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「……ちょっと、ねえ」
「何です?」
「いえ……え〜? まさか、ねぇ……?」
エファリューは侍女たちの中に、ミアの姿を探した。
彼女の瞳は一心に、こちらへやって来る偉丈夫へと向けられていて、エファリューの無言の問いには気付かない。だがエファリューの化粧以上に上気した頬と潤んだ瞳とが、雄弁に答えていた。彼こそが、ロニー卿であると。
エファリューの前までやって来て、ロニーは優雅に跪いて一礼した。庭で見せる無骨な仕草は、髭と一緒に捨ててきたらしい。
「初めまして、レディ。お目にかかれて光栄です」
真珠の煌めく手に口づける真似をするロニーの口許には、堪え切れない笑みが洩れている。
「なっ、なっ、なっ……」
さっきまでとは別の赤色に顔を染めながら、エファリューはアルクェスと〈マックス〉とを交互に見る。
『どうです、憧れのロニー卿は? わたしより先に出会って? なんと言われたかったのですか?』
「ふっ……ぐぬぬ……!」
オットーに続いてロニーまで、とんだ曲者ぞろい。
酷い屈辱を受けた思いで何度もロニーを見上げては、理想と現実の乖離を受け止めきれず、エファリューは涙を滲ませた。
「わあああん、わたしの麗しのロニー卿がマックスに喰われたあ!!」
「こらっ、エファリュー! なんということを」
とうとう堪えきれなくなったロニーは、おとがいを解いた。その笑い方だけは間違いなく、エファリューが信頼する庭師のものと同じで、もうどうしても受け入れるしかないようだった。
「……さて、驚かせたばかりで偲びないが、実はお嬢さんにはもう一つ、驚いてもらわなければならないことがある」
「なによぉ。もう、ちょっとやそっとじゃ驚いてやらないんだから」
「それはいい。話が早くて助かるよ。実はね……」
こそこそこそ……と、ロニーの大きな手がエファリューの小さな耳に壁を立てる。
「この度の神女様の働きに、いたく感激された陛下が、是非とも直々にお会いしたいと仰るのだが。どうする?」
「ど、どうするって?」
「王都へ行くか、お招きするか」
「こ、断るぅ……なんてぇ〜?」
できない相談だ、とロニーは首を振る。身体が大きいからか、必要以上に動きが大きくて、絶望的に否定されているようだ。
愕然とするエファリューの肩を、アルクェスが叩く。それは決して慰めではない。彼はひとのいい笑みで言う。
「対、王族用の教育が必要ですね。腕が鳴ります」
「えっ、いやっ……」
「気が抜けたのか、近頃また弛んできておりますし、ちょうどいい。躾け直して差し上げましょう」
「やっ、やだぁ……」
「──覚悟なさい、エファリュー」
「う、嘘でしょおおお!?」
新年早々、城には絶叫が響き渡る。エファリューの平穏までの道は、まだまだ遠い──。
『闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!』終わり
長い物語にお付き合いくださり、ありがとうございました。ここまで書ききれたのも、温かい応援のおかげです。
pvもスターもスタンプもコメントも、ひとつひとつ大事に大事に噛み締めております。本当にありがとうございました!
※本編は終わりましたが、気ままに小エピソード追加しています
2024/01/08 「春の身支度」173p目に追加
2024/01/14 「生まれ出る春の日」175p目に追加
2024/01/21 「だいすきなひと」181p目に追加
2024/02/06 「小瓶は空に、鏡像は笑む」追加188p目に追加
→170〜172pは後書きにもならない雑記です。今後のことや色々。お暇な時にでも読んでいただけたら、幸いです
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