プロローグ

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「おい! ウルフ! なんで、ここに居るんだよ? お前、国の偉い奴らに連れて行かれたはずだろう?」  慌てて、テント裏に置かれていた檻に駆け寄り、俺は中に居る奴を怒鳴りつけた。まあ、いくら怒鳴りつけたとしても真面な答えは返ってこないだろう。――なんたって、奴は名前通りの狼なのだから。  灰色と白とが混ざった艶やかな毛並みと透き通るような灰色の瞳を持ったウルフは、檻の真ん中に静かに座り込んでいた。ジッと俺の方を見つめている。  目付きが悪いのは生まれつきか、それとも、こんな状況だからか。どちらにせよ、奴の心の中を探る術も余裕も今の俺にはない。いや、そんなものは、ずっと見つからないかもしれない。 「いま、出してやるからな?」  檻の扉部分にテントの瓦礫が立て掛かり、そのままでは開けることが出来なかった。中のウルフは諦めているのか、何も言わずに冷たい視線を俺に向けて来る。狼だが、なんとなく分かるのだ。 「大丈夫だ、ちゃんと出してやるから」  同じようなことを繰り返し口にしながら、俺は辺りに転がっていた鉄の棒を檻と瓦礫の間に差し込み、なんとか撤去することに成功した。  爆発音や銃声は、まだやまない。本当は、ただの動物なんてもんに構っている暇はないし、普通だったら見なかったことにするが、こいつは特別だ。無視することなど出来ない。  ウルフはイギリスで唯一生かされている貴重な狼だ。こいつを手懐けるのには三年掛かった。最初は噛まれたり、引っ掻かれたりして、俺の身体はウルフが付けた傷でいっぱいだ。だが今では、こいつは俺の言うことしかきかない。 「ほら、開いたぞ! そんな絶望的な顔すんな! 早く逃げろ!」  右手に持っていた二口径で鍵を壊し、俺は重たい檻の扉を開けた。檻の中に座ったままのウルフの瞳は相変わらず冷たく、俺の言葉は聞こえているだろうが、一歩もその場から動こうとしない。 「ウルフ! ……ッ、くそ!」  どうやら、俺は地上の敵に見つかったらしい。後ろから、放たれた数発の弾丸が檻の金属に当たって、嫌な金属音を奏でた。
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