六畳一間の平穏

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「エヴァの子が、明日から神女様ですって」  朝陽を切り裂いて空から落ちた時も、アルクェスの申し出を聞いた時も、なんの因果かと思った。  翼が疼く。今なら、国を奪い返せるのではないかと。  軟膏の上に、新しい糊を重ねて、エファリューは嗤わずにいられない。 「知らないって、幸せね」  アルクェスがいかに優秀であろうと、彼女が生きた足跡をすべて辿るなど不可能だ。だから、エファリュー・グランのずぼらでぐうたらな二十年をスフェーンに見つけた後は、何の疑いも持たずに「エヴァ」なんて呼べるのだ。  彼の信仰心と忠誠心に付け込むことに、痛む良心などエヴァの子は持ち合わせていない。  ……が、それと等しく、本気で国家転覆を諮るほどの情熱も復讐心も、彼女の中には既に存在しない。糊が乾いて、寝間着を身につけ直した後は、改めて寝台にごろりとなった。 「神女のフリさえちゃんとできれば、夢のぐうたら生活が待っているのよ。手放すわけないじゃない! 不義理な娘でごめんなさいね、お父様、お母様。せめて師匠の願いだけは叶えて、ゆるゆると生きてみせるから、冥府とやらで見守っていてちょうだい」  濃い闇が揺蕩う屋根裏に、程なく寝息が立ち始めた。  両手を広げれば、隅から隅まで手が届くようなこの手狭な空間が、亡国の王女エファリューの城だ。 ーーーーーー 第二章から、いよいよ神女デビュー。全く真逆の存在のエファリューは無事にお務めを果たせるのか? 神女の目を通して垣間見る、エメラダの苦悩とは? 引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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