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頑張りな、と背を叩いて女は去った。入れ替わりに、昼飯を手にフェイが戻ってくる。
薄焼きの小麦生地に味の濃い具材を挟んだ軽食は、作り立てで熱々だ。包み紙から滴る脂に気をつけて頬張り歩くのがファン・ネル流だが、上品なエメラダはきちんと家に持って返ってから食べるのが常だ。
しかし今日からは違う。いつまでも姫の顔をしていてはだめなのだと、じんじん痺れる背中に力を借りて、おっかなびっくり肉厚な角煮にかぶりついた。
「ひゃ、わっ……!」
やっぱりこういうことに不慣れな姫は、濃厚なタレをかわしきれず、胸元を汚してしまった。
驚きながら手拭いを差し出すフェイに、エメラダははにかんで微笑みかける。
「アルが見たら倒れてしまいますね」
「……うん、行儀が悪いと嘆かれると思います」
「うふふ。でもようやくわかりました。これは熱いうちにいただいた方が、とっても美味しい。それがお作法なのですわ。ねぇ、フェイ。今日は皆さんのように、街を歩きながら食べましょう?」
「だけど……」
「わたくし……いいえ、今のわたしはただのエメラダ。時にエファリュー。どこにでもいるただの娘では……いけない?」
背の小さなエメラダは見上げれば自然と、上目遣いでお願いする格好になる。これをされて断れるなら、フェイはそもそもここにいない。
嬉しそうに歩き出すエメラダの一歩後ろに従って、彼も昼飯にかぶりついた。
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