拝啓、丘の上より

6/12
前へ
/12ページ
次へ
「えいやっ!」 ダッシュして地面を蹴って空中一回転。 「まあたぬオったら」 たぬ代が思わず笑みになった。 ぽっちゃり体型のたぬオは、印象通り勉強も運動も得意じゃない。でも。 たぬオが一回転したそこには、舌を出すやじろべえがいた。微妙なバランスでゆらゆら揺れていたかと思ったら、もう一度一回転。愉快な顔の等身大マトリョーシカに。それが回転するごとにだんだん小さな同じ人形に。 次には青紫の肩掛けに変わり、たぬ代の肩にふわりと乗った。 「うふふ。暖かいわ、たぬオ」 たぬ代は嬉しそうに笑ったが、すぐに肩掛けを外した。 「誰か来るといけないわ。早く戻って」 肩掛けがくるり一回転でたぬオに戻った。 「大丈夫だよ、母さん。オレが見張ってる」 2人を守るようにたぬ壱が周りを窺っていた。森の外れ。人もタヌキも滅多に来ることはない。 「たぬオはすげえよ。才能だよ、それ」 「兄ちゃん、ホント?」 「おう。オレはヘタクソだからなあ」 たぬオは喜んだが、たぬ代の顔は曇った。 「でもね決まりだから。たぬオ、もう化けないで」 「で、でも」 それしか、母を笑顔にできない。たぬオはたぬ壱のように強くも賢くもない。ただ1つの特技が、たった1つ得意なのが「化ける」こと。 「『化ける』のはいけないことなのよ」 「でもおかしくない? たぬオは誰かを騙そうって訳じゃない。母さんを元気にする変身だろ。それだけなのにダメなのか?」 たぬ壱は不満げだ。 「そうね。だから日美子さんにそう言おうとも思ったわ。でも『タヌキは化かさない、人間も騙さない』。そういう昔からのしきたりが私達を守って来たことも本当なのよ」 「店の改装案の時も、母さんそう言った」 「実際狭いお店を広く見せようとすることだもの」 「けど」 「母さんは日美子さんを困らせたくないのよ。父さんが死んだ後どれだけ助けられたか」 「うん……ボク、もう変身しないよ」 消え入りそうな声で言うたぬオをたぬ代は抱きしめた。そうしてたぬ壱と3人、森を後にした。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加