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「あの子たちは、初めて見たものを親だと思う。それと同じで、お嬢様も……。初めて触れた刺激に、俺をいいものだと……そう、刷り込まれただけです。俺なんかでは、不釣り合いだ。だからいつか貴女は目を覚ます。いつか、本当の恋をして、飛び立っていく……飛べるようにしなくちゃいけない。だから、俺は貴女と踊れない、踊っちゃいけないんです」
項垂れるように川面に目を伏せて、フェイは声を絞り出す。
「……それでも、その時まで……。貴女が俺のもとを離れるまで、一番近くで貴女を見ていたい。そばにいられる間は、貴女の心は俺のものだって、そんなことばかり考える……。浅ましい男なんです、俺は」
「そんなことを……考えていらしたの」
エメラダも並んで水鳥を眺めながら、いつにもまして頼りなげな背中に、そっと寄り添った。身を強張らせながらも、フェイは動かない。
「……今は、なにを考えていますか?」
「あ、貴女に触れられて、嬉しい……」
「……では、わたしと一緒。心がとても喜んでいるの」
水鳥が飛沫を上げて羽ばたき、フェイの緑青色の髪に光る雫を降らせていった。それがとても綺麗だとエメラダは思う。
「フェイ、貴方はわたしを侮りすぎですわ。確かにエメラダは無知ですけれども、人を見る目くらい養ってきたつもりです。この想いが刷り込みなら、アルでもロニーでもよかったはずなのに、わたしは貴方を選んだのです。お願い。わたしを信じて。この想いを認めて」
わたしと踊ってください、と改めてエメラダはお辞儀をする。フェイはその手を取ったが、やはり頷きはしなかった。
「……一年。あと、一年待ってください」
「一年?」
「魔女のエファリューは、貴女のすべてを奪うと言いました。でも俺は、貴女には奪うのではなく、手に入れてほしい」
「手に入れる? 何を?」
「魔女でも姫でもない、貴女だけの顔……名前と戸籍を」
神女として育てられる第一王女には、もとより戸籍がない。住民に勧められるまま、エファリューの在住票に乗っかってきたが、フェイはそれをよく思っていなかった。
一年間、居住歴があって税を納められる生活基盤が整っていれば、エメラダのような成人前の娘でもスフェーンの戸籍をもらえるという。
「そうしたら、貴女は本当に……ただの町娘だね」
にっこりと微笑むフェイに、エメラダは未来を垣間見た。
──きっと今度の……その次の春の祭りでは、一緒に踊っている。揃いの面を付けて、フェイは従僕の顔を捨て、エメラダは新しい名前に新しい顔で……。そして彼の腕に留まって、飛び立つことはないのだ。
「新しい名前は、フェイに付けて欲しい。これから先、一番呼んでほしいのは貴方だから……。思わず呼びかけたくなるような名前を付けて?」
「……頑張って、考えます。だから、待っていて」
朴訥とした青年は、重ねた手にキスさえしない。だが手を離すこともないまま、歩みを揃えてゆっくりと帰路を辿った。
終.
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余談
エメラダの名前はエマになる予定です
Emeradaのアナグラムで「親愛なるエマ(dear Ema)」
これはあくまで作者側の思考パターンであり、彼らの言語では成立しないので、フェイも説明しようがない由来です。
本編に差し込む隙がなかったので、ここで二人の未来に決着つけられてよかったです。
フェイが刷り込みだと認識した上でエメラダを手放したくないと思っている、人間くさい(ちょっと闇を感じる)男だというのも書いておきたかったので。
しかし歳の差は尊いけれど、ネックなのも歳の差で……自分で書いておきながら度々「どうしてこの年齢にしちゃったんだ」と拳を叩きつけました。
エメラダが成人(16歳設定です)してくれないことには、何も進展させようもないし、あまりにフェイが好き好き言ってもお巡りさん呼ばれちゃうので……。
フェイの名誉のために言い添えるならば、何も彼は異常な嗜好があるわけではないし、エメラダが初恋だとか、他に女を知らないとかいうことはないのですよ。……どこかの誰かさんはどうか知りませんけど(´・ω・`)
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