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鼻息荒く、興奮してミアは言う。
「春の日には、ロニー様もいらっしゃるんですからね!」
ミアが何気なく放った言葉が、エファリューを立ち上がらせる呪文になった。
「そうよ。ロニー卿には、わたしの一番を見てもらわなくちゃ!
……だけど、困ったわ。わたしってば、何でも似合っちゃうもんだから、どれもこれもが一番なのよねぇ」
「でも、好きなお色くらいございますでしょう?」
「好きな……」
染色見本をめくれば、手元に虹の橋が架かる。
ふと手に触れた清い色に目を引かれ、そこで虹を捕まえた。侍女たちに示したのは、流れる清水を思わせる明るく柔らかな水色だ。
「これ」
「まあ、素敵。春めいて、お似合いですわ」
「ですが、意外ですわ。エファリュー様はこちらの……落ち着いたラベンダーなどが、お好みかと思っておりました」
「あら、そう? まあ、わたしも特に意識したことはなかったけれど……、そうねぇ。思い返せば、昔から好きなんだと思うわ」
うんと小さい頃、初めて結んだリボンも水色だった。川で戯れたケルピーも、空を映した澄んだ色。唯一無二の相棒フューリだって、水色だ。
「きっと運命の色なのね」
◇ ◇ ◇
「お嬢様もようやく乗り気になってくださって」
「素敵なドレスに仕上がりそうでよかったですわ」
「さあ、ミア。今日から寝る間もございませんからね」
「はっ、はいっ!」
ミアは布地を片付けに、お姉様方と別れた。
ワゴンはずっしり重たいが、娘の夢が詰まった宝箱だ。片付けさえキラキラと目に楽しくて、苦ではなかった。
見本を片した後は、ドレスに仕立てるための厳選した生地をワゴンに積み直す。
収納庫から戻る途中で、前方からアルクェスがやって来るのに気付いたミアは、廊下の端で面を伏せて彼が通り過ぎるのを待った。
すれ違い様、ミアはふと気になって、彼の横顔を覗き見た。
真っ直ぐ前を見据えた空色の瞳。その色合いが、エファリューの選んだ見本によく似ている。
──きっと、運命の色なのね。
そう呟いた姫の穏やかな微笑みを思い浮かべ、年若い侍女は一人胸をときめかせるのだった。
「春の身支度」 終.
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