最終話 これが、私の、生きる、道!

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最終話 これが、私の、生きる、道!

 まったく、困ったもんだ。  どう考えてよいか分からなくて混乱する。  咲良さんは、素敵な人だ。あんな人と結婚できるなら、親の言いなりになるのも悪くないんじゃないか?伊南はホントに馬鹿なんじゃないか。   「伊南には、はっきり言ったの。待ってられない。結婚は止めるって。黙って考え込んでた」 と、咲良さんは言ってた。 「結婚をやめて、これからどうするんですか?」 と、私が尋ねると、 「今、隣の県に新設される、病理研究施設の研究員にどうか、と誘われてる。大学時代の恩師から。鯵沢が取り持ってくれたの。私達、同じ医大の同期だった」 と話した。鯵沢先生、だから、落ち着かなかったのか。 「新しいことに、挑戦したいの。ワクワクするじゃない。でも、一旦引き受けた責任上、3月いっぱいは、榊クリニックにいるわ」   伊南は、どうするつもりなのか。  このまま、咲良さんが伊南のもとを離れて行くことを、逃した魚は大きいと、後悔しているのではないか?親だって、納得しないだろう。  だからって、何の行動も起こさないのか。  咲良さんの言うように、拒絶されるのが怖くて、動けないとしたら、本当に情けない。  何の進展もないまま、3月の声を聞く。  このアパートは、退去することになった。実家に戻る。その日までに、少しずつ、片付けていかなければ。でも、何となく身が入らない。  休日を片付けに費やしていたら、夕方、インターフォンが鳴った。 「誰だろう?」  確認してみたら、何と飛鳥井先生がドアの外に立っている。…居留守を使おうか。 「朱音ちゃん、居留守を使っても無駄だよ。さっき、窓から姿が見えた」 「何の用ですか?部屋には入れませんよ、絶対に!」 「いいよ。食事に行こう。話がある」  どうしよう。私も伊南から聞いた話を、確かめたい気持ちがある。  迷った末、OKした。アパートの近くの、イタリアンの店に行くことになった。    奥まった席に、向かい合って座る。  口元に、(したた)かな笑みを浮かべて、こちらを見る。 「聞いてるでしょ。病院辞めるって話」 「辞めて、逆玉に乗るとか…」  それを聞いて、フフンと鼻で笑う。 「その情報、古いよ。とっくの昔に断った」  …驚いた。この狡猾な人が、こんな美味しい話を断るとは…。 「じゃあ、辞めるって話は?」 「それは、ホント。君の病院には、再来週が最後かな」  私が、不思議そうな顔で見つめているのがおかしいのか、ハハっと笑う。 「じゃあ、何で辞めるのかって顔だね。榊を見てて、馬鹿馬鹿しくなった」  ワインが来た。自分と私のグラスに、赤い液体を満たす。 「乾杯」と、目の高さに掲げて、グラスを傾ける。イケメンは、何をやっても絵になる。 「親の病院のために、好きな女を諦めて、別の女と結婚する。それで、一体何が得られるの?」  グラスを飲み干す。 「こっちは、もっと酷いよ。逆玉って言ったって、すぐに病院が手に入るわけじゃない。向こうの親や親族に見張られて、自由を制限されて、好きでもない女を抱いて、子作りに励む。自由になる金と権力を手にできるのは、何十年も先のことさ。ジジイになってから、金に飽かしてやりたいことやったって、面白くも何ともない」  一気に吐き出すように、心の内を吐露する。 「でも、先のことを考えれば、その方が成功者と言われますよ」 「朱音ちゃん、それにどれだけの価値があるの」  テーブルに片肘をついて、私を凝視する。 「生きている、今、この時に満足できる生き方をしないで、先の自分に何を期待するの?未来は『今』の延長線上にあるんだよ」  彼が、少し遠い目をする。 「何のために医者になったのか、もう一度、考えてみたんだ。…そして、決めた」  私を見つめる。今まで見たことのないような、真剣な眼差しだ。 「離島を回る、診療船に乗る。…へき地医療だよ。ずっとやりたかったんだ」  息を、呑んだ。この人が?まさか!という思いに、言葉が出てこない。 「そんなに驚くこと?実は、世話になった先輩が現地に居て、前々から誘われていたんだ。奨学金の返済も免除になる」  やっとの思いで、口を開く。 「あんな美味しい話を蹴って、お金にならない、苦労も多い道を選ぶなんて、諒さんらしくないですね。本気なんですか?」  彼が愉快そうに笑う。 「俺のこと、そんなヤツだと思ってたの?…まあ、無理もないか。朱音ちゃんのこと、ずいぶん振り回したからね。時間がない分、焦ってたんだよ」  そのレベルか?だいぶ強引なこと、されたぞ。 「若さがある今しかできない事って、あると思う。人のいる所、全て平等に医療が必要だ。都市部ばかりが優先されるって、おかしいだろう?」  いつものギラギラした感じではなく、以前の穏やかな感じに戻っている。 「船に揺られて、島を回って、納得いく仕事をして、クタクタになって、家に帰ると、好きな女が待っててくれたら、最高だろうな。そして、彼女を思い切り抱いて、眠りに付く」  私を見つめる瞳が、熱を帯びて来る。 「ずっと前から、考えていたんだ。…朱音ちゃん。一緒に来て欲しい」  えっ…? 「君が、好きだ」
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