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「えいやっ!」
ダッシュして地面を蹴って空中一回転。
「まあたぬオったら」
たぬ代が思わず笑みになった。
ぽっちゃり体型のたぬオは、印象通り勉強も運動も得意じゃない。でも。
たぬオが一回転したそこには、舌を出すやじろべえがいた。微妙なバランスでゆらゆら揺れていたかと思ったら、もう一度一回転。愉快な顔の等身大マトリョーシカに。それが回転するごとにだんだん小さな同じ人形に。
次には青紫の肩掛けに変わり、たぬ代の肩にふわりと乗った。
「うふふ。暖かいわ、たぬオ」
たぬ代は嬉しそうに笑ったが、すぐに肩掛けを外した。
「誰か来るといけないわ。早く戻って」
肩掛けがくるり一回転でたぬオに戻った。
「大丈夫だよ、母さん。オレが見張ってる」
2人を守るようにたぬ壱が周りを窺っていた。森の外れ。人もタヌキも滅多に来ることはない。
「たぬオはすげえよ。才能だよ、それ」
「兄ちゃん、ホント?」
「おう。オレはヘタクソだからなあ」
たぬオは喜んだが、たぬ代の顔は曇った。
「でもね決まりだから。たぬオ、もう化けないで」
「で、でも」
それしか、母を笑顔にできない。たぬオはたぬ壱のように強くも賢くもない。ただ1つの特技が、たった1つ得意なのが「化ける」こと。
「『化ける』のはいけないことなのよ」
「でもおかしくない? たぬオは誰かを騙そうって訳じゃない。母さんを元気にする変身だろ。それだけなのにダメなのか?」
たぬ壱は不満げだ。
「そうね。だから日美子さんにそう言おうとも思ったわ。でも『タヌキは化かさない、人間も騙さない』。そういう昔からのしきたりが私達を守って来たことも本当なのよ」
「店の改装案の時も、母さんそう言った」
「実際狭いお店を広く見せようとすることだもの」
「けど」
「母さんは日美子さんを困らせたくないのよ。父さんが死んだ後どれだけ助けられたか」
「うん……ボク、もう変身しないよ」
消え入りそうな声で言うたぬオをたぬ代は抱きしめた。そうしてたぬ壱と3人、森を後にした。
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