桃色の髪をふたつに結んだ女性。 「ん?こども?」 「ぼく、お名前は?」 「俺は快晴!玲瓏父上の息子で皆からは日の現人神と呼ばれてるぞ!父上からお客人の介抱を任された!」  胸を張りにっこり笑った。 「君があの噂の日の現人神?!子どもじゃないか!」 「子どもだぞ?それがどうした?」  こてんと首を傾げる様子に薄紫色の髪の女性が2人に目配せし、前を開けた。 「お初にお目にかかります。私は王都近衛術士団団長、菫と申します。快晴殿、わざわざありがとうございます」 「菫殿だな!金鏡が薬を作ってくれたんだ!良かったら飲んでくれ!」  盆に乗った薬湯をずいっと差し出す。  桃色の髪の女性が笑って受けとった。 「ありがとうございます、快晴様。私は王都近衛術士団ロ班班長心春と申します」 「俺はイ班班長結嗣です。俺たちが菫様の側近なんだ。よろしくな」 「心春殿と結嗣殿だな!よろしく!」  太陽のような明るい笑顔につられて3人も笑みを浮べる。 「菫様、せっかくですし頂きましょう」 「えぇ」  背中に手を添え、ゆっくり湯呑みを傾けた。 「……良薬口に苦し、ですね」 「あはは、お水どうぞ」 「ありがとう」 「…菫殿はどこか悪いのか?」  すっと押し黙る左右の二人に目線を落とす。 「ごめん。無神経だった」 「いえ、気にしないでください。私は構いませんよ。私は幼い頃、精神術式絡みの事故に遭って長く植物状態だったのです」 「植物状態?!なんでそんな、」 「私の記憶は十五歳程度からしか存在しません。事故に関わっていた当時の団長と副団長は処罰を受け、当時を知るものは、もう居ない」 「そっかぁ…」 「とはいえもう団長を出来る程回復していますのでご心配なく。今回のは、恐らく初めて王都から出て体が驚いたのでしょう。お薬も頂きましたし、すぐ良くなりますよ」 「そうか!ならよかったぁ」  ほっと一息つく様子をにこやかに見つめる。 「昨晩も災難でしたしね。ゆっくり休んでくださいよ」 「わかっています」 「昨晩?」  不思議そうに首を傾ける快晴に、従者二人が上司の顔を伺った。  目線を受け、こくりと頷く。 「実は昨晩人殺しの現場を見つけてしまってな、団長がすぐさま追いかけたんだが…」 「が?」  じっと見つめられ、ぱちぱちと目を瞬かせる快晴を見て口を噤む。 「…いや、逃げられただけだ」  そのまま誤魔化すように赤い頭をわしゃわしゃと頭を撫でた。 「はわわわ〜つのがへにゃる〜〜」 「角?」 「つの!」  頭の左右に跳ねた髪をぴん!と摘む。 「そっかぁ〜快晴の角か〜〜」 「わわわわ、やめろぉ〜」  ぐしゃぐしゃにされる快晴と結嗣のやり取りに女性陣が笑みを浮かべる。 「快晴殿、我々はこの国最大の術士の村であるこの国境の村に視察で参りました。どうか良ければこの村の事を教えて下さいませんか」  微笑む菫にぱっと嬉しそうに青空色の瞳を見開いた。 「勿論だ!!俺たちの村は皆いい人で素晴らしい村なんだ!!いっぱい見て知って楽しんでいってくれ!!」  ずずいっと身を乗り出し、冷たい手を握る。 「ありがとうございます」 「ま、それも明日からですよ。今日一日はしっかりお休みなさって下さいね」 「わ、わかっています」 「さて快晴殿!先に俺にこの辺案内してくれないか?王都は石壁の街だからな、森林散策してみたいんだ」 「任せてくれ!社殿の敷地内なら俺の庭だ!」 「行ってらっしゃい」 「気をつけてね」 「「おう!」」  二人手を繋いで縁側に出た。  ―宮司執務室  「玲瓏様」  音も無く執務机の傍らに寄りかかった人影に一瞥する。 「金鏡、戸を叩けを何度言えばわかる。それから移動する時は車椅子を使えと、」 「菫ちゃんが戻って来たんだね」  単刀直入な本題に、すっと口を閉ざす。 「今まで散々王都からの使者を跳ね返して来たのに、急に決まっておかしいと思ってたけど…菫ちゃんなら仕方ないか」  聞こえていないかのように書類仕事を続行する。 「でもさ、なんで……菫ちゃん、ここの事覚えてないの」 「……これを」  胸元から封筒を差し出した。  中身に入っていたのは、長い手紙。  目を通し、そのままぐしゃりと紙を潰す。 「なにこれ。馬鹿にしてる?」 「いや、これを最初開いた時念動の立体映像が出現したよ……地に額をつけて泣きながら詫びられた。守れなくて済まないと」 「…なに、それ」 「見るか」 「…いらない」 「そうか。烏夜には既に伝えたが、菫に関しては初対面として振る舞うようにしろ。お前の執務室にもその旨書かれた伝達があるだろう。いいな、それが俺達が菫にできる最後の事だ」 「……わかった」  ふっ  瞬きの間に霧のように姿が掻き消えた。  人影のあった場所を一瞥し、静かに目を伏せる。  ――れぇにぃちゃ!こえね!おはなたん!!  記憶の中の丸い頬と花綻ぶような笑い顔。  (いいじゃないか、俺たちさえ覚えておけば)  大切に、慈しむように、そっと蓋をした。  翌日、謁見の間  上座に三席、下座に三席。  上座の真ん中に玲瓏、右手に金鏡、右手に烏夜。  対して下座中央に菫、右に結嗣、左に心春。  菫が両手を床に着き、静かに頭を下げた。 「この度は我々王都からのお申し出を了承頂き、誠にありがとうございます。並びに昨日は宮司様を見るや否や倒れてしまい、その、大変な御無礼を、」 「構わん。長旅で疲れたのだろう。もう良いのか」 「はい。お薬まで頂き申し訳ありません」 「良くなったみたいでよかったよ。おっと挨拶がまだだったね?僕がこの村の攻の要、守護の禰宜の金鏡だよ。仏頂面の宮司様が玲瓏様、隣の寡黙な美人が烏夜さん、守の要たる加護の巫女だよ。烏夜さんは人と喋るのが得意じゃないんだ、あんま喋んないけど気にしないでね」 「お前は1人で喋り過ぎだ。儂の分まで喋るな」 「え〜?僕気ぃ回してあげたのに」  軽薄な態度とこなれた掛け合いに思わず空気が緩む。  目のあった烏夜が軽く会釈したため、慌てて下座の三人が頭を下げた。 「ありがとうございます。改めまして私は王都近衛術士団団長の菫と申します。隣の男性がイ班班長の結嗣、女性の方がロ班長の心春です」 「王都結界師の結嗣です」 「精神感応持ちの心春と申します」 「王都結界師というと、あの王都の都全てを覆う結界を編んだという一族か」 「はい、末裔にはなりますが。かの『鮮血の結界師』にご認知頂いているとは光栄です」 「……やめてくれ。儂はそんな崇高な者ではない」  ほんのり嫌そうな態度に菫が目を瞬かせた。 「ご謙遜を。国境の村宮司玲瓏と言えば剣技だけで魔物を屠る剣術の達人で在りながら、村ひとつ全て把握するほどの一級の結界師。紅色の髪と瞳に準えて『鮮血の結界師』『日の道祖神』『紅き幸ノ神』『剣神太陽』等多数通り名を持つ、国境の村交易路を整備した英雄ではありませんか。貴方のお陰で王都まで国境の村産の良質な食料が届くようになったのですから」 「それこそ噂に尾ひれがついただけだ。それを言うなら菫、お前が王都の『氷の女王』だろう。無名から突如団長に就任し王都周辺の森から魔物を滅し尽くした植物使い。どんな時でも表情ひとつ変えぬ様子からついた通り名が氷の女王とはな」 「流石は宮司様、何でもご存知ですね」 「この国の交易路は必ず、この国一の一次生産産出数を誇るこの村を通る。然れば自然と噂話も耳に入る」 「国境の村宮司がこの国一の情報通と言われる所以ですね」 「まぁまぁ!前置きはその辺でいいんじゃない。上っ面で会話するのは時間の無駄じゃない?僕は君達が来た本当に理由が気になるなぁ」  金鏡と菫の視線が交差する。 「書状通り、この国の要所である国境の村の視察です。私たちが食べている農業、畜産、林業の一級品は全てこの村で出来たもの。主上の口に入るものがどのような場所で作られているのか、我々は知る権利と義務があります」 「それだけ?」 「それだけです」 「ふぅん。じゃあそういう事にしといてあげるよ」 「ありがとうございます」  下座の三人が静かに頭を下げた。  向かいの玲瓏がひとつ頷き、手を叩く。 「快晴」 「はい、父上」  戸を開けて快晴が笑顔で入室した。 「済まないが我々は手が離せない。これは息子の快晴、昨日会わせたが案内は快晴に任せる。子どもとはいえ彼は現人神と呼ばれる我が神の代行者だ。この村に誰より通じている。顔も効くから見学も容易だ。快晴、出来るな?」 「はい!俺に任せてくれ!」  ぽむんと胸を叩く少年に笑顔で返す。 「ありがとうございます」 「うむ。では謁見はこれにて、」 「申し訳ございません。一つだけ伺ってよろしいでしょうか、禰宜様」 「んー?なにかな」 「灰色の瞳と薄い水色の髪の少年を知りませんか?丁度、貴方様の瞳と同じ色の髪でしたので」  視線が交差する一秒。 「……知らないなぁ」 「そうですか。遮ってしまい申し訳ありません」 「構わない。では、謁見はこれにて終幕とする」  上座の三人が退席するのを静かに見送る。 (菫様、絶対嘘です!私が言うんですから間違いありません!) (何か聞き取れましたか) (いえ…恐らく私を警戒して入念に意識抑制していたのかと。でもでも!絶対おかしいですよぉ!) (奴ら、いやあの禰宜様と巫女様が怪しいな) (そうですね…私もそれは思います。彼らはなにか隠している、それは間違いないでしょう) 「菫殿??」  固まったまま動かない三人に小首を傾げた。 「いえ、なんでもありません」 「そうか、じゃあ今から村へ行こう!見せたいものがいっぱいあるんだ!」 「そうですか、ありがとうございます。では参りましょう」  元気いっぱい手を挙げた少年に穏やかに頷く。 「そうだ、今日は助っ人がいるんだ!」 「助っ人?」 「あぁ!朝日ー」 「失礼します!」  襖を開け1つ結びの少女が元気に入室した。 「はじめまして!私朝日!快晴のうばきょーだいで、いーなずけなの!よろしくね!」 「よろしくお願いします、朝日さん」 「よろしくね朝日ちゃん」 「よろしくな」 「快晴一人だと村の皆がやいのやいのして進めないかもしれないから私がお手伝いしてあげるね!」 「助かります。……ところで、お二人の他に同じ年頃のお子さんは居ますか?」 「俺達と同い年ならあとは星辰だけだな」 「星辰?」 「うん。私と快晴は日輪の子だけど星辰は月夜の子よ。青っぽい月色の髪と月影みたいな薄灰色の瞳が綺麗なの!」 「日輪と月夜って?なにか教えて貰ってもいいかな」 「日輪は宮司の家系で直系が俺達宮司一族で、傍系が朝日達だ。いっぱいいるぞ」 「月夜は元は日輪の分家で禰宜様の一族なの。星辰は禰宜様の息子よ。そういえば、星辰最近見かけないけど一緒じゃないの?私てっきりお客様のお手伝いを一緒にやってるんだと思ってた」 「星辰は体調悪いから休んでるって。金鏡が生まれつきのご病気があるから、星辰の体調不良は要注意なんだって。お見舞い行ったけど昴が出てきて会えなかったんだ」 「そう…早く元気になるといいね」 「うん……」 「昴って?会ってない人だなぁ」 「あぁ、昴は攻撃系権禰宜筆頭で月夜遠縁、星辰の親戚だ。確か烏夜と従兄弟だったかな…?よく星辰と一緒に居るんだ」 「そう…ですか…」 ―申し訳ありません  酷く優しい、低い男性の声 「菫殿?」 「いえ、なんでもありません。色々教えて下さってありがとうございます。快晴殿、朝日さん、次は村の事を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」 「勿論だ(よ)!!」  同時に上がった小さい手が、まるで向日葵のようで互いに笑いあった。 ―月夜本邸地下演習場  コンコン、 「星辰様、お水をお持ちしました」 「昴さん、ありがとうございます」  着物で雑に汗を拭う星辰の元へ竹筒の水筒を手渡した。 「っ!これ、回復水ですか?」 「えぇ、私が作ったので質はよくありませんよ」 「十分ですよ。それと、すいません…僕の失態のせいで昴さんまで屋敷に縛り付けてしまって」 「いいえ。私も痕跡を残すという失態を犯しましたから。星辰様、折角の日中休みです、もう少しお休みになっては如何ですか」 「いえ、僕は強くならなくちゃいけない。母上の願いを完璧にやり遂げるために努力を惜しんでる場合はありません」 「ですが、」 「昴さん、ありがとうございます。もう少し鍛錬してから上に戻ります」 「……はい」  扉が閉まると同時に棚に止まっていた烏が肩へと飛んで来る。 『星辰、いいのか』 「なにが」 『昴はお前を心配してるんじゃないのか』 「ヨルってほんとに烏?」 『当たり前だ。烏夜が、母さんが取り上げた誇り高き烏だ』 「他の子たちはもっと幼い感じだけど」 『話を逸らすな』 「ちぇ。わかってるよ、昴さんが僕を心配してあれこれ言ってくれてるって。まー昴さんとこの子、北斗もまだ五歳だし、母上と昴さんはいとこだし、昴さんから見れば僕も子どもみたいなもんなんじゃない?」 『そこまでわかっててなんでちゃんと聞かないんだ?』 「だって、僕母上に必要とされないなら死んだ方がマシだし」  薄灰色が濁り、真っ黒な瞳で吐き捨てた。 『星辰』 「母上に必要とされないなら死ぬ。母上に愛されない僕なんて要らない。父上は僕の事戦力としか見てないし。父上は本当は玲瓏様しか愛してないんだ、僕知ってるもん」 『星辰』 「母上は烏皆のお母さんで烏皆愛してるから、僕だって母上の息子だから、烏だから、きっと頑張れば愛して貰えるはずでしょ?僕はこんなにいっぱい母上を愛してるんだから母上だってきっと愛してくれるはずでしょ?だから僕は頑張らないといけないんだ。頑張り続ければきっといつか愛して貰えるはずだから。母上に愛して貰えれさえすれば僕は十分だから。母上に愛して貰えないなら死んだ方がマシだし。母上が明日死ぬなら僕の命は明日まででいい。僕なにか間違ってるかな?ねぇヨル!」  一気に言い切り、酸素を求めるように荒く息を吸う。 『…お前がそれでいいなら、俺はそれでいいと思う』 「そう…だよね、ありがとう、ヨル兄さんはいつでも僕の味方だよね」 『あぁ。俺はいつまでも、お前の幸せを祈ってる』  ごりごりと嘴を擦り付けるように頬へ押し付けた。 「えへへ、擽ったいっ。ほっぺた削れちゃうよっ」 『そろそろ腹が減ったな。戻らないか』 「うーん、じゃあ片付けして上がろっか。ヨルのご飯用意しなきゃ」 『別に俺はなんでもいいぞ。お前の残飯でも、』 「駄目駄目!ヨルにはいいもの食べて長生きしてもらわなくちゃ!もう二十歳なんだから!」 『んー何となく俺まだ生きる気がするから大丈夫だ』 「ヨルってほんと不思議だよね」 『ほら片付けろ』 「はーい」  ヨルを肩に、いそいそと荷物に手をつけた。  夜の闇  村近郊の湖でぴちょん、と雫が水面を揺らす。 「このままでは星辰様の体が…!!けれど私では…。金鏡様、烏夜さん…玲瓏様…紅輪様…菫ちゃん……」  ぴちょん、ぴちょん、  ぽたぽたと水面が揺れる。 「申し訳ありません。私の頭では、これしか思いつかない」  覚悟の決まった群青色の瞳が水面に映った。  ――我こそは殺人鬼、我こそは現人神
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