追加エピソード②生まれ出る春の日

2/6
前へ
/197ページ
次へ
 この少女、実の名をエメラダといい、隣国クリスティアでは唯一神と同一視され、崇め奉られる第一王女である。  そんなことなど知る由もないファン・ネルの住民は、魔女の夜逃げから五日後、街に現れた彼女に問答無用で縄をかけた。  ズボラでぐうたらな魔女と違い、優しい雰囲気に加えて品もあるエメラダを別人なのではないかという声もあったが、また何か企んでいるエファリューが猫を被っているだけだという者が圧倒的に多かった。  そんなわけで初めは、冷たい態度でこき使われた。しかし粉の挽き方さえ知らない王女様は、当然ながらなんの役にも立たない。そのくせ、やる気だけは人一倍で、どんなに罵られようとめげずに立ち上がる。そんなエメラダの姿を見ているうちに、頑なだった心を絆され、人々は疑いの目を改めた。  住民の出した答えはこうだ。 ──エファリューは、粉の挽き方くらい知っているが、自分が楽をするためなら、赤子や猫にだって粉を挽かせるはずだ。  そんなわけで、本当なら同じ名前で呼ぶのも申し訳ないのだが、少女が素性を明かしたがらないため、便宜的に「エファリュー」と呼んでいる。  住民はエメラダのことを、何処かのお屋敷を飛び出して来たお嬢様だと思っている。彼女には連れの男がいるのだが、これが従者というにはぱっとしない青年で、住民の間では「深窓の令嬢とうだつの上がらない下男の許されぬ恋の果ての駆け落ち」──というのが、もっぱらの噂である。  読みは悪くないのだが、彼らが期待するような関係でないことがエメラダの悩みでもある。
/197ページ

最初のコメントを投稿しよう!

163人が本棚に入れています
本棚に追加