初めてのお仕事

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初めてのお仕事

 ティアラの宝飾から、爪先のビジューに至るまで無垢な白を基調に淡色で纏められた神女のお仕着せを纏い、エファリューは馬車に揺られる。  対面に座したアルクェスが、懐から対をなす耳飾りを取り出した。一見すると金剛石に見える、六角の石が煌めく。 「思念石です。揃いの耳飾りを付けた者と交信できます。わたしは常にそばについてはおりますが、神殿内では言葉を交わせないと思っていてください。困った時は、こちらで呼びかけるように」  そう言って、彼は銀糸の髪を耳に掛け、同じものを示して見せる。 「ねぇ、それがあればエメラダと話して、居場所を突き止められるんじゃないの?」 「……のです」 「え?」 「これはエメラダ様が置いていったものですっ……」  自らの口で、エメラダの頑なな逃亡の意志を再確認し、若い神官は肩を落とす。失礼を承知で、エファリューは吹き出してしまった。やはりエメラダは、教育係に不満を抱いて逃げたのだろうと確信を強めながら、耳飾りを付けた。  ゆるやかに坂を上り下りして、緑の丘を行く馬車が、石碑の建ち並ぶ道に出たところで、アルクェスが表を指差した。 「ここまでが、メリイェル侯爵領。この先から、王領かつ神域に入ります。その先に見えるのが聖神女神殿です」  何が変わったわけでもない。ただ(いしぶみ)を横目に通り過ぎただけだ。それなのにエファリューは背筋が伸びる思いで、わずかに拳を握った。 「おや、気持ちを切り替えましたか? 殊勝なことですね、。ご覧なさい。各地から祈りを捧げに来た者が、貴女のお渡りを今かと待っているのです」  神殿に向けて、丘の下から伸びる道には人々が列を成している。神女の馬車を目にした彼らは、その場にて平伏し祈りを捧げた。 「彼らが辿る祈りの道は──老いも若きも貴きも賤しきも、湖畔の宿場を最後に、己の足で神域を目指すのです」  エファリューは空から俯瞰した緑地を思い浮かべるが、神殿とエメラダの居城以外のものを見た覚えがなかった。  それほど離れた所に、湖畔の町はあるらしい。  そんなに遠い場所からわざわざ歩いて祈りに来る心境が、エファリューには理解できなかった。まして今日から、彼らが云うところの悪神である魔人の生き残りが、神女になりすますというのだからお笑いだ。  伝わりもしない祈りを、その身を折って一心に捧げる人々を虚しく見遣りながら、エファリューの乗った馬車は神殿の前門を潜った。
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