163人が本棚に入れています
本棚に追加
「エファリューお嬢様、そろそろお時間です」
ミアに声をかけられて、エファリューは席を立つ。最後にもう一度、姿見で晴れ姿を確認した。
今日は何と言ったって特別な日。
一年の始まりに、新しい春の日。
今日のために仕立てたドレスは、優雅なドレープが清らかな水を思わせる淡い色。編み込んで結い上げた髪と胸元には花が飾られ、華奢な手首に揺れる真珠の飾りは指の先までをより繊細に映えさせた。
眉の一本一本丁寧に仕上げた。睫毛はばっちり上を向いて、目配せすれば瞼に乗せた金銀の粒が星を振り撒く。頬と唇に乗せた春の色は、今にも咲いて零れ落ちそうなほど瑞々しい。
いつものエファリューが満点なら、今日は点の付けようもない、この世に生まれたことが罪なほどに美しい──と、自己評価だけはやたらに高い。
きっと素晴らしい日になる。
ドレスの裾を翻し、大広間へと向かう足は踊るようだ。
やがて見えてきた居並ぶ面々の中心に、アルクェスと共に立つ美丈夫の姿を発見した。
エファリューは思わず楚々とした仕草に切り替えて、広間に足を踏み入れた。
「ああ、いらした。おいでなさい」
アルクェスに手招かれ、しずしずと、伏し目がちにそばへ寄る。
そっと覗き見た美丈夫は、三十半ばといったところの、褐色の髪をした男だ。眼鏡の下の涼やかな瞳で、エファリューに一礼をした。
これがロニー卿かと、エファリューは胸を高鳴らせる。柄にもなくどきまぎとして、視線を彷徨わせた先に、いかにも流麗な文をしたためそうな、均整の取れた大きな手が見えた。
彼はアルクェスに向き直って、口を開く。
「それでは、お呼びいたします」
「お願いいたします」
彼は再び頭を下げて、広間を出ていった。
「……? ロニー卿は? どこに行っちゃったの?」
「今から参られます」
「じゃあ、今のは誰よ」
「ロニー卿の執事殿です」
などと話している間に、先の男性を従えた偉丈夫が姿を現した。
居並ぶ侍従たちの頭から、優に抜きん出た黄金の髪が近付いてくる。肩幅など、アルクェスより二回りも大きく見える。
エファリューは目を凝らし、何度も瞬きしては目を擦った。
最初のコメントを投稿しよう!