第7話 どうした優等生

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 クラスメイトたちが大きな歓声を上げた。  そのほとんどが女子生徒によるもの。  もちろん女子生徒全員じゃない。だが、その半分は嬉しそうに顔を輝かせている。  確かにルミナスにはそれなりの実力がある。  推薦入学ってことも、その実力を示しているわけだ。授業でもまさしく好青年とでもいうように振る舞い、戦闘訓練では負けることがない。  俺もつい最近まで、というか昨日までその笑顔に騙されていた身だ。  ブレイズは軽蔑するような目でルミナスを見つめている。  ふたりに因縁はないはず。  ブレイズが一方的に嫌っているらしいが、むしろルミナスはブレイズと友好関係を築きたがっていた。  もしかしたら、ブレイズもルミナスの冷たく暗い裏側に気づいてるんじゃないか。 「ルミナスくん、このクラスにいい風を起こしてくれよ」  タイフーン先生は明らかに彼に期待していた。  アクロバットの授業でも、ルミナスはそれなりにうまくやっていたわけだ。    こんなことを思うのはよくないかもしれない──ルミナス、その期待を破れ、と。 「タイフーン先生ほどの実力者に僕が勝つなんて。恐縮ですよ」 「謙遜かぁ。ボクはその類のものはそんなに好きじゃななくてね。相手が教師であれ、勝つつもりで来てもらわないと」  ルミナスの謙遜作戦、失敗。  タイフーン先生は本気で謙遜が好きじゃなさそうだった。  珍しい。先生が顔をしかめている。  あーあ、ルミナス。  こればかりは同情する。前世は謙遜好きな日本人だった者として、謙遜しただけで嫌な顔をされるなんて悲しい話だ。 「わ、わかりました。もちろん謙遜なんて冗談ですよ。僕は必ず先生を負かしてみせます」 「よし、その調子だ!」  そうして、ふたりの戦いが始まった。  タイフーン先生の剣の(フォーム)はさっきと同様シライ派。  攻撃を重視しつつ、アクロバティックに体を動かすことによって予測を防ぎ、相手からの攻撃を流すという特殊なものだ。シライ派を使う戦士は少ない。そもそも、アクロバットが得意でなければ、簡単にやられてしまう。  それに対するルミナスの(フォーム)はルーテン派。  手首のスナップを効かせ、剣を自由自在に動かす。  相性としてはルミナスが有利だ。    シライ派では体力を消耗しやすいが、ルーテン派だと動かすのはほぼ手首だけ。  確実に攻撃を繰り出していけば、ルミナスに軍配が上がる。仮にこの戦いが長期戦になっても、ますますルーテン派にアドバンテージがあるだけだ。  ルミナスはその自信からか、いきなり攻撃を仕かけた。  ゲイルの戦いを見ていたので、ある程度先生の動きのパターンは読めていたのかもしれない。  だが、その攻撃は失敗に終わる。  タイフーン先生は大きく跳んで攻撃をかわし、そのまま前に回転してルミナスの後ろを取った。    戦いで後ろを取られる──背中から攻撃されることは致命的。  少しの気の緩みがその結果を生む。 「やっちゃったな、キラキラボーイ」  ゲイルが呟く。  まだルミナスとのことはゲイルに言ってなかった。ゲイルはどんな人ともそれなりに仲よくなれるらしいが、ルミナスとはあんまり合わなさそうだ。  ゲイルの過去の発言によると、ルミナスは「ノリが悪い」らしい。  タイフーン先生は攻撃をしなかった。  先生の方から積極的に攻撃することはないと言っていたからか。正直なところ、強烈なダメージをルミナスに与えてほしかった。  身体的に、というよりは、精神的に痛いやつ。  はぁ。  さすがにそれはないか。  ルミナスは一応、素晴らしい金の卵である、クラスの期待の生徒だ。 「ルミナスくん、どうした? キミから風を感じない!」  ルミナスは鈍い。  動揺しているのか?  いつもの授業のときだと、もう少し臨機応変に対応できでいたはずだ。  推薦入学者というプレッシャーが彼を圧しつけているのかもしれない。それか、俺にあれだけ罵声の言葉を浴びせながらも、自分がやられていることが信じられないのか。  何はどうあれ、自業自得ってやつだ。  ルミナスが後ろに向き直り、先生との距離をおこうと下がる。  だが、先生にそんなことはお見通しだった。  そうやってペースを乱してしまえば、軍配は完全にタイフーン先生に上がったようなもの。ここから巻き返すのはなかなか難しい。  それ以降もなんとか立て直そうと攻撃を繰り返していたが、先生の素早く俊敏な動きに翻弄されるばかりで、結果が出せなかった。  それを見ているクラスメイトたち。  優等生のまさかの失態に驚いているのもいれば、密かに喜んでいるのもいる。  できるやつが負けるのを見るのが好きなやつもいるからなぁ。あんまりいいことじゃないが、その気持ちはわからなくもない。特に、そいつがルミナスならわかりすぎるくらいだ。 「ストップ!」  タイフーン先生が叫んだ。  顔は不満足という感じだ。  まったく手ごたえを感じなかった──そういう心境だろう。それくらい迫力のない、先生が圧倒的に強い戦いだった。 「この戦い、風は一方的。ボクの起こす風がすべてを支配していた。つまりこれは戦いじゃないよ、ルミナスくん。ボクの剣術披露大会さ」  多くの生徒がこれに納得した様子で頷いている。  ゲイルも俺も、先生に賛成だ。 「ジャック、面白くなってきたってな。ここでお前が先生を負かし、一気に学校のトップに立っちゃおうぜ」  ゲイルがニヤッとして言った。  さすがに学校のトップは言い過ぎだが、このルミナスの戦い──いや、厳密にはタイフーン先生の剣術披露大会──を見て、また闘争心が燃えてきた。 「今回の敗因をしっかり考えて、次の科目の試験にはいい結果が出せるように。いいかい?」 「……はい」  ルミナスは誰とも目を合わせようとしない。  クラスで注目される生徒であるだけに、今回翻弄されてしまったことは相当な屈辱だろう。  あんなことを言われたから同情はしない。だが、なんとなくその屈辱はわかる。 「よし、気を取り直していこう! 次は……ジャックくんだ!」  たまたま目が合った。  タイフーン先生は目が合うかどうかで決めているのか。  周囲のクラスメイトたちがざわめく。  筆記試験ではすごかったけど、やっぱりあいつ、戦闘では無能なんだよね、って感じだ。普通に聞こえてるんだが。  いいだろう。  ここで俺をナメているクラスメイト諸君に──特にルミナスに本当の実力を見せてやる。
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