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リンという娘
新たに店に雇われた娘はリンという名で、父が見込んだ通り大層な働き者だった。
日の出と共に起き出して身支度を整えるや、先輩女中よりも先に朝の支度を行い、一寸の休みも取らずに朝から晩まで働いた。
「お前、本当に人間か?」
仔犬に餌を遣るついでに、慎太郎は軒先で縫い物をしていたリンに半ば呆れたように訊ねた。
彼女が屋敷に来て、早一月。
相変わらず休みらしい休みも取らずに誰よりも働く彼女に、人間ではなく化け物かと思い始めた。
しかも炊事に洗濯、掃除は元より裁縫の腕も良く、家の遣いに畑仕事、諸々の書き物さえ卒無くこなした。
「ここでのお仕事は楽しいですから」
いつもの微笑みを浮かべ、リンは答えた。
凄まじい働きぶりに加えて毎日いつでも笑顔を絶やさない彼女に、気付けば屋敷の誰もが虜になっていた。
今や父母も彼女がお気に入りで、近頃は実子の慎太郎よりも可愛がっているくらいである。
「いや、答えになってねぇし」
思わず突っ込みを入れ、彼女が直している着物に触れた。
それは彼女が屋敷に来た時に着ていた着物だった。
奉公人達の話によればあの時、彼女が泥塗れだったのは、逃げた犬が田んぼに落ちていたのを見つけて引っ張り上げた所為だった。
首に着けていた名札を頼りにあちこち訊き廻りながら屋敷まで辿り着いたそうで、その労を労って招き入れたらしい。
(これボロじゃねーか)
着物に触りながら、その痛み具合に眉を顰めた。
元は上等な布地だったようだが何回も繕い直しているのが伺えた。
人が着るにはあまりにも粗末で、あちこち擦り切れた所に態々端切れを縫い付けていた。
「好い加減捨てたら?」
そう言って、着物を抓み上げた瞬間だった。
リンは奪い取るように着物を手繰り寄せ、取られまいとするかのように胸に抱き寄せた。
「雪華様の物を軽々しく捨てろなどと言わないで…!」
それは初めて見る彼女の怒りであり、彼女がひた隠す本性に見えた。
慎太郎は思わず嗤った。
来た時から何となく違和感はあったが――、やはり猫を被っていた。
これは面白い―――。
新たな遊びを思いついた慎太郎は、咄嗟に強い言い方をしたと謝るリンを横目に、喜々と踵を返して悪巧みを始めた。
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