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祭壇を横切り奥の間へ進むと、神官らの詰め所と思しき一室に、高年の男性神官が待っていた。彼はエファリューを迎えるや、恭しく跪拝した。
法衣の格式の高さ、頭に被った宝冠から、彼が大僧主オットーであると、エファリューは判じた。
アルクェスの教えをざっくりまとめると、神殿において神女が頭を下げるべきは、祭壇のみと言われている。たとえオットーが、クリスティアにただ一人しかいない最高位の神官であろうと、エメラダは堂々としていていいそうだ。
オットーが儀礼的な挨拶を述べている間、エファリューは彼の頭を見下ろして、宝冠に飾られた宝石の数を数えていた。
(一個くらいぽろっと落ちないかしら。そしたら換金して……)
などと、考えていると、挨拶を終えたオットーが顔を上げた。エファリューと目が合うや、彼は柔和な顔の皺を深くして、じっと見つめてきた。
それからアルクェスに詰め寄り、何事か問い詰めているので、まさか偽者だとバレてしまったのではないかと、エファリューは気が気でない。
しかし心配はいらなかった。次にオットーと向かい合った時、彼は穏やかに微笑みかけてきた。
「失礼いたしました。幾分か血色が悪く見えたものですから、まだご体調が優れぬところを鞭打って参られたのではないかと、少々アルクェスに確認していたのです。身共が、せっつくような真似をしたばかりに、ご無理をさせてしまったのなら、まことに申し訳ございませぬ」
エファリューは、教育係と何度も練習を重ねたやり方で、声を転がす。
「オットー。心配をかけましたね。貴方が此方にいてくれるおかげで、安心して静養に専念することができました」
エメラダの声は、小鳥が囀るように軽やかで、ゆったりと温かな陽だまりを思わせる。とても可愛らしい声だが、日頃のエファリューを知るファン・ネルの住民が聞いたら鳥肌間違いなしだろう。
しかし背後のアルクェスはエメラダを想い、涙をこらえて、エファリューの声を噛み締めている。彼がそうなるくらい、練習の成果は出たということだ。──と、なったら当然、オットーも簡単に騙すことができた。
大僧主はにっこり笑んで、「本日もお願いいたします」と恭しく頭を下げ、祭壇へと神女を送り出した。
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