拝啓、丘の上より

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ログハウス仕立ての喫茶店。カウンターの日美子は、出されたジュースを勢いよく啜った。 「美味しい! たぬ()さん、これなあに? 新作?」 「林檎ジュース。木の芽とワラビをアレンジしてみたの」 「すごい! 疲れが吹っ飛ぶ味よ。さすがたぬ代さん」 「そんな。この村の林檎は日美子さんが村長になってから熱心に改良を続けてきたもの。材料のせいよ」 「ううん、ご主人が他界してから女手一つで工夫してきたんだから。たぬ代さんの腕よ! さっそく村中に宣伝して回るわ!」 日美子は一気に飲み干すと、ビャッと店を飛び出した。 「あの私、日美子さんに話が――」 たぬ代の遠慮がちの声は、忙しない日美子の背に届かなかった。 「ほらみろ母さん。このジュース、イケるんだよ」 「うん美味し」 隅のテーブルで宿題を広げながら、たぬ壱とたぬオが自分のことのように自慢げ。たぬ代はおかしくなって微笑んだ。 丸太を組んだだけの殺風景な内装。でも正面の壁に、たぬ壱が描いた紫のお花の絵を掛けて。あっちに鏡をつけて。そしたらもっと広く素敵なお店に見えるのではないかしら。 それに。 仕事着は誰もがグレーのスーツと決まっている。「ありのまま」という村のしきたりのため、自由に着飾ることは疎んじられていた。でも昔外国の絵本で見たエプロンドレス。たぬ代の憧れだった。それを着てカウンターに立てたら。 「ダメ。ダメよ」 たぬ代はずっと持っているそんな考えを首を振って打ち消した。 夫亡き後、困っていた時に助けてくれたのが日美子だ。ここの土地も設備も、日美子が骨折ってくれた。その後も何かと気遣ってくれる。 そんな日美子が必死で守ってきたしきたりを揺るがすのは裏切りだ。日美子がずっとそうであったように、たぬ代も、何があっても日美子の味方でありたいのだった。
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