第6話 ゲイルの剣術

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 剣術の実技試験がいよいよ始まる。  魔物と戦うと思っていたのに、いざ戦うのはまさかの先生──熟練した教師だ。  これははっきりさせておきたい。  確かにタイフーン先生は剣術教師じゃない──アクロバットの教師だ。だが、先生というのはみんな、これまで幅広い教育を受けてきた。俺たちよりもはるかに熟練している、というわけだ。  正直に言うと、俺はまだ自分の実力がどれほどのものなのかはよくわかってない。  ドラゴンと互角に戦えるくらいはあると思っている。  実際、この学園に入る前、3体のドラゴンを素手で倒したこともあった。だが、それってすごいのか? 「ボクは剣術に長けてるってわけじゃない。もう2年は剣をさわってないような気もするね。でも、それなりに訓練は積んだわけだ。簡単に負けはしないよ」 「ウィンド先生が絶対強いですって。わたし、戦うの緊張します」  前と同じ女子生徒がメロメロな声で言う。  名前は確かマーリーン……マーリーン・オーシャンとかだったような気がする。  いや、そうだ。  海の名前ってことで覚えた記憶がある。  マーリーンはまさしく海の女という容姿で、長い青髪に薄い青色の目、適度に日焼けした肌──人にあだ名をつけるのが好きなゲイルは、彼女のことを海ガールと呼んでいた。 「確かに先生と生徒じゃ、かなりアンフェアだ。でも安心してくれ、みんな。ボクはキミたちの技術が見たい。どんな(フォーム)で戦い、どんな技を繰り出し、どんな勝利への持っていき方をするか──それを見るつもりだ」 「えっと、つまりおれたち先生に負けてもいいんすか?」 「相変わらず面白いね、ゲイルくん。ボクは対戦相手を負かすつもりはない。今回は3分。あそこの時計台を見てごらん。あれに従って時間を計り、3分間、キミたちに自分の出せる剣術のすべてを出し切ってほしい。もちろん、スキルを使うのは禁止。これはあくまで剣術の試験だからね」 「合点承知!」  ゲイルは満足そうだった。  勝ち誇った笑みを浮かべている。さすがに油断しすぎだと思うが。 「ずっと話すのは時間がもったいないから、じゃあ、ゲイルくん。キミから始めようか」 「え! まさかのおれからパターン!?」  ***  ゲイルの切り替えは思っていたより早かった。    驚いたような様子を見せつつ、心の中ではなんとなくわかっていたのかもしれない。  剣の構えはすでにできている。 「なるほど、ゲイルくんはジャクソン派の(フォーム)か。ボクのシライ派とは相性が悪い。こりゃあ苦戦しそうだ」  剣術でもっともと言っていいほど重要なのが戦闘の(フォーム)。    ゲイルの使うジャクソン派は攻撃に特化した戦い方が特徴的で、剣を持つ方の手と足をぐっと前に出す構えを取る。   「オーマイガー、違いますって、先生。ジャクソン派の進化版、ゲイル派!」  ゲイル派なんてものはない。  だが、いつかは自分オリジナルの(フォーム)を作るのが、ゲイルにとっては夢らしかった。けっこう前からそんなことを言ってくる。 「ますます楽しみになってきた。いい風も吹いてるし、いつでも仕かけてきてくれ」  戦いはもうとっくに始まっていた。    まだお互いに様子を見ている。  3分しかないので、ゲイルは早めに攻撃を仕かけないといけない。これは挑戦者には不利なルールだ。  ましてやタイフーン先生はあくまでアクロバットしか教えていないので、剣の戦いを見たことがない。  俺を含め他のクラスメイトは、ふたりのまわりを円のように囲んで観戦していた。  まずは敵の戦い方を観察する。  それが他人の戦いを見ることでできるが、ゲイルは自分が最初なのでできない。  大きなハンデだ。  ふとルミナスと目が合った。  ついさっきまで女子に笑いかけていたはずの優等生ルミナス。  俺と目が合った瞬間、急に死人でも見るような目になり、その目の奥にあったはずの光が消えた。  恐ろしい。  何が恐ろしいのか。  異世界に来てまた実感した。「人間」というのが何よりも恐ろしい。 「じゃ、攻撃しまーす!」  ゲイルの声で我に返った。  相手に自分の動きや考えが読まれないようにするのが剣術の基本。  それなのにゲイルは……はっきり自分の攻撃を宣言しているじゃないか。    どういうことだよ。  これがさっき言っていた、ゲイル派の戦い方なのか?  ゲイルの攻撃はまっすぐ、わかりやすく先生の胸に向かう。    こんなわかりやすい攻撃をしても──。  と思ったが、一瞬で剣の軌道が変わり、先生の腹をかすめた。  惜しい。  あと数ミリ右だったら、先生の腹に傷をつけられていたはずだ。  この攻撃で調子づいたゲイル。  次からはジャクソン派らしくガツガツと攻撃していくスタイルに変わった。剣さばきはクラス屈指の実力だと思う。俺はそこまで速く剣を動かせない。  ふたりともスキルは風に関するものだ。  だから動きが軽い。スキルを使うのは禁止でも、その体に染みついた軽々しい戦いは優雅だった。 「3、2、1──ストップ! よく戦い抜いた! ゲイルくん、気持ちのいい戦いだったよ」  3分がたち、最初の戦いが終わる。  ゲイルはタイフーン先生を負かすことこそできなかったものの、持っている技をほとんど出し切り、それでいて余裕のある戦いぶりだった。  たまに出される先生の攻撃もさっとかわし、すぐに自分の攻撃につなげることができていた。 「評価は全員が終わってから。とりあえず、休みつつ他の生徒の応援よろしく!」 「ふぅ。合点承知だぜ!」  ゲイルは俺の隣に戻ってきた。  汗はほとんどかいておらず、顔はかなりのどや顔。確かにハイレベルな剣の技術だった。 「お前ならいける」  ゲイルが俺に小さな声で囁く。 「何が?」 「タイフーン先生だっての。ジャックの実力なら、2分くらいで倒せるぜ」 「まさか」  否定はしたものの、倒す気はあった。  まあ、とりあえずはルミナスの戦いが見たい。 「よし、じゃあ次の生徒だな……うーん、悩むなぁ」  タイフーン先生はしばらくの間生徒を眺めていた。何をそんなに迷う必要があるのかはわからない。  そもそも彼はなんでも適当に選んでそうなタイプだ。 「おっ、ちょうど目が合った! 次はルミナス・グローリー──推薦入学者、そして学園の明るい希望である、キミだ!」
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