一章:祝福の太陽と血濡れの満月

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『七話:追憶』 ―宮司執務室  玲瓏、金鏡、烏夜の前で額を床につけ昴が平伏した。 「この度は本当に申し訳、っ!!」  ゴンッ!  金鏡が足を上から勢いよく踏み下ろす。 「辞世の句は決まった?よくおめおめと呼び出しに応じられたね」 「金鏡、」 「玲瓏様は黙ってて。ねぇ道化師?ていうかまだ道化師なんて名前使ってたんだね。拷問殺しなんて随分やってないでしょ。何?したかった?けど不満を晴らす先にはちょっとあんまりじゃない?」 「お前それはっ!」 「何さ。わかってるよ、昴さんの目的は星辰の状況改善でしょ。玲瓏様もずっと言ってたもんね。皆星辰の心の支えができて僕らの道筋から外れて、それで満足?どうせ僕らは唯の害悪だからね?僕らがどれだけ村と玲瓏様の為を思って動いてきたかなんて欠片も考えてくれないでしょ!!」 「金鏡……とりあえず落ち着け。興奮すると体に障る」  気だるげに肩で息をする小さな背中を努めて優しく摩る。  伏せたままの昴が口を開いた。 「金鏡様の仰る通りです。望みはひとつ、星辰様の健全なご成長のみ。金鏡様がどこか遠くを目指しておられる事はわかっていました。それを私の望みのため独断で、しかも快晴様と菫ちゃんを巻き込み危険に晒しました。許されざる行為に変わりはありません。どうか、私の罪に罰を」  額を床から上げない昴に玲瓏が膝をつく。 「顔を上げろ昴。お前に罪などない。お前はただ星辰を想っただけだ。罰を受ける様なことは何一つ無い」 「玲瓏様しかし、」 「儂が悪かったのだ。快晴が生まれてから快晴ばかりに必死で、星辰の事さえ前の一件しか関わらなかった。何より金鏡、お前と話す機会が格段に減った。星辰を案じるなら話をすべきは金鏡であったのに、快晴を言い訳にお前達から目を背けた…宮司失格だな」 「玲瓏様だって…僕の極悪非道の虐待親父だと思ってる癖に」 「ぬかせ。昔から儂と村のことしか頭にないだろうが。無駄を嫌うお前はそれこそ虐待とは最も遠い。お前の様子がおかしくなったのはいつからだ?星辰が生まれるより前の筈だ。金鏡、お前はどこを見ている。寝室から烏夜を言いなりに使い、星辰に一体何をさせようとしているんだ」  昴の手をひき立ち上がらせ、烏夜と金鏡を見据える。  烏夜が目線から逃げるようにふいと目を逸らした。  顔色の悪い金鏡が俯いたまま気だるげに車椅子の背に凭れる。 「僕が、言うと思った?」 「言わないだろうな。言えるものなら先に話しているだろう」 「ご名答。それで?」 「言わないなら、聞き出すだけだ。武力だけが全てでは無い。お前が儂を想うように、儂とてお前を想っているのだ。ならば、話し合いで解決しないはずが無い」 「っ、」  弾かれたように顔を上げると優しく微笑む玲瓏と昴がこちらを見ていた。  堪らず目を逸らし袴をぎゅっと握りしめる。 「なんで、」 「阿呆。このくらいでお前を嫌うならとっくに村から追放しとるわ。お前の素行不良は十の頃から変わっとらん」 「僕は昴さんからも玲瓏様からも、烏夜さん以外の全てに嫌われてもやりきるって決めたんだ」 「…村の外回りも大方整理できた。村に近寄る魔物も随分減り、本来全て殺す必要も無い程度に無法者も御しきれている。これからは、快晴達の世代からは平和な世が始まる。…お前は何に備えているんだ」 「言わない」 「何故」 「玲瓏様に言ったら、玲瓏様に危険が及ぶかもしれないから」 「お前の睨む巨悪は何処に居る」  赤と濁った水色が交差し、時間が止まる。  無音の世界で、金鏡の口だけが動く。 「……闇の中」 「闇?」  玲瓏と昴が顔を見合わせ、金鏡がふっと力を抜いた。 「玲瓏様、昴、どうか今日はこの辺で。金鏡様、少しお休みになりましょう」 「……」  怠く俯いて黙り込む様子を一瞥し、戸に手をかける。 「また来る」 「本当に申し訳ありません。どうか何なりとご命令ください」  戸が閉まり、部屋がしんと静寂に包まれた。 「金鏡様、」 「僕は、この位じゃ止まらないよ。僕は禰宜だ。この村を守る義務がある。だから僕はあの子を最強にする。村でも国でもない、世界最強に。そのためなら手段は選ばない。あの子が壊れても構わない。昴さんという前例がいるからね。壊れて心が麻痺した方が寧ろ楽になって良いとすら思う」 「勿論です。烏夜は、いつまでも金鏡様のいい子の烏夜でいます」 「ありがとう烏夜さん。僕らで僕らの最高傑作を作るんだ。あの闇の神に村も太陽も渡さない。僕らの遺志が、今度こそお前をぶち殺してやる…常闇」  ぎりっと歯を食いしばり、憎しみの籠った瞳が影を睨んだ。  数日後 「菫様もう帰っちゃうの?!」  くしゃっと顔のしかめ涙ぐむ朝日に、しゃがんで目線を合わせる。 「朝日さん、村の事色々と教えて頂いてありがとうございます。いつか王都にも遊びに来てください。今度は私がご案内します」 「ぐずっ、うんっ、大人になったら絶対会いに行く!!」 「お待ちしております」 「またね朝日ちゃん」 「また蹴鞠しような」 「小春お姉ちゃん、結嗣お兄ちゃんまたね!!」  小春達が朝日を撫でている間に菫が立ち上がり、まっすぐ玲瓏を見た。 「本当に、お世話になりました」  優しげな笑顔に一瞬目を見開く。 「……大きくなったな、菫」 「はい?」 「いや、なんでもない。気をつけて帰りなさい。見送りが儂一人で済まないな」 「いいえお気遣なく。それに」 「俺もいるぞ!!」  下からぴょんぴょんとつんつんの髪が上下する。 「わかっておるわ」 「俺は父上との別れが終わるまで待ってたのに!」 「わかったわかった」  下からにかっと太陽のように笑いかけた。 「菫殿、本当にありがとう!俺きっと強くなってこの地を、仲間達を守るよ。だから見ていてくれ。王都の石壁を飛び越えるくらい名を轟かせてみるから!」 「はい。王都で貴方の伝説を心待ちにしています」  原則王都から出られない菫と村から出られない次期宮司の快晴。  これが今生の別れである可能性も十二分にある。  しかし。 「またな!菫殿!」 「えぇ、また」  太陽のように花のように。  互いに笑いあって再会を祈った。 「結局星辰殿はきませんでしたね」 「動けるようになったばかりなんですからお休みされてたのかも」 「でももう部屋にはいなかったらしい」 「うーん、でも心配ね。結局ご両親とは話ができてないんでしょう?」 「十中八九あのまま殺人鬼だよな。可哀想に」 「私達余所者が出来ることなんか限られてるわよ」 「そうだけど……菫様?」 「あれ?あれ?!菫様?!菫様ー!!またですか?!どこ行っちゃったんですかー!!すみれさまぁぁ〜!!」 「心春泣くな!!探すぞ!!」 「はいぃ〜」  覚えのある、しかし以前と比べて格段に柔らかい視線に惹かれるように道を進む。  草むらを抜けると、反射的に息を飲んだ。 「は……これは…」  視界いっぱいに広がる程の、一面の花畑。  ―しゅごいしゅごい!!おはなしゃんこっち!きぃにぇちゃ!  脳裏の奥で幼い声が頭に響く。  (今のは、) 「ん、」  はらりはらり、  空から菫の花が舞い落ちる。 「綺麗でしょ」  見上げると木の枝に座った星辰が手から花を舞わせていた。 「えぇ…綺麗ですね」  手のひらに落ちた菫の花に目を落とす。 「見事な生体術式ですね。私と同じ、植物の生体術です」 「へぇ、そっちならそうなるんだ。僕らの間では木行術って言うんですよ」 「木行。なるほど相応しい名前ですね」  はらりはらり、花の雨は止まらない。 「…僕ね、花が好きなんだ。綺麗で無垢で…皆に可愛いね綺麗だねって言ってもらえながら枯れていく。そんな花になりたかった」  すとん、と木から降り目前に対峙する。 「僕に一番不釣り合いなものだ」 「そんなことはありません」 「えっ」  一拍も置かぬ否定に目を丸くした。 「地べたを這いずっても、踏まれても、寒さに凍えても、時期が来ればまた美しい花を咲かせる。まるで貴方自身のようです」 「そう……かな」 「えぇ」  一度俯き、穏やかな笑顔を菫の花束を差し出した。 「ありがとう、菫殿。僕を愛するって言ってくれて。おかげでやっと気付けた。僕はただ、母上と父上に愛されたかっただけだった。きっと皆気付いてたのに僕だけ気づいてなかった。必死で目を背けてた。でも、だからこそ、気付いたよ。僕はきっと母上と父上から愛されることはきっと無い。二人にとって僕はそういう存在じゃない」 「星辰殿…」 「いいんだ。なんて言うんだろう、諦めがついたんだ。二人から愛されたいって思うけど、無理なものにしがみつくのは辞めた。僕はただ、僕が二人を愛せればそれでいい」 「貴方は…本当に強い方だ」 「僕は弱いよ。きっと快晴が居なかったらこうはならなかった。菫殿が居なかったら気付くことさえなかった。だからありがとう」  小さな菫の花束をそっと受け取る。 「さようなら。もう二度と会うこともないと思うから言うけど、僕の初恋は多分菫殿だったよ。あの瞬間、僕は貴女の虜だった。ものの数日で砕け散ったけど。じゃあね」  言うだけ言ってふわりと姿が風に掻き消えた。 「さようなら星辰殿。きっと貴方なら愛し愛されるかけがえのない誰かに、これから出会えますよ」  遠くに聞こえる仲間の声へ、花畑を後にした。 ―月夜本邸、当主寝室  御簾の降りた寝台の前に静かに正座する。 「……星辰」  ゆっくりと開かれる御簾とともに、寝台から金鏡が気だるげにこちらを見た。 「ただいま戻りました」 「……よかったの。君が望めばあのまま、」 「僕は自分の意思でここにいます。父上、どうかこれからも、僕を強くしてください。皆を守れるほどの強い力が僕は欲しい」  軽く目を見開き、細い腕を持ち上げ頭の上に手を載せる。  そのままゆっくりと星辰の頭を撫でた。 「父、上、」 「いいこ、いいこだね……」  そのまま金鏡が疲れて眠りにつくまで静かな時が流れた。 ―宮司執務室  向かい合う赤毛の親子。 「父上、俺強くなりたい」  険しい目線が小さな体にささるも、負けじと顔を上げ睨み返す。 「俺を強くしてくれ」 「何故だ」 「なぜ…って」 「答えられなければこの話はここ迄だ。お前は強い治癒術を持つ支援系。支援系の守り方はお前の言う強さとは違う強さだ。故にお前は、お前の思う強さを持つ必要は無い」 「それは、でも、っ!」  強者の眼光に思わず口を噤む。 「応えよ、何故強くなりたい」  一度目を閉じ、再び強く睨み返す。 「守りたいからだ!朝日も星辰も父上も仲間達も、俺も、全部全部俺の力で守りたい!もう誰も、あんな風に傷付けたくないから!だから!どうか俺を鍛えて下さい!!お願いします!!」  体を折り曲げ、静寂の中言葉を待つ。 「……いいだろう」 「ほんとに!!あでっ!」  ガバッと起こした脳天を竹刀で軽く叩かれた。 「なにするんだ!」 「ふっ…いいか、覚悟しておけ。途中で音を上げても知らんからな」  今まで見た事もない、術士としての父の顔にぎゅっと脳天を抑えてにやりと笑う。 「ふん!あっという間に父上を追い抜いてやるからな!」 「いい度胸だ。では今から社殿一周走ってこい」 「……へ」 「健全な魂は健全な体に宿る。術士の基礎は肉体だ。徹底的に鍛えてやるから安心しろ。ほら、何しとる。ぼさっとしとらんでさっさと走ってこい!!」 「ひぇぇ!!鬼〜〜!!!」  追い出されるように縁側から飛び出した。  現在 ―宮司執務室 「そっから俺は父上に死ぬほどしごかれて今に至る」  静かに話を聞いていた一同が、話の終わりに息を着く。 「夜闇…そんなものがあったなんて…」 「僕ら直系なのに聞いたこともなかったね」 「うん…お母さんも知ってたのかな……」 「いいえ、深夜ちゃんが来たのは私達が十四の時。その頃には夜闇の実権は実質星辰が握っていたの。星辰は深夜ちゃんに死ぬまで夜闇の事を打ち明けたことは無かったわ」 「星辰の目的は夜闇の消滅。誰の記憶からも消し去る為強い箝口令を敷き、次世代の記憶の端にも残さないようにしていた。お前たちが知らずとも無理は無い」 「玉兎も何も知らねぇの?遠縁だろ」 「えっ?!あぁ、うん、知ら、ない…」 「…?ぎょく、」 「でも、じゃあどうしてお父さんはこのことを話してくれようって思ったの?」  一瞬の玉兎の違和感に気付かない茜が重ねる。 「確かに。星辰様の意に反しておられるように見えますが…」  小首を傾げる薄明にぐるりと全員の顔を見回す。 「それは、今のお前達なら知っておいても問題ないと思ったからだ。寧ろ夜闇を知ることで将来第二の夜闇を産むことのないように、俺たちの記憶を、星辰の苦悩を次に繋げてほしい」 「大丈夫よね、皆?」  互いに顔を見合い、強く頷く。 「当然だ」 「お父さん達の教訓を無駄にはしないよ」 「あぁ…ありがとう」 「じゃ!そろそろご飯にしましょうか!」 「やったー!薄明はお腹がすきました!」 「お義母さん私も手伝う」 「じゃあ私も、」 「「茜(ちゃん)はやめろ(て)」」 「え〜〜」 「快晴様、調子は如何っすか」 「話してたらだいぶマシになった」 「何よりっす」  立ち上がり皆が食事へと動き始める中、一人静かに声を潜めた。 「夜闇…か…」  ――君たち、ボクのこと忘れてないよね?
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