想いは遠く

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想いは遠く

 夕餉を持って襖を開けた時、リンは大切そうに古びた着物を抱き締め、縫い付けてあった黒の布地に頬を寄せていた。 「し、慎太郎様!」  姿に気付くやリンは赤面。  慌てて着物を片付けた。 「粥を持ってきた。食えそうか?」  心配を寄せながら盆を畳に置き、甲斐甲斐しく匙を差し出す。  リンは気まずそうにそれを受け取り、そろそろと粥を喰んだ。  五日も眠っていた為、流石に胃腸は衰えていた。 「すまなかった…」  不意に慎太郎は告げ、深く頭を下げた。 「その着物はお前を救った白狐様から譲り受けた物だと聞いた…。そんな大切な物を俺は…っ…」  後悔の涙を浮かべて只管謝る彼に、リンは小さく溜め息を零して首を振った。 「大事には至らなかったのですから、そんな悔やまないでください。私自身ケジメをつけねばとは思っていましたし」 「ケジメ…?」  恐る恐る顔を上げた慎太郎に、リンはそっと着物を手に取り、頬を寄せていた黒の布地を見せた。 「本当は着物そのものではなく、この端切れを惜しんだのです。瑞雲様が…、とてもお世話になった方が着物を分けてくださって…」  そう告げるリンの顔は恋焦がれていて―――、それで慎太郎は察した。  察した途端、ズキリと胸が痛んだ。 「…好きなのか?」  訊ねる声は震えていた。  リンは小さく頷き、しかし酷く悲しげに嗤った。 「決して叶わぬ恋です。あの方は雪華様をお慕いしていましたから…。ならぬ恋と解っているのに…、想いを抑えきれなくて…」  そこまで告げたリンは込み上げた涙を抑え込めず、はらりと着物に雫を落とした。 「だから寺を出たんです…。奉公に出れば妹達は食うに困らず、あの方にも苦労を掛けずに済みますから…」  気丈に笑うもその両目からは悲哀の涙が溢れた。  瞬間、慎太郎はリンを強く抱きしめた。 「俺では駄目か?」  その問いに彼女はキョトンとした。 「叶わぬその想いごと受け止めるから…、俺が一生リンを想うから…」  強くなる腕の力と切なる願いに、リンは慎太郎の想いを悟った。  途端に色を変えた涙が溢れた。 「慎太郎様っ…」  応えるようにリンは着物を手放し、慎太郎の肩に額を寄せる。  そして、両手を彼の背に回し―――。
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