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第1話 恋がしたい!
ベッドサイドの灯りが、仄暗い室内を照らしている。
床には、脱ぎ散らかされた衣服が、入り口からの軌跡を物語る。
デジタル時計の数字は、22時13分。
まだ、この部屋に入って20分しか経っていないのか。
私は、時計から、自分を見下ろしている男に、目を転じた。
獲物を前にした猟犬のような目。すっきりとした鼻梁。酷薄そうな唇。この目付きがなければ、イケメンの部類に入るのだろうが、睨まれると、そこから逃げ出したい衝動に駆られるのは、男女問わず同じらしい。
やや浅黒い肌、細い外見に似合わず、しっかりとついた胸筋。浅く割れた腹筋。その下の陰影。凶暴なほどの怒張。
「随分、余裕だな」
私を組み敷きながら、その視線の先を辿って、呟く。
「それとも、もう欲しくなったってことかな?」
彼の手が、私の下腹部を下がって行き、入り口へと辿り着く。充分な潤みを湛えて、彼に答えている。先程から、執拗に胸の突起を甚振られていた。それだけで、声が漏れそうになるのを、ひたすら我慢していた。
声を上げて、此奴を喜ばすなんてしたくない。そんなことをすると、益々この時間が伸びて行くことを、経験から学んでいた。
唇が塞がれる。舌を絡め取られる。口腔内の柔らかさを味わうように、蠢いている。
下から圧迫感を感じる。押し広げられ、侵入してくる。思わず、顎を上げ、仰け反る。
確かめるように、ゆっくりと進んだかと思うと、一気に最奥まで突き上げる。
声を我慢することは、もう諦めた。彼が聞きたかった声を、思う存分聞かせることになる。
何処をどう突き上げれば、私が歓喜に狂うか、充分に知り尽くしている。彼に翻弄されながら、この後、私が声を枯らしながら許しを乞うことも、承知の上だ。そして、そんな懇願に耳を貸さないことも、よく分かっている。
この猟犬に捕まって、もう5年も喰われ続けている。初めて関係を持ったのは、大学2年の時だった。
女子大生だった私は、高校卒業当時から付き合っていた彼氏に、別れを告げられ落ち込んでいた。あっちに好きな女ができたのが、振られた理由だ。そんな私を慰めようと、友人たちが合コンをセッティングしてくれた。気持ちは有り難かったが、気分は乗らなかったのが、正直なところ。
男の子達は、県内の国立大学に通う、将来有望な好青年、という触れ込みだった。はっきり言って、別れた彼氏と比べると、付き合っても面白くなさそうだな、という印象だった。どうせなら、都内の有名私立大あたりにしてくれればよかったのに。と、理不尽な思いを抱いていた。
つい、ヤケになって飲み過ぎたらしかった。トイレに立って、胃の中のものを全部吐いた。吐いたら、すっきりした。友人達は、それぞれ話が盛り上がっているらしく、誰も様子を見に来ない。何だ、私って男性陣の誰からも気にされてないのか。お持ち帰りしようという、下心も湧いてこないのか。虚しすぎる。
「帰ろうかな…」
壁にもたれて、呟いた。その時、後ろから、
「大丈夫か?」
と、声を掛けられた。振り向くと、見知った顔が立っていた。
県内の医科歯科大学の五年生。榊伊南だった。大学を超えて、同じサークルに入っていたので、二、三度飲み会で話したことがあった。何処にいても目立つ185センチの長身。それと、目が印象的だった。相手を引き裂くような鋭い眼差し。その目で見られると、蛇に睨まれた蛙の如く、身動きできなくなってしまう。
その後、どういう経緯で、彼と店を出たのか、定かに覚えていない。
気が付いたら、彼の下で、揺られながら、呻いていた。
「お前、凄くよかった。また会おう」
別れ際に、耳元で囁いた。『付き合おう』とは言わなかった。つまり、私は、キープされたということなのか?それとも、食べ残しはもったいない、最後まで美味しくいただこうという、SDGsの精神か?
以来、月に数回、呼び出されては、体を重ねた。
他にも、同じような相手がいるのだろうか、と思ってみたが、確かめることもしなかった。私は自宅から大学に通っていたので、会うのはホテルか、彼の部屋だったが、いつ行っても、女の形跡は感じられなかった。
サークルは辞めた。他の仲間に対してどう振る舞っていいのか、分からなかったので、足が遠のいたのだ。
なのに、私の大学に現れ、私をその場から強引に連れ去ることが重なると、さすがに他の男の子から声が掛かることがなくなった。『彼の女』だと、噂がたった。おかげで、卒業まで彼氏ができなかった。
これって所謂『セフレ』というヤツなのだろうか。だったら、定義としては、他に彼氏がいても、いいことになるはず。
それなのに、彼氏然として、私を囲い込もうとするのはどうかと思う。
その時は、卒業すれば、この腕から逃れられると、安直に思っていた。
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