なまくらの琢磨

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そうだ 辻斬りになろう 俺は品も学も無いただの田舎者だが、腕っぷしだけは自信がある ならば人を斬って有名になろう! そうと決まれば善は急げ まずは刀だ 人を斬るためには刀がいる かといって買うのは馬鹿らしい そんな銭も無いし、なによりも人斬りらしくない ではどうしようかと考えた時に閃いた 村の神社に奉納されている御神刀がある それを盗んで愛刀としよう 宵闇に紛れて境内へ忍び込む 刀は本殿内の祭壇に飾ってある 鍵のかかった扉を蹴破って侵入 易々と刀を手に入れた 抜いてみれば煌びやかに輝く白い刀身 錆びもなくこれなら見事に斬れるだろう ではさっそく誰か試し斬りするか 俺は近くの街道で待ち伏せすることにした それからどのくらいたっただろう 夜の田舎の街道なんて誰も通らない このまま今日は帰ろうか いやでもせっかく刀盗んだし誰か斬りたいなぁ そんな気持ちでうだうだと待っていればついに 1人の男が歩いてきた 腰には刀を差し背筋もシャンと伸びている 間違いなく侍だ 初戦の相手には相応しく、いきなり侍を殺したとなれば一躍有名になれるだろう つまり!この機会を逃してはならぬ! 喜び勇んで意気揚々と声をかけた 「やぁそこのお侍さん こんな遅くに何用で?」 「この先に住む友が倒れたと聞いて急ぐ道中だ 貴様こそ人斬りの真似事か?」 「真似事ではない 今夜から始まる最強の人斬りだ」 「……? よくわからんがおとなしく家に帰れ 粗雑な口調に適当な構え どう見ても貴様は剣術を習っていない素人だろう」 「習わずとも強いのだ いざ尋常に勝負!」 刀を抜いて斬りかかった 驚いたのか侍は腰の刀に手も伸ばしていない このまま一息に斬り殺そうとしたその瞬間 「あ?」 クルリと視界が回り空が見える いつのまにか投げ飛ばされていた 手痛く叩きつけられ刀が手からすっぽ抜ける 「やはり素人 何が起こったかわからぬだろう? 間抜けな恰好を晒していないでさっさと家に帰れ」 「ふざけるな!俺はまだ」 「刀を手放した時点で貴様の負けだ たとえ片手を斬られても、首を刎ねられ死のうとも、絶対に刀を手放すな どの剣術の流派だろうともまず最初に習う絶対の教えだ」 「それでも俺はこうして」 「ここで長々と素人相手に講義を垂れる暇はない 貴様なぞ刀を抜く程の恐れも感じぬ弱者だ 辻斬りの真似事など本来なら即刻始末すべき悪人だが、こんなに弱い素人ならば放っておいても問題あるまい」 「なにを勝手に」 「それになにより その刀、人は斬れない祭事用のなまくらだ 友の容態は一刻を争う 故に今日は見逃してやろう さっさと消えろ」 言い終わるなり侍は速足で歩き去った どんよりとした重苦しい感情が体を隅々まで包み込む 俺は強いんだ!!という自信がこんなにもあっけなく崩れてしまった なんとなく試しに刀を拾い上げて自分の腕に軽くあてる 痛みもなければ血も出ない、掠り傷すらつかないなまくらだった 「ここが柳河剣術道場か?」 「えぇそうです 入門希望の方でしょうか」 数日後 俺は道場の門を叩いた こんな田舎者でも入れるのか、入門するのに幾らかいるのか、何も知らないがとりあえず来てみた 人づてに聞いたところなんか有名な剣術家らしい 「お入りください 先生がお会いになります」 奥の和室へ招き入れられる そこには小柄で白髪の男性が座っていた 「柳河剣術道場師範 柳河一郎だ」 「神原琢磨と申します」 「入門希望とのことだが誰かからの招待か?」 「いえ全く 剣術を学びたいので押しかけました」 「ほぅ では腕に覚えがあるとか、侍になるために学びたいだとか」 「いえ全く 俺は弱いですし侍になる気もありません ただ強くなりたいのです」 正直な考えを打ち明ける 既に辻斬りになりたいだなんて無茶な野望は抱いていない こんな学も無いただの素人がいきなり侍を目指すなど無理だというのもわかっている しかし弱いままで暮らすのは我慢ならず、ただ強くなりたいと思ったのだ それを聞いた柳河師範は面食らった顔で固まっていた その顔を見ると恥ずかしさでいっぱいになる 「勝手に押しかけてしまい申し訳ございません 帰らせていただきます」 「待て 貴様は強くなってどうなりたいのだ」 「その先のことは考えていません いまはただとにかく強くなりたいのです」 「ふむ、ここまでの貪欲さは久しぶりに見た いまの門下生は親が侍だからと天狗になっている奴等ばかりでな よかろう、貴様の存在は刺激になるかもしれん 入門を認めよう」 「ありがとうございます!」 こうして運よく道場に転がり込むことができた まさかこんな順調に進むとは夢心地だ 安堵の気持ちで和室を出ると男が待ち受けていた 「話は聞いていた 貴様が新入りか?」 「お初にお目にかかります 今日から入門させていただきました神原と申します」 「我は東太郎 杉山東太郎 旗本で有名なあの杉山家の長男だ」 「はぁ、よろしくお願いいたします」 「なんだその反応は?杉山家ぞ、旗本ぞ?まさか知らぬと?」 「田舎者のため無知で申し訳ない」 東太郎の顔が真っ赤に染まる どうやら怒らせたようだが知らない物はしょうがない どう取り繕うか慌てていると荒々しい足取りで立ち去ってしまった なんだか心苦しいが、とりあえずは気持ちを切り替えて剣術の稽古だ! そんな思いを打ち砕くように、辛く厳しい日々が幕を開けた この道場は侍を志す者達が集う実践的な流派 門下生も侍の息子などが多く、多少は剣のいろはを学んだ者ばかり そのため素人が一から学ぶには難しすぎた 必死に食いついていくが手には血豆が滲み体中が軋むように痛い そしてなにより 「おい神原 道場の掃除しとけよ」 「折れた木刀も捨てとけや」 先輩弟子からのいじめがとにかく酷い いきなり転がり込んできた無知で弱い田舎者 素性も知れない怪しい男に優しくしてくれるはずもなく さらに東太郎を怒らせたのがまずかった なんと東太郎こそが門下生の中で一番強く一番偉い、いわばこの道場の代表だったのだ 厳しい稽古では情けない姿を晒し、先輩弟子からは冷遇され、それでも諦めることはなかった 自分が弱いと知っているからだ 鮮やかに負けたあの夜が、敵わない強者に出逢った恐怖が、いつまでも心を締め付けて離さない しかしだからこそ、自分がどこまで強くなれるか知りたい その一心で剣を振るい続けた 先輩弟子の練習を目の皿のようにして睨みつけ 師範の言葉を一言一句聞き漏らさないように耳をそばだてる そんな日々が数週間も続けば段々と成果が実りだした 情けない姿を晒す回数も減り、先輩弟子とも打ち合えるように それを見て面白くないのは東太郎 剣筋も荒れて練習にも身が入らず散々だ ……こんなざまなら勝てるのでは? そんな思いがむくむくと膨れ上がる どうにか抑え込もうとするが日夜考えてしまう 斬りかかったらあの高慢ちきな態度は崩れるのか いったい俺をどんな顔で睨んでくれるのだろう もしかすれば返り討ちに合い俺の方が殺されるのかも 寝ても覚めても想像してしまい暗い興奮が止まらなかった もう駄目だ このままではおかしくなってしまう 俺の精神を保つためにも、東太郎を殺さなければ ある日の練習終わり 苛立った様子で1人帰る東太郎 あの田舎者が来てから全ての調子が狂い始めた 家名を告げても全く怯まず、どれほどいじめても泣き言をあげない そんな人間に初めて出会った どう対処すればいいかわからず苛立ちだけが募っていく しかもアイツは師範のお気に入りになってしまった そこにいたのは俺のはず、苦労して掴んだ居場所のはずなんだ それを横から奪い去ったうえに剣の腕も上達していく このままでは俺の全てが奪われるのではないか そんな焦りと不安が重くのしかかり、無意識のうちに自信を無くしていた 「もし、そこのお侍さん」 「ん?何奴だ というよりもその声は」 深々と編み笠を被り顔が見えない男に話しかけられた だがその声は その姿は 「貴様、神原だろう こんなところで何をしている」 「ちょいと胸をお借りします」 困惑で固まる東太郎へ神原が斬りかかる 木刀ではない抜き身の真剣だ もちろん東太郎も刀を抜いて構えるが 「――ッッ」 なにもかもが遅かった 左胸から右腹部へ斜めに深々と一閃 鮮血が飛び散り東太郎は力無く崩れ去る その死に顔には困惑がありありと浮かんでいた 「知っての通り、昨晩東太郎が何者かに襲われた」 師範が門下生へ淡々と話す 旗本の息子ということもあり、昨晩のうちに話は広まっていた いまでは街中がこの噂で持ちきりだ 「剣術を学んでいる者を狙った辻斬りの可能性も高いだろう 各自注意するように」 「はっ」 「それから神原 話がある」 指名されてもそこまでの驚きはなかった 東太郎を殺せたことで満足していたし、師範なら俺の犯行と見抜いて然るべきだ それよりもいっそ師範と斬り合うか? 流石にどうあがいても勝てないだろうなぁ グルグルとそんなことを考えながら奥の和室に入ると 「そんなに殺気を漏らしては斬れる者も斬れないぞ」 「ご冗談を 師範を殺すなどそんな大層な」 「誤魔化しても無駄だ そもそも死体を見ればすぐにわかる あれは東太郎の癖や体捌きを熟知した身内が斬った傷だ 貴様が殺したのだろう?」 「……はい」 「どうだった」 「どうだった、とは?」 「そのままだ 初めての人殺しで何を感じた」 予想外の質問に面食らってしまう 問答無用で突き出されるか、そうでなくても理由を聞かれるかと身構えていた それが人殺しの感想とは 「別に取って食うわけでもなし むしろ殺せた技量を褒めたいくらいだ で、どうだった?」 「はっきりと正直に言えば、快感でした 後悔など微塵も感じず痺れるような甘い快感が体を包みました」 「そうかそうか 東太郎如きでそんな快感を得られたか ならばもっと強者を殺せばさらなる快感を得られると思わぬか?」 「さらなる快感?」 「柳河剣術の神髄、ただの門下生には教えない人殺しの技術を学んでみたくはないか」 「是非とも学ばせていただきたいです」 「ふむ、即答とはいい心がけだ では毎日の稽古終わりにこの部屋へ来ると良い」 それからさらに厳しく実践的な稽古が始まる……かと思えば習うのはまず座学だった 人体の仕組み 狙うべき急所 さらには自分が怪我した場合の応急処置まで幅広い医学を叩きこまれる これがいったい人殺しにどう繋がるのか 疑わしく思いながらも存分に吸収し学んでいく するといつもの稽古の理解度が変わった たとえば師範は口癖のように刀は常に体の中心で構えろ!なんて言うが、それは自分の急所を守る防御の役割もあるのだな いままでの稽古と座学が結びつき楽しくて仕方ない 俺はより一層のめり込んでいった 「ふむ、もうそろそろ実技に入るか」 東太郎を殺してから約半年がたったころ 幸運にも俺が捕まることもなく、下手人は不明で片付けられた どうやら座学は一段落したのかいよいよ実践だ 「儂を殺す気で向かってこい」 「いいのですか」 「ハッハッハッ そんな犬のように喜ぶな 貴様如きには不覚を取らぬよ」 待ちわびた実践 いつか叶えばと願っていた師範との試合 一体どれほど強くなれたのかを知る絶好の機会 喜びで体が震えてしまう いますぐにでも斬りかかりたいが、かといって迂闊には踏み込めない 俺の技術は全て師範から教わった物 動きも考えもお見通しだろう かといって下手な小細工が通用する相手でもない 悩んだ末に正面から真っすぐ打ち込むことにした 「正しい 貴様の強みは虚飾のない素直な太刀筋だ 故に見切りやすく対処はしやすい」 振り下ろした刀はやすやすと躱されがら空きになった体に鋭い一撃を打ち込まれる 真剣だったら間違いなく死んでいただろう 「師範 もう一度お願いします」 「よかろう 太刀筋は良いが狙いが悪い 隙を見つけてそこへ斬りこめ」 なんべんもなんべんも斬りかかる その度に躱されいなされ一撃も入れることすらできないが、ならば次はこうしてみようか、師範の助言はこういうことかと試行錯誤する楽しさがたまらなかった 「流石に終いだな これ以上は貴様の体がもたん」 そう言われてようやく正気に戻る 外はとっぷりと日も暮れて真っ暗 糸が切れたようにへなへなと情けなく腰が抜け座り込んでしまった 「頼もう ここが柳河剣術道場か」 師範との実践稽古を何日も重ね、何かを掴みかけていたある日のこと 思わぬ来客があらわれた 「我が名は弁慶 各地を巡り道場を打ち破る強者である ここ柳河剣術道場は実践的な剣術と聞いた ぜひお手合わせ願いたい」 空気が張り詰め緊張が走る 敵だ 間違いなく倒すべき敵の登場だ 弁慶と名乗ったその男は背丈も高く筋骨隆々 道場破りと名乗るだけの強さと自信に満ち溢れている 小柄で華奢な師範とは正反対、だからこそどう闘うのか楽しみにしていれば 「相分かった 神原、貴様が相手せい」 なんと師範は俺を指名した 驚いたがすぐに気持ちを切り替える 師範以外と闘えるなんて願ってもない 「かしこまりました 不肖ながらこの神原がお相手つかまりましょう」 俺は喜んで試合を受けた 道場の中央で相対せばやはり大きい 頭1つは背丈も高く、筋肉が詰まった横幅も太い そこから発せられる威圧感は凄まじいものだ 「では試合はじめぇ!」 師範の合図と共に弁慶が一気に踏み込んでくる 頭の上まで大きく振りかぶり、そのままコチラを斬るつもりだ しかし遅い これならばむしろ踏み込んで相手の間合いへ入りこむ すれ違うように右側へ抜けながら、がら空きになった胴へ一撃をくらわせた 「そこまで」 師範の鋭い声が響く 期待した割にあっけなく終わってしまった もちろん不服な弁慶はがなり立てる 「待て!確かに一撃くらったがまだ我は!」 「阿呆 もしもいまの勝負が真剣だったらいまごろ貴様は真っ二つじゃ 他の道場は随分と甘く許してくれたようだがどう見ても貴様の負けである」 ぴしゃりと師範の正論が黙らせる まだまだ不満たらたらな弁慶だがこれ以上いても恥を晒すだけ そそくさと道場から逃げだしていった 「ハッハッハッ よくやった神原 見事だ」 「ありがとうございます」 「貴様の長所は眼だ 東太郎を斬った時から思っていたが、相手を観察し見抜く力に長けている 普通の人間ならば自分は強いという驕りや自信から色眼鏡で見てしまい、どうしても判断が鈍るもの だが貴様はどこまでも素直で教えていて気持ちが良いわ」 珍しく上機嫌な師範に褒められる 俺はあの夜に負けた 自分が弱いと知った 絶対に敵わない強者を知った以上、自分が強いとは思えないのだ だからこそどこまでも稽古へのめりこみ、師範の言うように相手を色眼鏡で見ないのだろう しかし人殺しの快感を知ってしまった しかも師範によればより強い者を殺せばさらなる快感を得られるという ならば俺にとって最強の快感とはあの夜に負けた侍を殺すことでは? いつの間にかそんな欲望が顔を覗かせる あの侍を殺そう ただ稽古にのめりこみ学ぶのが楽しいだけの日々に、明確な目標が出来上がった 「おい、試合を見に行くぞ」 「はっ 試合ですか?」 「この国で一番強い剣聖が近くの城に呼ばれたそうだ それを記念して、城の侍と試合をするらしい」 目標が出来たことでより一層稽古に励んでいたある日のこと 師範の何気ない一言で俺は城へ行くことになった ごった返す人の群れに目が眩む 通りには屋台も並び老若男女がすれ違う活気に息が詰まる かきわけるように進みながらどうにか試合会場についた 「ハッハッハッ もう疲れ果てた顔をしておるな」 「こんなに人が多いのは初めてで」 「周りにひしめく顔をよく見るがいい 名のある剣術家や侍ばかりだ ほれ、いつぞやの弁慶とやらもあそこにいやがる こうして見るとやはり大きいの」 確かに精悍な顔立ちの男ばかり もしも試合をしたなら誰に勝てるだろう 流石にあの人には負けるかな そんな思いで待っていればいよいよ試合が始まった そこにあらわれたのは 「将軍家剣術指南役 桐生宗矩 剣聖などと呼ばれるのは気恥ずかしいが、今日はどうかお楽しみいただこう」 あの夜に負けた侍だった 忘れもしない立ち姿 試合相手を造作もなく倒していく圧倒的な強さ 間違いない 夢にまでみた怨敵だ 喜びで体が打ち震える アイツと殺し合う事だけしか考えられず、今すぐに斬りかかりたい衝動を必死で抑えこむ 「師範、誠に申し訳ございません いままでお世話になりましたが、私はこの道場を去らねばならぬようです」 「そうか このまま道場に残り儂の後を継いでもいい もしもこの試合を見て侍になりたいと思えば口利きでもするつもりだった どこまでも強さを求める姿は教えていて楽しかったぞ」 「だからこそです 強くなったその先に挑むべき道を見つけてしまいました」 「ならば行ってこい 我が道場はいつでも帰りを待っている」 試合が終わり群衆も引いて熱が冷めた通りを速足で歩く どうやら桐生はこのあたりで一番良い宿に泊まっているようだ 早鐘のように心臓が脈打つ ギラギラとした目で宿の主人に声をかけた 「桐生宗矩殿がこの宿に泊まられていると聞いたがいらっしゃるか?」 「えぇおりますが、どういったご用件で?」 「桐生殿の知り合いである」 「なるほど…… まぁお連れ致しましょう」 もちろん嘘は言っていないが、かといって全てを話してもいない どこか訝しむ主人に案内されて部屋に辿り着く さぁいよいよだ ガラリと襖が開けば待ち望んだ姿があった 「桐生様 お休み中申し訳ございません お知り合いという方がお見えになっております」 「お久しぶりでございます あの時は名乗りもしなかったと思いますが、一度試合した神原と申します」 「申し訳ないが覚えておらぬ 果たしてどこで?」 「どこで?いやその、どこといいますか」 「何を口ごもる 儂を頼って侍に仕官したいのか?それならば嘘をつくでない」 「いえ!そんなことは!」 出逢えた興奮でここまで押しかけてしまったが、アナタを殺したいのですと正直に言える訳も無く しかも顔を覚えられていなかった あの夜が苛烈に刻まれているのは俺だけだったのだ 「御主人 わざわざ案内してくれたのはありがたいが、このような素性の知れない男はあげないでいただきたい」 「申し訳ございません! ほら立て貴様、とっとと帰れ!」 いっそこのまま暴れてやろうかと思ったが、桐生の周りに控えるお付きが既に鯉口を切っている なによりも裏切られた衝撃が大きくすっかりやる気が削がれてしまった しかし諦めたわけではない 綿密な計画を練りいつか必ず桐生を殺すと心に誓った それから俺は侍を襲いまくった そこらの市民を殺しても意味が無い ちゃんと剣術を学んだ者を殺していく すると危険人物として名が上がっていき、俺を殺すための追手が次々とやってきた 確かに強く苦戦する侍もいたが片っ端から勝ち続け、そんな日々を延々と過ごせばついに待ち望んだ者が俺を殺しにきた 「やぁ桐生殿 こんな遅くに何用で?」 「侍ばかりを襲う辻斬りがあらわれたと聞いて急ぐ道中だ 貴様こそ辻斬りの真似事か?」 「確かに真似事かもしれませぬ なにしろ俺は弱いゆえに そういえばあの夜に会おうとしていた友はどうなりました?」 「貴様のせいで死に目に会えず散々だ まさかなまくらがここまでの名刀に育つとはな」 「全ては貴様を殺すためだ いざ尋常に勝負!」
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