二章:主上のお茶会

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二章:主上のお茶会

『八話:王都からの紹介状』 「「ご馳走様でした」」  一同が両手を合わせ、膳に頭を下げる。  あれから数日。  警備の見直しはあれど、何事もなく日々は続いていた。 「一時はどうなるかと思ったけど大丈夫そうだね」 「念の為、盈月の外出には当分護衛をつけるからな」 「わかってるよ。ありがとう」 「護衛って言ったって大体曙だしね。盈兄の負担になってたらすぐに言ってね」 「大丈夫だよ〜行き帰り攻撃系権禰宜筆頭を独占するのにちょっと気が引けるくらい」 「彼奴サボれて嬉しいっつってたぞ。なんかもっとこき使ってやれ」 「あはは〜お父さん手厳しい〜」 「曙くんは仕事熱心な方だし、少しくらい良いわよ」 「そうか?」  穏やかな空気の中、ふと朔夜が顔を曇らせる。 「しかし同時に起こった二つの事件、その糸を引いていたと思われる"彼奴"、"彼"…一体何者なんだ」 「結局団子屋さんの記憶は消滅、盈月くんを襲った男は心神喪失で使い物にならないし…」 「同一人物なのかも分からないわよね。お義父さん、なにか心当たりある?……お義父さん?」 「ん、あぁ、いや。特には、」  淡く目をそらす快晴を朔夜が見止める。 「快晴?」  トントン、  控えめな音が響いた。 「どうぞ、薄明だろ」  静かに扉が開き、片手に鳥籠を持った薄明が顔をあげる。 「名乗る前にあてないで下さい!薄明です!」 「気配で分かるわ」 「権禰宜の修行中なんです!!言われた通りにしたいんです!!」 「真面目な薄明さんも素敵だよ」 「はうっ!不意打ちっ!」 「んで、用事は?」 「そうでした!こちらを朔夜様に」  入室し鳥籠を朔夜の前に押しやる。 「これは…」  鳥籠の中で鸚鵡程の大きさもある薄紫色の鳥がばさりと羽ばたいた。 「いつもの王都からの使いっぽいけど…」 「そうなんです、様子が、」  遠方の相手に声や手紙を届ける、王都御用達の伝書鳥術式。いつもは術者の力を反映した単色や結界結成されたものが届くことが多い。 しかし。 「なんか、おっきいね?」 「それだけじゃない。この鳥、薄紫色を基調しているが青い模様が入ってる…なんというか、」 「ほんとにいる鳥さんみたいな現実味があるね」 「でも王都からなんでしょ?朔兄に手紙を届けそうな人思いつかない?」 「それは……」 「まぁ……」 「恐らくですが……」  三人揃って顔を顰め俯いて頭を抱えた。 「なに?そんなにやばい人なの?」 「逆だな」 「めちゃめちゃ偉い人っていうか、」 「この国で一番偉い術士の方ですね」 「えぇ……紫苑様以上?」 「紫苑の直属の上司だ」 「そんな偉い人がわざわざ朔夜になんの用だろう?」 「それなんだよな……」 「王都付近で魔物の大量発生とか」 「紫苑さんの実験がいきすぎて止めて欲しいとか」 「どっちも有り得そうなんだよなぁ」 「なんか、大変だね朔兄」 「けどなんで紫苑さんを通さず直接いらっしゃったんでしょう?」 「それは……まぁ、しゃーねぇし、とりあえずとるか」  渋々といった様子で鳥籠から鳥を出し、腕に止まらせる。 「…朝日」 「えぇ、きっと」 「俺達は黙っていよう。要件の相手は朔夜なんだろうからな」 「そうね」  静かに息を潜める二人に気付くことなく、朔夜が鳥の額を二回叩いた。ゆるりと瞳が色付き薄紫色に発光する。 『無事到着したようですね』  穏やかで老成した、重みのある声。 『お久しぶりです。王城特務隊隊長、三賢者筆頭長老の菫です。朔夜、茜、薄明、息災ですか』  一声で部屋の空気が変わり、自然と姿勢を正す三名。 「お久しぶりです、長老。俺は問題ありません」 「私もです、長老。お気遣いありがとうございます」 「薄明も元気です!!」  鳥越しにふわりと表情を緩めた気配が伝わった。 『何よりです。では早速本題ですが…魔王討伐から早一年、遅くなりましたが主上があなた方に褒美をとらせたいとの事です』 「主上が?」  ざわりと揺れる室内に朔夜が眉を寄せる。 「報奨金の話なら術士団に預けてありますが…」 『それとは別に。褒美の内容は主上のお茶会に参加する、というものです』 「主上の…」 「お茶会…」  一瞬の沈黙と共に目を合わせる三者。 (めんどくせぇ) (面倒だよぉ) (忙しいって断っちゃダメでしょうか?!) 『王命ですので残念ながら拒否権はありません』 「…はい」  がっくりとうなだれた三人に眉が下がった気配が流れる。 『気持ちは分かりますが、主上があなた方に直接礼が言いたいとたっての願いです。どうかお付き合い下さい』 「まぁ…そういうことなら」 「わかりました」 「美味しいお菓子もきっと出ますもんね!」 『勿論です。行き帰りは紫苑の種を持たせますので時間はかかりません。今回はお客人としていらして下さい』 「承知致しました」 『それと……これも主上の願いなのですが』 「何か?」  躊躇うような間の後、意を決したように口を開いた。 『茶会に国境の村大宮司、快晴様にご参列頂きたいとの事です。申し訳ありませんが、皆さんから聞いて頂けませんか?』 「なっ!!」  驚き、口から出そうになった朔夜を快晴が大きく手振りする。 (俺は居ない体で頼む!!) (なんで?今ここでお父さん通しちゃえば、) (いいから!) (えっ、と、じゃあどうする?) (盈月、俺と朔夜が抜けて平気か?) (うん、大丈夫。早めに片付けておけば問題ないよ) (私達も手伝うから、快晴、行ってらっしゃい。産まれて一度も外の世界に出たことないでしょ?折角だしゆっくりしてらっしゃいな) (そう、だな……分かった) 『もしもし?大丈夫ですか』 「申し訳ありません。快晴から、大丈夫だそうです」 『今の瞬間に、ですか?』 「ま、まぁ」 『流石ですね。了承ありがとうございます。出迎えの体制を整えておきます』 「あ…そうだ、交換条件というわけじゃないんだが」 『なにか』 「義父は魔王の一件以来病弱になっています。出向くついでに紫苑に診てもらうことは出来ますか」 『勿論です。そちらも準備しておきましょう』 「感謝します」 『では一週間後、王都にてお待ちしております』  ばさり、  言い終わるや否や羽が落葉するように落ち、その場に小さな紫色の巾着袋だけが残された。 「最初から中に紫苑の種を忍ばせていたから大きかったのか…」 「まぁ、拒否権ないからね」 「ですね」 ため息をつく二人の前に盈月が湯のみを置く。 「まぁまぁ、今まで王都でゆっくりできたことなんてないでしょう?一度くらいゆっくり観光してきたらいいよ」 「盈ちゃん…うん、そうだね」 「盈月様に必ずお土産買ってきますから!」 「ありがとう薄明さん」 「しかし朔夜、そこまでしなくとも」 「俺は前から機会があれば快晴を紫苑に見せたかったんだ」 「何故?」  噂しか知らない面々が首を傾げ、その様子に軽く苦笑いで返した。 「彼奴は確かに気狂い研究狂だが、その分鬼のように集めた知識がある。王都外では専ら狂い咲きの狂人扱いだが、王都内では王都一の名医としてあれでも民に慕われてるんだ。そっちの噂を聞きつけて、体は紫苑心は金鳳で彼奴ら目当てに王都に赴く者もいる」 「そうだったのか」 「私も知りませんでした」 「なんで薄明まで知らないのよ…」  目をぱちくりさせる薄明に暁が訝しげに眉をひそめた。 「だっ、だって!そんなの一言も!!」 「私たちは王都で修行してた間結構お世話になったけど薄明ちゃんは立ち寄っただけだもんね」 「一見すると軽薄な研究狂にしか見えないからな。間違いでもないし」 「迂闊な薄明さんも可愛いよ」 「かっ、」  首から頭のてっぺんまで真っ赤になり、脳天の跳ねた毛がぴんと伸びる。 「かわいくありませんからぁぁ!!!」 「おっ全力の照れ隠し」 「快晴…」  一週間後 「盈月、何度も言うが無理するなよ」 「大丈夫。お義父さん程無茶したりしないよ」 「お、おう。そうだな」 「お母さんよろしくね!」 「続きは帰ってからしましょうね」 「うっ」 「暁、頼んだぞ」 「任せて」 「それでは!皆様行ってまいります!!」  ぽとり、  落とした種が芽吹き、蓮の花びらに視界が覆われた。 「ん…」  真っ暗だった視界が天井から花開いて一気に白に染まる。  目が慣れるのを待ち、そっと目を開く。 「お、王都です…」 「王都近衛術士団本部前広場…久しぶりに来たな」 「あ、あれ」  向こうから歩いてくる二人の人影。  こちらに気付くとピタリと止まり、一人はそのまま片膝を付いて頭を垂れた。もう一人は片足を軽く下げ腰の背に手を置き、残りの片手を大仰に回して胸に付け一礼する。 「お待ち申し上げておりました、太陽の村大宮司、日の現人神快晴様。僕は王都近衛術士団団長紫苑、隣が副官の金鳳と申します。王都へようこそ」  顔を上げた不敵な笑みと静かな青空色の瞳が邂逅する。 「歓迎、感謝する」  するりと返した言葉に、ふわりと迎え撃つような笑みが解けてパッといつも笑みに戻った。 「ついでに朔夜君と茜ちゃんと薄明ちゃんおひさ〜。生きてるぅ〜?」 「皆さんお久しぶりで御座います」  金鳳が立ち、空気がいつも通りに戻って人知れず薄明が息をつく。 (なんで一瞬空気が張り詰めたんでしょう…)  そのまま紫苑達と快晴の間を朔夜と茜が埋めた。 「俺たちよりお前らの方が死にかけたんだろ」 「朔夜君程じゃないって」 「茜様、お体は」 「大丈夫です!金鳳さんも元気そうで良かった」 「何よりです」  打ち解けた空気に薄明と快晴も後を追う。 「もう!何だったんですか今の!びっくりしちゃったじゃないですか!」 「何ってそんなの快晴様のお出迎えに決まってるじゃん」 「それはそうですけど!」 「あのねぇ君らは一応術士団に名前のある言わば身内なの。けど快晴様は違う、王都の次に力のあるあの太陽の村の大宮司、最高位の方なの。主上と並び立つとまではいかないけど無礼があっちゃならない御来賓なの。君らとは立場が違うんだよね〜」 「む、むぅ」  見下す紫苑と見上げる薄明の間でバチバチと火花が散った。 「快晴の前で言ったら意味ないと思うが」 「紫苑様のお心遣いです、どうかご容赦ください。改めまして、王都近衛術士団副団長の金鳳と申します。よろしくお願い致します」 「快晴だ。そんな大層な人間じゃねぇから普通に接してくれ」 「はい快晴様」  どちらとも言わず手を出し穏やかに握りあった。 「あっずるい!金鳳抜けがけ禁止!」 「おや、申し訳ありません」 「はいじゃあボクも!よろしくね快晴殿」 「あぁ。いつも朔夜と仲良くしてくれてありがとな」 「なっ!べ、別に仲良くなんかないもん!!」 「紫苑さんってほんと天邪鬼ですね」 「薄明ちゃん怒るよ!」 「やめてくれ、こっちまで恥ずかしくなる」 「なんでだよ?」 「この二人はなんかそんな感じなんだよお父さん」 「そうかい」 苦笑いの金鳳が入口を手で指す。 「皆様長旅…ではありませんがお疲れでしょう。どうぞ中へ。お茶をご用意致します」 「悪いな。じゃあ、」  一同が前に進もうとした時、 「悪い、待ってくれ。先に片付けておきたい事がある」 「朔夜様?何か」 「紫苑」 「っ、なにさ」  呼ばれた紫苑が少し驚いたように朔夜を見、何かを察したように目を逸らした。  朔夜が紫苑を見つめたまま、静かに眼帯を外す。  青い瞳が開き、黒い瞳が沈んだ。 「紫苑」  少し低い、朔夜とは異なる声色と、朔夜とは似ても似つかないような穏やかな笑み。嘗て見慣れたそれに、紫苑の心が一瞬で染る。 「っ…にぃさんっ!!」 「紫苑っ」 堪らず抱きつく紫苑を強く朔夜の体が抱きとめた。 「兄さんっ、会いたかったっ。話は聞いてたけど…話せるなんて、」 「紫苑…ごめんな。俺お前に甘えてばっかで、お前を苦しめて傷付け続けた」 「兄さんっ、ボクっ、ボク兄さんが大好きでっ、嫌いになれなくてっ、それで!ボクっ…!!」  言いたいことが言葉に出来ず喉に詰まらせる紫苑を落ち着かせるように優しく抱きしめる。 「わかってる。ありがとう紫苑。今の俺にはお前の心が伝わるよ。ありがとう…紫苑、大好きだよ」 「ボクも!ボクも兄さんのこと大好きだからっ!!」  長く離れていた心を通じ合わせるように、人目もはばからず互いに強くぎゅっと抱き締め合った。  包まれていた紫苑がぷは、と顔をあげて青い瞳を見上げる。 「あ、そうだ!ねぇ兄さん、ボクにも名前教えて!!」 「名前?」 「そう!兄さんのホントの名前。あるでしょ?」 「ハッ、ずっと前から知ってる癖に」 「いーでしょ!ね?」 「あぁ」  ふわりと解けるように笑みを返す。 「俺は、蒼星。蒼き星の一等星だ」 「蒼星、兄さん?」 「あぁ」 「蒼星兄さん。ありがとう、ボクに、会いに来てくれて」  ――にぃさんだぁいすき!  嘗てと同じ、花のような笑顔に目を細めた。 (やっと…やっとだ…俺はずっと、これが見たかっただけだったんだな…) 「いいや…俺じゃない…ありがとう…やっと紫苑に…ありがとう、朔、夜……」 「兄さん?!」  しりすぼみになる声と共にゆっくりと青い瞳が閉じ体から力が抜け、慌てて紫苑が支える。  紫苑を押し倒す前にパチリと黒い瞳が紫苑ごと体を支えた。 「っと、悪い。遅くなった」 「さ、朔夜君、兄さんは?」 「彼奴まだ長く起きてられない上に意識が緩いんだ。いつもはもう少し意識もふわふわしてる。お前と話す為に集中力かき集めて疲れたんだろうな、落ちたみたいだ」  少し潤んだ瞳をそっと拭う。 「紫苑、大丈夫か」 「うん、へーき…朔夜君も、ありがと。蒼星兄さんに会わせてくれて」 「大したことじゃない。それに、彼奴が起きればいつでも会えるだろ」 「そう、だね。いこっ、金鳳がお茶入れてくれるから!」 「金鳳かよ」 「勿論です。皆さんどうぞこちらへ」  日の昇る方、術士団本部へと歩みを進めた。 ー術士団本部団長執務室 「んじゃまー、一息ついたところで主上の謁見もとい茶会は明日だからねー」  真ん中の丸椅子に座り、湯呑みを片手にクルクルと声が回った。 「紫苑様、お行儀が悪いですよ」 「はーい」  金鳳に停められされるがまま机に戻る。 「…お前ら主従逆じゃねぇのか」 「私も最初そう思いました」 「皆一回は通る道だよね〜」 「通過儀礼かよ」  三人を何処吹く風と音を立ててお茶を啜っていた紫苑がまっすぐ快晴を見た。 「それでだけど、今日残りの時間快晴殿の検査やっちゃっていい?結果直ぐに出ないし」 「いきなりだな」 「俺は構わねぇが」 「じゃ!了承が得られたところで、服脱いでもらおっかな!」 「まてまてまてまて!!」  ぴらっと快晴の羽織を摘んだ紫苑の手をたたき落として間に入る。 「いきなり過ぎだ!まず別室を用意しろ別室を!あるだろうが!!」 「でも皆身内じゃん?」 「そういう問題じゃねぇんだよ!」 「分かった分かった。隣の部屋空いてるっけ」 「空室にしております」 「じゃ快晴殿はお茶飲んだら別室ね」 「おっ、おう…」 「俺もついて行くからな」 「えー、朔夜君もー?めんどい〜」 「めんどいじゃねぇ!快晴は来賓なんだから丁重に扱えよ!」 「だから丁重じゃん?」 「何処かだ!基準がおかしいだろ!」 「そんなことないって〜」 「大体何当然のように着替えの時から入る気満々なんだよ!」 「だって検査着に着替える前に検診した方が楽じゃん」 「効率の前に常識を考えろ!」 「常識なんて人それぞれでしょ?ボクはボクの常識で動くし」 「そういうところが!!」 (始まりました…) (まぁ、これが二人の交友方法だったりするし…) (長くなりますよ) (だよねぇ〜) (しかし、いつも斜に構えた朔夜がこうも吠えるのは珍しいな。本当に仲がいいんだな) (そう評価するのは快晴様くらいですよ) (あーいや、もう一人) 「御二方の仲睦まじい様子がまた見られてこの金鳳、嬉しい限りです」 「「仲良くない!!」」  嬉しそうに笑う金鳳へ異口同音の突っ込みが室内に響いた。   ――今こそは無礼講。語り合おうではないか、青い瞳の王の器よ。
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