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今度こそ、彼氏をゲットして、素敵な恋愛をするんだ!
夢と希望と、大きな野心を胸に、大学卒業後、県内の総合病院で事務職として働き始めた。
ここに、思わぬ誤算があった。
その頃、彼は開業している自分の父親の産婦人科医院で、『若先生』に収まっていた。
その病院が、私の勤める総合病院の目と鼻の先にあるとは…。
全くのリサーチ不足だった。
おかげで、今までより距離が縮んでしまった。
二十七歳になるのだから、縁談だってあるはずだ。それなのに、私を抱くことを止めない。それどころか、私の勤める病院に、水曜日ごとに顔を出す。彼の病院の休診日なのだ。この総合病院に産婦人科はない。同じ市内なので、持ちつ持たれつの関係であることと、大学病院から、週に2回、彼の同期の飛鳥井先生が診察に来ることが、関係している。
飛鳥井先生は、彼とは対照的に、穏やかで、物腰が柔らかい。親身になってくれると評判が良い。イケメンというほどではないが、ルックスもまあまあだ。なんと言っても笑顔が素敵なのだ。私のような病院スタッフにも、決して威張らない。気軽に声を掛けてくれる。なぜ、こんな優しい人と、あの強引男が親しいのか、理解しかねる。
今日も、終業間近に、総合受付に座っている私のところにやってきた。
「よう。今から飛鳥井と飲みに行く。帰りによるから」
「しっ。静かに!聞こえたら困る!」
慌てて周囲を見回す。受付には片付けをしている自分一人だった。聞かれてないと、ホッとした。
「榊レディースクリニックの『若先生』、うちの大事なスタッフを口説かないでくれ」
私服姿の飛鳥井先生が、歩いてきた。今の、聞かれていないだろうな。
「朱音ちゃん、ごめんね。話さない方がいいよ。危険人物だから」
はい、よく知ってます。
「お前の勤務先は、正式にはここじゃないだろう」
「月曜と水曜は、ここのお医者さん。じゃあ、朱音ちゃん、また来週ね」
「お疲れ様でした!」
立ち上がって、お辞儀をする。そのまま、二人の背中を見送る。
「はあー」
溜め息が出た。思わず椅子に座り込んだ。
ここに勤めるようになって、実家を出て一人暮らしを始めた。
これが、よくなかった。
アパートが駅から歩ける距離なので、彼が飲んだら泊まるのに、もってこいなのだ。そして、『榊レディースクリニック』は、総合病院と100メートルと離れていない。翌朝、私の車で、近くに降ろしてから出勤する。誰かに見られていないか、ヒヤヒヤする。
私は、ずっと彼氏ができない。ずっとデートもしてない。学生時代も今も。それというのも、全て、コイツが私の周りを、これ見よがしにウロチョロするからだ。
ここは、大事な職場なのだから、絶対に誰にもバレないようにすること!と、釘は刺してあるが、どこまで分かってるか、怪しいものだ。
私の方が、失うものが大きいのだ。彼氏を作るどころか、辞めなければならなくなる事態も有り得る。
私は、彼氏が欲しいのだ。
このままでは、絶望的だ。
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